前立戦腺、以上なし

玉砕覚悟①

 ――インム暦114514年8月10日 19:19


 攻勢に出た連合により、帝国軍は窮地に立たされた。火砲の轟音が響く中、二人の若年士官が壕の中で現状の打開策を練っていた。

「不味いゾ、やっぱり我が軍のガバ・アナグラムは既に連合軍によって解読されていたんだゾ」

 サイタマ訛の強いこの男の名は三浦。士官候補生時代から智将として有望視された男だ。

 今回の連合軍の挙動は帝国の暗号を解読し事前に帝国軍の作戦行動を察知していたと考えるのが妥当だ。

 三浦は帝国の暗号方式ガバアナグラムの脆弱性をいち早く看破し上層部に進言したもののケツの青い若者の戯言と取られ、全く聞き入れて貰えなかった経験がある。そんな三浦は自分の無力さからやるせない気持ちになった。自分が大本営に強く諫言していれば救えた命は多かったはずだ。

「過ぎた事を悔やんでも仕方ないですよ。勝ち目が無くなった今は損害を減らすことだけを考えましょう」

 思案の中、三浦の心情を察して田所が口を挟む。

「おっそうだな」

 三浦も彼に合わせて思考を切り替える。そうだ、過ぎたことは変えられない。

「前線はまだ持ちこたえてますが、長くは持たないっすね」

「おっそうだな」

 気の抜けた返事だが三浦の目は据わっている。

 目下には敵の大軍。田所と三浦は壕を超えた敵兵との格闘戦に備えて銃剣を構えていた。情報将校にとって最大の損失とは機密が敵に渡ることだ。二人共、腹を括っていた。捕虜になるくらいなら死を選ぶだろう。 大軍の前では有刺鉄線で稼げる時間も高が知れている。敵の指揮官の合図と共にレ軍が雪崩込む。



 ――夜明けて8月11日 05:00 

 塹壕戦、それはまさに剣林弾雨の地獄絵図であった。発砲音とともに臓腑が飛び散り少し遅れて硝煙の匂いが鼻に付く。

「ぬわぁぁぁん」

 田所は敵の体当たりを躱して空かさず急所に貫手を入れる。

「Oh……」

「イイゾ〜これ」

 三浦は手応えにご満悦の様子である。

 塹壕内では混戦となったことが幸いであった。インム陸軍伝統の徒手格闘術―迫真空手―のお陰で田所と三浦は九死に一生を得たのだ。敵味方入り乱れる閉所では銃も軍刀も使えない。最後に物を言うのは己の五体だ。

「そんじゃあ、ぶち込んでやるぜ」

三浦は即席の火炎瓶を投げる。逃げ場のない塹壕に火が広がる。混乱に乗じて二人は戦地からの脱出に成功した。散り散りになってしまったが他にも逃げ延びたインム兵も遠目から確認できる。

 なら次に成すべきことは友軍との合流である。田所と三浦は予め指定された合流地点へ向かった。


――主要人物――

インム帝国

田所……インム帝国陸軍曹長

三浦……同陸軍少尉

木村……同陸軍上等兵

秋吉……同陸軍先任軍曹


レスリング連合

木吉カズヤ……連合軍兵長。在レ外人部隊に所属

城之内…………同部隊所属の二等兵

鎌田吾作………同部隊所属の二等兵

へリントン……レ陸軍大佐。在レ外人部隊にも偏見のない歪みねぇ精神の持ち主


その他

平野……地下組織アクシードの首領

タクヤ…平野の部下

葛城……ゲリラを率いる中年

朴秀……ゲリラの少年








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