第8話 昼飯はジャンクフード
「ジン。起きるんだ」
例によって俺は平和な眠りの世界から引っ張り出される。
睡眠というのは実に便利なものだ。どれだけ受け入れがたい現実を押し付けられようと、一度寝て起きてみればある程度は頭の整理をつけておいてくれる。
俺は動ける範囲で伸びをしながら大きく溜め息をついた。
「それで、我々を助ける気になってくれただろうか?」
ロボット2体が俺の方をガン見している。電気猫は相変わらずだが、アンドロイドの方はすっかりしおらしくなっていてその顔には明確な罪悪感が浮かんでいる。
あれだけの馬鹿話を打ち明けたのは、俺の逃げ道を塞いだことに他ならない。お前は関わってしまった、お前はもう逃げられない、だから我らとともに戦おう。それは半分脅しみたいなものだ。だが、そうでもしないと味方を作れないのが現実なのだろう。中日重工も事態を知って動き出している頃だ。おそらく有力なハンターはトヨシマと中日のどちらかに雇われてお互いの動きを妨害し合っている。こうなってしまっては頼れる人が他に調達できない。というわけで、新人でも二度アッシュを撒くのに貢献した俺の協力をなんとかして得たいのだ。
「腹が減った」
「ん?」
「腹を満たしながら考える」
もうずいぶんと昔のことに思えるが、今朝ゴールドウルフ社にハンター登録に行く前にコンビニでおにぎりを一個買って食べたきりで、いろいろなことにエネルギーを消費した俺は腹が減っていた。
窓の外の景色を見れば、そこはもう名駅の高層ビル地帯の中だ。食える場所はいくらでもある。とりあえず飯だ、昼飯だ。腹が減っては戦はできぬ。どの道を選ぶにしろ、俺には途方もない面倒が待ち受けているのだからな。
「ちょうど名古屋駅前で降りようとしていたところだ。中日重工の本社ビル周辺にもトヨシマ側のハンターが待ち伏せしているかもしれないからね。駅前は人が多く、隠れて対策を考えるのに最適だ」
ほどなくして名古屋駅前に着いた。ここでいいと告げると、よく教育されたタクシーはちゃんと足を止め、人一人、アンドロイド一台、ペット一匹分の料金を請求してきた。連れが財布を持っていないから全額俺持ちだ。ざけんな。
昼時ということもあり、駅ビル内は腹ぺこな人間達でごった返していた。見渡す限り人、人、時々ロボット。これだけいれば敵の目をごまかすのに事足りるだろう。もちろん相手が人混みに紛れてやって来る可能性だってある。そこのところは警戒を怠らないようにしなければならない。
「もっと人混みを珍しがるかと思ってた」
俺は平然としているアンドロイドに対して声をかけた。
「そんなことありませんよ。ジンさん、私を箱入り娘だと思ってません? 私だってたまには外に出てましたよ」
最初こそからかうような調子だったが、いい終えてからアンドロイドは少し目元を暗くした。おそらくは感情を作る過程で人間社会との接触を取るために外出もさせられたりしたのだろう。もしかしたら後に廃棄された姉とやらも一緒で、その末路を思い出したのかもしれない。
「ジンさんとも……この街のどこかですれ違っていたかもしれませんね」
だからどうした、とハードボイルドに言おうと思ったが、その弱々しい微笑みを見るとそういう気分になれなかった。
「どうだかな」
昼飯はハンバーガーにした。たまにジャンクフードが食いたくなると来る店だ。
腹が減っているからでかいバーガーのセットを頼む。ポテトはL、ドリンクのコーラもLだ。
すると、なんとアンドロイドも俺と同じものを頼んだ。細い体でよく食べることにも驚いたが、そもそもアンドロイドが食事を取るなんて聞いたことがない。店員も一瞬困惑したが、もしかしたら全身義体なのかもしれないと無理矢理合点したのか注文を承った。アンドロイド特有の薄いブルースクリーンのような瞳と義体の人間らしい瞳は明確に違うからやはり無理があるのだが。
機械がむしゃむしゃものを食べるところを想像しながら待つことしばらく、2人分のカウンター席が空いたからそこへ座った。
少女は、じゃなくてアンドロイドは律儀にいただきますをすると包み紙を半分ほど剥がしてハンバーガーを頬張り始めた。おいしそうに。普通の人間が食べるのよりずっとうまそうに食べている。そんな様子を、俺はポテトを口に放りながら不思議そうに見ていた。
「な、なんですか……あんまりジロジロ見ないでくださいよ……」
「あっ、いや……すまん、ものを食うアンドロイドが珍しいもんで、つい……」
「食べるのは好きですよ、ふふ」
彼女の楽しそうに笑う顔を見ると、味覚の刺激もまた感情を作る実験の一環なのだろうと察せられた。しかし、ハンバーガーをまずくさせるといけないからそれを言葉にはせず、コーラで喉の奥へと流し込んだ。
猫が俺の膝の上で暇そうにしているから、なんとなくポテトを一本くれてやる。が、こっちは食えないらしく首を横に振られた。
「ごちそうさま」
アンドロイドは胸の前に手を合わせて完食の挨拶をする。それを横目に見ていると、ふと俺の頭に一つの疑問がよぎる。それはほんの好奇心だった。
「アンドロイドって排泄もするのか?」
アンドロイドとはいえ、一応少女の心を持っているのだからこの質問はデリカシー的にまずい。と思ったのは全てをいい終えてからだった。
「なっ、何言ってるんですかっ!?」
途端に顔をリンゴの如く真っ赤に染め上げる少女。すっかりオーバーヒートを起こしたアンドロイドは強烈なビンタを俺の顔面に向けて暴発させた。
「ンゴォッ!?」
アンドロイドの加減を忘れた一撃は俺をカウンターの奥へとぶっ飛ばし、美しい人間ドミノを披露した。
「ごめんなさい!」
暴力沙汰を起こして隣の数人の客に軽傷負わせた俺達はそのまま店をつまみ出され、出禁を食らった。
「ごめんなさい!」
頬は赤く腫れてヒリヒリするわ、行きつけのバーガー屋にはブラックリストに載せられるわ、まったく最高だぜ。
「ごめんなさい!」
さっきから俺の横を蟹のようにしてついてきながひたすら頭を下げまくっているポンコツ少女。俺は見せつけるように自分の頬をしこたまなでていた。
ふと、アンドロイドがブルリと一つ体を震わせ立ち止まった。いよいよ土下座でもするつもりか。こんな人通りの多い駅内でそれは勘弁だ。すぐにやめさせるため振り向くと、アンドロイドは桜色の頬に上目遣いで俺の顔を見てきていた。
「あの~……トイレ……行ってきていいですか?」
…………するのか、排泄。
「ん? アンドロイドが排泄をするのか、だって?」
「ああ」
少女がお花を摘みに行っている待ち間、俺は電気猫にことの真相をうかがってみた。
「普通はしないが、ミズキの場合は特別だよ。食べる以上は出さないといけない。しかし、彼女にとっての食事とは味覚を楽しむためだけのものであるから消化はしない。ゆえに、食べるとすぐ体内で水分と固形に分けられ外に出されるのだ」
「へぇ……」
なるほど。
それはそうと、あの全身タイツみたいなボディスーツはトイレの時はどうするんだろうか。と考えていると俺の茹で卵がハードになりかけたから慌てて思考のすみへと追いやった。俺は機械に興奮するほど堕ちちゃいない。堕ちちゃいないぞ。
「お待たせしました」
と、戻ってきた。
さあ、これからどうしたものか。
ソフトボイルド 北極熊 @Hokkyokuguma
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