エピローグ

 僕は『蓮甘商店街』と書かれたアーチを見上げる。

 高層ビルが立ち並ぶ近代的な街に生まれ変わったけど、商店街は昔と変わらず伝統ある趣を残している。

 すっかり寒い季節になり、冷たい風が僅かに露出している肌を刺したけど、僕は感慨深げに商店街を見ていた。

 もうすぐクリスマスだ。それはあの子の誕生日でもある。

 まだ一度も迎えた事のない誕生日。

 彼女がいなくなって二ヶ月。今でも時折あれは夢だったのではないかと思う事がある。

 ほんの数日だったけど、日常からかけ離れていて、くるくると変わる少女に振り回されて、そして危ない目に遭った。

 それでも、今思えば楽しかった。

 京香は商店街の記事が採用されて評判も上々のようだ。今でも時々商店街を訪れる。

 ミチルも元気になったけど、運命の人を探しに旅に出るんだと言って、京香とすったもんだしているらしい。

 タカシはタバコ屋の手伝いを続け、本当の孫とよく間違われる。ただ未だにサトルと呼ばれているようで、商店街の人もそう呼び、今では本人もいちいち訂正していない。

 神無月も商店街から完全に手を引いた。リオンはアメリカに帰ったろうか……、実はよく知らない。

 営業を再開した花屋から店員が顔を出し、笑顔を向けてピンクのコスモスを差し出すので、それを受け取った。

 小物屋さんから、褐色の肌をした子供が元気良く飛び出してくる。すれ違い様に手を振ってきたので、同じように返す。

 蓮甘書店の前に立つと、鍵を取り出して雨戸を開ける。店内に頼りない電燈が灯った。

 入り口を潜ると、星の頭をした不思議生物が書棚から本を引き出そうと四苦八苦していた。

 僕は手を伸ばし、本を引き出すのを手伝ってやる。

 本は書棚から落ち、地面に落下するが、それを下で待っていた沢山のホシローが受け止める。

 御輿(みこし)のように本を担ぎ上げると、たたっと走っていった。本を引き出したホシローも地面に降り、僕にペコリとお辞儀すると御輿の後を追って行く。

「はは、ご苦労さん」

 僕は書棚の間を抜け、カウンターに座るとコップにコスモスの花を差す。そして店主から託された青い本を開いた。

 ページには、巻髪の愛らしい少女の絵が描かれている。

 しばらくその絵を眺め、軽く指で触れる。

 店番には慣れたけど、元々あまり客は来ない。ホシロー達が忙しく動き回るのを眺めているだけだ。

 青い本をめくり、何も描いてない白いページを開く。

 ペンを取り、描き出そうとしては止めて、としばし葛藤する。

「やっぱりダメだ」

 誰に言うでもなく呟くとペンを仕舞った。彼女と約束したんだ、と本を閉じる。

 僕は無意識に唇を噛み締めた。

 やっぱり、……寂しいよ。

「フィオ……」

 眼鏡を外して頬を擦る。

 眼鏡をかけ直し、視界を確かめるように表を見るとホシローが外で何やら手を振っていた。

 外に出ちゃダメだってあれほど……と思ったけど、にも関わらずホシローが外に出る理由は一つしかない。

 僕は飛び出すように表へ出る。

 商店街のアーチを潜る小さな人影。人々がおかえりと声を掛けるのを見て、僕は走った。

 小さな人影、少女は手に持った壷を投げ、洋食屋から出てきた真衣が受け止める。

「約束のカリブ海のタコ。食べられるかどうかは知らないよ」

 少女の言葉に真衣は屈託なく笑う。そして少女、フィオは僕を真っ直ぐに見る。

「よう、ガキんちょ。しっかり留守番してたか?」

 言葉を詰まらせた僕は、笑顔で答える事しかできなかった。

 たくさんの想いが一度に喉元まで込み上げてきたが、それを無理矢理飲み込んで、ただ一言。

「おかえり」

 フィオは少し澄まし顔になると、

「ただいま。……でもボクが飛行機にタダ乗りすればもっと早く帰れるのに」

 そしてにひっと笑う。

「ダメだよ。詐欺は犯罪だからね」

 僕達は並んで歩き出す。

「ところで多聞さん。本の整理がめんどくさくて、ホシローを増やしたりしてないでしょうね」

「し、してないよ。約束したもの」

 フィオは太陽のような笑顔で笑う。

 あれからフィオの話は完成させていない。なんか、完成させてしまうとフィオとの関係も終わってしまいそうな気がしてしまうんだ。それに……フィオの話の先は、僕が決める事ではないような気がする。

 結局ずっと連載を続けている形で、フィオも続きを楽しみにしてくれている。携帯を持たせているので、離れていても旅先で読む事ができるんだ。

 でもバタバタと暴れていたからなのか、フィオの方から連絡をくれないので不安だった。

「でも……、どうしてフィオは僕の小説を読んでくれるの?」

 他の人にも見せた事はあるけど散々だった。フィオから見ても稚拙極まりないはずなんだ。

「あら」

 フィオは立ち止まり、心底不思議そうに首を傾げる。

「だって……、あなたが私の為に書いてくれたんですもの。これ以上素敵なお話はありませんわ」

 そう言って、まっすぐに見つめてくるフィオの目は、僕の知る、どのキャラクターのものでもなかった。


 僕が語るお話はこれでお終い。

 これからどうなるのかは、僕にも分からない。

 僕がフィオの話を書き続ける限り、彼女は存在し続けるんじゃないかと思っている。

 でも、それだと公開できるものにはならないから、パートナーの男の子の視点に改稿して、新人賞に応募してみようと思う。

 いつか、この話を皆に届けられる日が来るといいな。


 久しぶりに店主の戻った書店は、心なし明るくなったような気がする。もっともホシロー達が喜んで騒いでいるので賑やかなのは確かだ。

 だけどホシロー達が一斉に本の隙間に隠れた。お客さんかな?

 フィオはカウンターに座り、にこやかに笑う。


「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

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天翔け! 蓮甘商店街 九里方 兼人 @crikat-kengine

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