エピローグ ルーザーキッドと呼ばれていたけど⑥(最終話)

 想いが空焚きされ、熱ばかりが膨らんでいく。


 ―――いつも君が僕の心を読んでくれたなら、ずっと安心させてあげられるのに。

 

 そんな無意味な事しか考えられなくなる。

 

 恋人は、ジャックの心中などお構いなしに、ぶっきらぼうに言った。


「歌」


「え?」

 

「ずっと練習してたんでしょ」

 

 質問の意図を咄嗟に読めず、ジャックはしどろもどろな返答をしてしまう。


「それは……もちろん、フランケンズ・ディストに入ってからは」


「そうじゃ無くて。子どもの時、私とあの森で出会った日から、ずっと」

 

 途端、ジャックの背中に、幸福と緊張が柔らかい痺れを奔らせた。

 ロズの言葉に、驚きを隠せなかった。

 

 ―――誰にも、言っていないことだったのに。

 

 フランケンズ・ディストの練習は、教師役であるジョニーを除き全員が歌唱には初挑戦といった体で進められて行ったが、ジャックにとってそれは望むところだった。

 ジャックは、積み重ねてきた練習量をちっぽけな自尊心のために誇ることをしなかった。

 ジョニーも、勘付いていたのだとすればきっと、ジャックのことを慮って黙っていてくれたのだろう。

 皆で、一緒に全力で、一から無謀な戦いに挑んでみたいという冒険心を、ジャックは不完全な物にしたくなかったのである。


 一体いつ、ロズに気付かれてしまっていたのだろう。

 

 サン・ファルシアの予選で、初めて歌を重ねた時だろうか。

 もしくは、それよりずっと前からだろうか。

 

 ジャックは、後者であって欲しいと望んだ。

 ロズの、歌に対する卓越したセンスで以て見破られてしまったと考えるより、二人の間に存在する、もっと霊的な繋がりが彼女に悟らせたのだと夢想する方がロマンティックだと感じたからだった。


 ふと、耳元に吐息を感じる。


「私……今ならやっと、自分に自信を持って、返事が出来る気がする」

 

 いつの間にかロズが近づいてきていて、ジャックの顔に唇を寄せていた。

 

 口づけをされる。

 そう思ったのも束の間、唇は頬から紙一枚分挟んだ距離で停止し、言葉だけが、甘く、もたらされた。


「ロズも愛してるよ。ジャックのこと」

 

 それだけを口にすると、ロズは顔を離した。

 ジャックに背を向け、ジンハウス姉妹と王女が巻き上げる土埃の中へと、歩を進めて行く。

 

 意味が分からなかった。

 

 ロズからの、愛の表明。

 勿論ジャックは、そこに時と場合、理由を求めるほど、罰あたりでは無い。

 しかし、今回ばかりは、思案を必要とする重大な要素が、彼女の気まぐれに隠されているような気がしてならないのだった。

 

 違和感があった。

 ロズが自分のことを「ロズ」と自称したのも、妙と言えば妙―――


「………………」

 

 妙、どころの騒ぎでは無い。

 ほんの些細なとっかかりを掴んだつもりが、芋づる式に、一気に真相まで引き抜いてしまった。

 

 ロズの口にした言葉は、文体の類似から、ある愛のメッセージを連想させた。


『ジャックはロズを愛している』。

 

 シュラウトの森、大切り株の樹皮の下に刻んだ、告白。

 

 心臓が、高鳴る。

 

 ―――なぜ、どうして? いや、落ちつけ。元々、単純なメッセージじゃないか。たまたまロズが似通った台詞を口にしただけという可能性は十分ある。まだバレたと決まったわけじゃ

 

 バレてないわけ、ないじゃないか。

 

 ジャックは、自分の間抜けさに、崩れ落ちそうになった。

 シュラウトの森で彼女が見せていた、種族の特徴。

 

 ―――そうだ『狩猟の目』だ! 僕は馬鹿か、エルフから見つかりたくないものを、森の中に隠すなんて!

 

 ジャックはロズの後ろ姿を、注意深く観察する。

 彼女の耳が、先端まで紅潮していることに気付いた。

 肌の白さと相まって、これまで見た誰のどんな羞恥より、薔薇色ロージーに見える。

 

 切り株のメッセージを、ロズはとっくに発見していたのだ。

 ジャックはと言えば、いつかロズに打ち明けようと思っていたことすら、忘れかけていた。

 

 そして今、まんまと、ロズの方から爆弾は投下された。

 仕返しであるのと同時に、彼女にとっても、この上無い自滅。

 ロズは捨て身の覚悟でジャックを巻き込み、秘密を炸裂させたのだ。

 

 女を、見せられた。

 

 自分達も知らない内に、メッセージは、ジャックとロズ二人にとって、切り札であると同時に、最大のウィークポイントになっていたのだ。

 

 ジャックは、ロズの後についていく。

 彼女にどんな言葉をかければよいのかと、頭を必死に巡らせながら。

 

 思いを正直に告げるのは、肉体を交わらせるより、何倍も恥ずかしい。それは、心を重ねるのが、身体を重ねることより、ずっと尊い事だからだと思う。

 

 ジャックを、懐かしさが包んだ。

 

 百人を超える兵たちや王女の存在も忘れ、いつの間にか、ロズの事だけを考えていた。

 ロズと話すようになったばかりの頃、森の中で交わされる会話は、そう言えばいつもこんな調子だった。

 

 古く、そして新しい場所へと、帰ってきた。

 

 ジャックは嬉しくて堪らなくなり、ロズへ追いつこうと、歩を早める。

 今すぐロズを、落ち着いた場所で、問い質さなければならない。

 

 街、兵、王女。

 つい先程まで大事件だったはずのものが、もはや些事だった。


 さっさと事態を解決してやるべく、ジャックは深く息を吸い込む。


「どんな人であれ、まずはオーディションを受けてもらったら?」と、大声で提案するつもりだった。










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クレイジーエメラルド・ショウクワイア 白乃友。 @shilatama

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