冷房のきいたあの部屋で

霧乃

プロローグ1 ある冬の日と意志とチャンスと



十二月某日。

色めき立つ街を、居場所を求めて一人歩く。

降り注ぐ雪、白い息が舞う。

肌を刺すような寒さは衰えることはなく、日に日に増していく。

寒いのは、嫌いじゃない。寒さは人の思考を冴えさせてくれる。

「頭を冷やせ」

なんて言われた事はないけれど、寒さが人を冷静にさせるならば、自分はこのままずっと冬でもいいかも、なんて思ったり思わなかったりするわけである。

ただし、寒さとともに街の浮ついた雰囲気も増している。

思考が冴えているからそう感じたのか、思考が冴えていなくともそう感じるのかは定かではない。

だが、そんな街の雰囲気も相まり、自分の心は既に寒さで枯れ果てていた。

色めき立つ人たちに悪態をつくわけでもなく、誰かに愚痴をこぼすわけでもなし。

意味もなく足を止めて、そんな取るに足りないことを考えたり考えなかったり。

偏見かもしれないが、こんな季節に一人でいるような人間は大体こんな感じに物事を俯瞰している。

好んで一人でいる人にはとても申し訳ない気がしないでもないが、誰に聞かれているでも、誰に見られているでもなし。全てを街の所為にして、自分は逃げるように目的の場所に歩き出す。

ただ、先ほど自分が偶然立ち止まったショッピングモールのクリスマス感を漂わせるショーウィンドウ。そこに反射した自分はいつも以上に寂しそうに視えた。ただ、視みえただけ、それだけ。

べつに、悲しくはない。虚しいだけだ。

そんな妄執を吐き出すかの如く吐いた溜息は、なんの例外もなく白くなって霧散した。



ある男はこういった


「恋愛は、チャンスではないと思う。

私はそれを意志だと思う。」


敢えて名前は出さないが、確かこの格言を生み出したのは、誰でも知っているような、とても有名な作家だったはずだ。


今現在、取り立てて本が好きというわけでもない自分が何故その言葉を知っているかなんて、自分にもそういう年頃があったからというしかあるまい。

こむつかしい小説を読んで言葉や世界観に浸り、その世界に登場する人物との共通点を見つけ舞い上がる。

誰にでもある、そういう時期。そんな時期が自分にもあった、ただそれだけだ。


………………。


…………。


……話を戻そう。

自分は恋愛をしたことが無い。

自分にはチャンスではなく、がなかった。

ふと、思い出してみれば恋人を作る機会など、山のようにあったように思える。

身近に浮いた話が一つでもあれば、影響を受けて自らも愛に恋に現を抜かす。

恋は盲目なんていう言葉もあるが、よく言ったものだ。

そうやって、出会い別れ愛し愛される人たちは、恋に恋しているようで、とても滑稽で。でも、人間らしく美しくもあった。

自分も年相応に恋をしたいと憧れていたのかもしれない。

今となってはただの過去、笑い話にもなるまい。


でも自分にはがなかったから、仕方がない。

いまもそうやって自分に言い訳をして、弱い心の破片を抱きしめ、いつものあの場所に向かう。


たとえ本が好きではなくても、自分には。そう私、愛野よしの 恋風こいかぜにはそれしかないような、そんな気がしてたまらないから。


「名前を組み合わせると恋愛になるなんて、皮肉にも程があるのよ」


誰もいない図書室に響いたその声は、誰に届くわけでもない。

ただ、暖房のお陰で白く霧散することは無かった。


霧散しなかったこの想いが、この声が、いつか他の誰かに届いたら。

そんな淡い期待を抱いて、今日も愛野 恋風は本を読む。




恋に恋をしながら、愛野 恋風は待ち続ける。

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冷房のきいたあの部屋で 霧乃 @kirino00s

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