玉砕覚悟②

 ――8月11日 17:22 連合領ゲイパレス平原


 多勢に無勢の中、田所と三浦は不眠不休で遁走していた。ここは平地であったが草木が茂り遮蔽物が多いことは幸いであった。田所らは斥候に見つからない様匍匐で前進する。

「foo……」

 残弾を確認する中、思わず田所は溜息を漏らす。疲れ切っているのだ。

 その一方で三浦は追手が来ないことを確認した後、唐突に念仏を唱え始めた。

「ポッチャマ……」

 三浦は短く刈り上げた頭から見て取れる様に敬虔な便乗仏教徒である――それどころか彼の先祖は便乗仏教の開祖三浦聖人であると言い伝えられている――。仏門に帰依した以上、戦争とは言え無用の殺生は御法度なのだ。

「カンノミホ……」

 田所も上官に倣って祈祷を捧げる。田所は特定の宗派に属してはいないものの人並みの信心はある。田所に限った話ではなくインム国民はときとして悔い改め自省するために仏閣に祈りを捧げる。

「任務に戻るゾ」

「じゃけん夜行きましょうね」

 この先は比較的遮蔽物が少なく大変見晴らしがいい。夜を待って行進するのは賢明な判断である。


  ――同日未明 連合領ゲイパレス平原

 田所と三浦は日が沈み暗くなったところで再び前進する。目的地はレスリング先住民が建てた太陽神ケツアナコトル神殿だ。

 インムの迫真諜報部によれば神殿付近は未だに先住民の反レ連合カラーが強くゲリラの温床となっているためレ兵も迂闊に近寄れない。しかも帝国諜報部の根回しによりゲリラと協力関係にある。まさに友軍との合流地点に持ってこいの場所だ。

「ここ」

 田所は少し間の抜けたおかしなイントネーションで地図の座表を指した。現地までのナビゲーションは田所が行う。


 ――8月11日 06:30 ゲイパレス平原


 追っては振り払った様子を見ると男は立ち止まった。男の名は木村直樹、インム陸軍上等兵である。

「やめてくれよ…」

 木村は脱臼した肩を入れた後に痛みの余り思わずそう呟いた。迫真空手有段者の木村にとっては脱臼など慣れたものだが、自力で整復する際の痛みは何度やっても変わらない。

 さてこれからどうするか。木村はそのことばかり考える。

 木村も戦士である以上あの地獄を生き延びてもまた次の地獄へ向かわなくてはならない。それも孤立無援で…。いっそこのまま逃げ出したくなるくらいであった。

 だが木村は前へ進んだ。強い克己心を持って前へ進んだ。自分は今どん底にいるのだ。なら、これ以上悪くなりようがないはずだ。だがら自分は日が当たる所まで這い上がるしかないのだ。木村はそう思った。

「目的地はケツアナコトル神殿、そこで友軍と合流する。」

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