蟹になりたかった男①

 ――7月3日 22:00 ゲイアミ州連合議会場にて非常事態宣言を発令。同日より軍の権限が一時的に増大される。


 レスリング連合の反撃作戦が開始された。インム帝国の先制攻撃により連合内の世論は好戦ムードとなり戦力を整えるため連合の潤沢な人員、資源、工業力を動員した。木吉カズヤモも今回の「オビ・ワン発令」により徴収された兵士の一人だ。

 木吉は純粋なレ人ではない。名前から察しの通り新日暮里系移民である。人工国とも揶揄されるレスリング連合は大多数を占めるデカマラ人を除くと雑多な民族構成をしている。その為、兵士間の文化摩擦を避けるため連合の二世以下の帰化人はその文化圏や民族ごとに合わせて新設された在レ外国人部隊に配属される。こう言うと聞こえは良いが実際はよそ者を集めて弾除けにしているだけである。事実、外人部隊は優先的に危険な任務に就かされる。


 ――8月2日 ゲイパレス平原インム帝国前線基地前


 新日暮里部隊を積んだトラックが戦場へと赴く。木吉も含めて多くの兵士は生きて祖国の土を踏むことはないだろうと悟っていた。

「蟹になりたいね……蟹になりたいね……」

 沈黙を破って男は繰り返しそう呟いた。新日暮里の者にとって蟹とは神聖な生き物である。それと今回は強靭な甲殻に覆われた蟹でも無い限りこの先生き残ることはできないだろうというニュアンスも含まれている。

「肩の力を抜け」

 見かねた木吉が男に声を掛ける。

「すまない……死にたくないのは皆同じなのに僕だけがこう取り乱して……」

「いいさ、気に病むことはない。この状況に慣れてるやつなんてきっとこの中には一人もいない。皆内心震えているんだ」

「ああ……少し気が楽になったよ。僕は鎌田吾作、君は?」

「オレは木吉カズヤだ」

「よろしくカズヤ」

「ああ……よろしく吾作」

 二人の挨拶戻る束の間、次の瞬間には部隊長から司令が下った。

「あと数分でこのトラックは停車する。そこからは各自部隊ごとに別れて目標まで徒歩で向かえ」

「サー」

「では各員頭に入れてあるだろうが作戦概要の確認に入る。敵軍はレスリング領まで進軍し、補給線が伸び切った状況にある。そこで我が軍は敵の兵站網の中継地を同時多発的に攻撃する。諸君らはその第一波となり先陣を切ってもらう。暗号解読班の情報によると敵の補給物資は現在車両にて輸送中。その間に最優先課題である塹壕を攻略する、以上」

「サー」

「作戦に関して質問は?」

「……」

 刹那の沈黙。沈黙は肯定と取られる。作戦に関しては皆乗車前から耳にタコができるほど聞かされていた。

「ではこれより各員下車した後に点呼に入る。先頭から続け」

「サー」

 木吉は死地に足を着けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る