とある姉妹の会話―晩酌は23時から―

野沢 響

第1話

 「よし、準備OK!」

 「ちょっと、あんまり大きい声出さないでよ。また母さんにどやされるじゃない」

 「少しぐらい良いじゃない、今日は金曜日よ。誰も文句言わないって」

 目の前の小さなテーブルには缶ビールと缶チューハイにウイスキーが入った瓶、個包装のアーモンドやチーズなどのつまみが所狭しと置かれ、テーブルを埋め尽くしている。

 壁にかかった時計に目をやれば、時刻は二十三時をちょうど指していた。

 「柿ピーなかったっけ?」

 「出したはずだけど? あっ、置きっぱなしだ!」

 慌てて取りに行く妹を横目で見ながら、缶チューハイを開けて一口飲む。

 「あっ、そういえばチーズの期限切れてるから最初に食べちゃって。すぐカビ生えて駄目になるから」

 「本当だ。これ何時買ったんだっけ?」

 「3日くらい前。割引きになってたから買って来たのよ」

 賞味期限後だが、しばしチーズの表面を眺め、カビが生えていないことを確認する。包みを剥がして、一口噛む。味も落ちておらず、濃厚だ。

 「ワイン買ってくれば良かったな」

 妹がチーズを食べてから、ウイスキーを煽るようにに飲み干した。

 「ワインがなくても十分美味しいよ」

 妹は少し不満そうだった。コンビニはないことはないが徒歩十分程かかる。車で行けばすぐだが、もう既に二人とも体にアルコールが入ってしまっている。 

 姉はアルコールを飲み干す妹を眺めた。まるで水でも飲んでいるような勢いで目の前のグラスから酒が減っていく。

 「あんた、相変わらずペース早いね」

 「そう? 私の周り皆こんな感じよ。お姉ちゃん、全然減ってないじゃん!」

 「あたしはゆっくり飲むのが好きなの。それに、そんな早いペースで飲んだら、すぐに酔いが回るよ」

 「え~、大丈夫よ」

 「ところでさ、あんたってあんまり外に飲みに行くことないよね? たまには居酒屋とか外で飲んだら良いのに。料理も種類多いし美味しいよ」

 「それは分かるよ。友達がどこの店の料理が美味しいとかよく話してるし。でも、私は家で飲むのが好きなの。好きな時間に好きなお酒飲んで、物思いに耽るのが好きなのよ」

 「あんた、子供の時から一人でいるの好きだったもんね。友達と遊ぶより、一人で本読んだり、人形に話しかけたりさ。一人で飲むのも良いけどさあ、たまには外で飲みなって。あんたの人付き合いの少なさが心配だわ」

 「お姉ちゃんは、外で飲んでる時が多いけどさ、一人で飲まないの?」

 「あたし、そういうのは好きじゃないからな。一人で飲むのが怖いんだよ。いらないこと考えそうでさ。気分が沈みそう。あんたはそういう時ないの?」

 「あるけど……でも、飲んでる時は気持ちが暗くなるようなことは考えないのよ。あたし、飲むことを楽しみにしているから。嫌なことに浸りたくて飲んでる訳じゃない。せっかく、好きな酒を飲んでるんだから、その時間を楽しみたいじゃない。どうしたの?」

 「いや、まさかそんな答えが返って来るとは思わなかったから。あんたは昔から強いなあ、と思って。酒だけじゃなくて」

 妹は昔から人に流されるということが少なかった。いや、流されることなんてなかったと思う。昔から自分は自分だった。羨ましいといえば羨ましい。

 「お姉ちゃん。ただ、飲んでばかりじゃそれこそ酔いが速く回るよ。食べながら飲まないと」

 そう言って、器に盛られた柿ピーを突き付ける。妹の顔は飲む前と少しも変っていない。ウイスキーの他に日本酒のカップも開けているのに、何故平気な顔をしていられるのだろう。

 姉は柿ピーを掴んで口に放り込んだ。ポリポリとした小気味良い音が酔いの回った頭の中を反響する。そんなに飲んでいないはずなのに、段々瞼を上げているのが辛くなってくる。眠気が徐々に押し寄せてきているようだ。妹が丁度二杯目のワンカップを開けたのがうっすらと視界に入る。

 「お姉ちゃん、瞼閉じてるじゃない。まだ十二時半よ?」

 「いや、大丈夫。仕事で疲れただけだから」

 眠気を堪えて、見えを張ってみる。けれど、既に布団に潜りたい気持ちになっている。

 いつも、姉の方が眠気に勝てず、早々に切り上げてしまうのだ。話したいことはまだあるのに。

 段々意識が遠のいていくのを感じる。

 「ちょっと、お姉ちゃん! 柿ピー食べたまま寝ないで」

 妹が驚いて、姉の肩を揺する。

 (ああ、明日話しても良いか)

 姉の頭の中には、美味しいコーヒー豆が売っているコーヒーショップの話をする職場の同僚の姿が頭の中に浮かんでいた。

                                  (了)

 


 

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