第2話
今日もいつものように妹と晩酌に興じている。ただ一つ違うことと言えば、両親が出掛けて留守であるということだ。
「やっぱり良いわ~。お母さんたちいないと気にしないで飲めるし」
私が大げさに遠慮のない声で話しても、誰も文句を言う人がいないのだ。
「お姉ちゃん、今日はこの前みたいに飲みすぎないでよ」
妹が呆れた調子で釘を刺す。
「失礼な! 私はいつも適量しか飲んでないんだけど」
缶チューハイを片手で持ち上げながらそう言うと、妹は訝しむような視線を寄こした。顔には、あれのどこが適量なのか、と書いてある。
どうやら私は妹に信用されてないらしい。
「あんたの作ったおつまみ美味しいね」
「たまには自分で作ってみようと思ってね」
控えめに笑みを浮かべてそう答えた。
テーブルの上には妹が作ったじゃがバターとキャベツと塩昆布のサラダがそれぞれ皿に盛られて置かれている。その他に缶ビールやら缶チューハイやら瓶に入った日本酒やら。
「どっちも美味しいんだけどさ、何で一人で作るかな?」
「あら、手伝ってくれるつもりだったの? でも、お姉ちゃん不器用だからなぁ」
「キャベツ切ってジャガイモの皮剥くぐらい出来るわ! 言ってくれればあたしも手伝ったのに」
「その気持ちだけで良いよ。一人の方が早く作れるし」
「全くあんたは相変わらずだなぁ」
「いつものことよ」
一口チューハイを飲む。
「たまにはこういうのも良いね。頂きま……」
瞬間、辺りが真っ暗になった。一瞬自分の目がおかしくなってしまったんじゃないかと思ったほどだ。
「え、何?」
私が呆気にとられていると、妹がビールを飲んでから冷静に言った。
「停電ね、多分」
「えー、こんな時間に⁉ あっ、冷房も消えてる!」
「そりゃ、そうよ。近所も皆電気消えてるもの。うちのブレーカーが落ちた訳じゃないみたいね」
「真っ暗で何も見えない。ねぇ、懐中電灯どこだっけ?」
「それよりももっと良いものがあるわよ」
そう言って妹が持ってきたのは、数本の蝋燭だった。
「あんた、これ
「そうよ。これで晩酌続けられるでしょ」
妹は手にしていたライターで蝋燭に火を付けた。ゆらりと火が浮かび上がる。そのおかげでどこに何があるのか分かるようになった。
「灯りも付いたし、晩酌再開よ」
「えー、この状況で飲むの?」
「当たり前じゃない。冷めたら美味しくないでしょ?」
妹はさっさと箸を手に取り、じゃがバターを口に運んでいる。
(まあ、たまにはこういうのも良いか……)
蝋燭に灯された火がゆらゆらと揺れて幻想的な雰囲気を作り出している。
缶チューハイに口を付けると、冷たいアルコールが喉を通っていく。まだ冷えているようだ。
妹が急に立ち上がった。真っ直ぐリビングとベランダを隔てている窓に向かって歩き出す。窓を開けて妹が言った。
「見て、今日満月よ」
妹に言われ、缶チューハイを手に持ったまま窓に近付いた。
「本当だ」
雲ひとつない夜空には大きな満月が浮かんでいる。そのせいか、だいぶ明るく感じられた。
「月見酒だね、夏だけど」
「そうね、綺麗ね」
涼しい風が部屋に入ってきた。
普段夜空を見上げるということはしないので、なんだか新鮮に感じる。仕事で疲れて帰って来た日の夜、あるいは友人たちと飲んだ帰りの夜の空にも今日みたいな満月が浮かんでいたのだろうか。そう考えると、少し惜しいことをしたな、と思った。
私たちは両親が帰って来るまでの間、月見酒を楽しんだ。
とある姉妹の会話―晩酌は23時から― 野沢 響 @0rea
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