第51話 雪月
誰の目にも明らかに。レイリアが何らかの痛みに耐えているのが窺えた。
「レイ? どうしたの?」
「頭痛ですか?」
肩を痛める前から片頭痛持ちであったレイリアは、事前に頭痛の到来を察知する時もあれば。気温や気圧の変化などでも急激に脈打つ鈍痛に見舞われることが多々あった。
「う、ん……」
額に手をやり、辛そうに項垂れると。すぐさまドクターティムが寄り添う。
「マスター?」
左手を取り、脈と体温を確認しようとする手をレイリアは制する。
「大丈夫……。いつもの頭痛だよ。ウィル、頭痛薬ちょうだい?」
第一執事に常備薬をせがむと、アニーが疑念を抱いた。
「え? 頭が痛いの? 足じゃなくて?」
屈みこみ、右足に触れようとしたアニーの手も、払いのけるかにしてやめさせる。
「ちょっとアニー。足に触らないで。お願いだから」
「触らないでって、そんなに痛むの?」
常に
「足ですか? マスター、頭痛ではなくて?」
「アニーも、ドクターも。触らないでお願い。うん、頭痛もするけど……」
「足も痛いの?」
「足ってまさか。掴まれた左足ですかい?」
「違うよ。掴まれたのは左だから」
アニーはドクターと顔を見合わせてから告げる。
「じゃあ、右足が痛いので間違いない?」
「アニー。お願いだから触らないでってば!」
「そんなに痛いの?」
「くぅーん……」
最後の切なき鼻声は、大人の足並みの間を掻い潜って来たディッシーだった。
堂々巡りの場が静まり。指でこめかみを押さえたレイリアは、少々苛立ちながら言った。
「とにかく、いつもの脈打つ頭痛も急にきたから。ウィル――」
「はいマスター」
適温に冷ました白湯を透明なコップと共に持参した執事は、処方通りの薬を専属医師立ち会いの元で差し出した。
ともかく、これを飲まねば何にも応じないとする強い意思が発せられている以上は、容認せざるを得ない。
手早く、さらさらと粉末を飲んだレイリアは、一呼吸をおいてから気を落ち着かせた。
「立ち上がろうとしたら。右足の甲の辺りに、酷い痛みが走って――。と同時に頭痛まで急に……」
もはや後は好きにして、とばかりに。用意された腰かけ椅子に傷む右足を靴ごと乗せたレイリアは。靴を脱がせようとしたアニーに、「そっとだよ? そっとね?」と念を押す。
「足首ではなく、足の甲ですね?」
靴を脱がせなければ検診もままならない。けれど、その靴を脱がせるにも、痛みには我慢強いはずのレイリアが、しきりに顔をしかめてしまう膠着状態に陥ってしまう。
普段、強い痛みを覚えても。決して「痛い」との弱音を吐かない主にして。こうまで苦痛を訴えるのは大変珍しくもある。
レイエスは即座に、最終決断を下していた。
「靴を切断しましょう」
「やだよ、駄目。そんな振動与えないで?」
「そんなに痛いの?」
尋常ではない痛がり方で怯えるレイリアに、アニーも不安が募り。レイエスは押し切った。
「――レイリア。一瞬で済ませますので少々ご辛抱を。アニー」
主人の名を口にするなど滅多にないレイエスの意図を汲んだアニーは。レイリアが息をも止めて、しばしの激痛を我慢する間に。
「じゃあ、いくよ?」
「――っ!」
思いきって靴に切れ目を入れながら一気に脱がせた。
靴下は医療用の鋏によって断ち切った。そこでようやく、生白い足の甲でぷっくりと腫れ上がった症状が露わとなった。
「え……。どうしたのこれ――」
様々なものを見てきたアニーも、流石に困惑を隠せない。
「これは……」
主治医のティムも絶句した。そして本人も。
「どこかで打った覚えも。挫いた覚えもないんだけど……」
ティムは見るなりで述べた。
「単なる打撲などではありませんね。恐らくは、骨折されたものかと――」
主治医はすくと立ち上がり、家長のレイエスに「病院へ」なる進言をしていた。
その言葉を受けて、病院嫌いのレイリアだけが反発する。
「え? 嫌だよ。立ち上がろうとして、痛んだだけでしょ? 大分、腫れてはいるみたいだけど。冷やすとかで済むでしょう?」
ティムは主を見やり、レイエスに訴えた。
「画像診断してみないことには断言できませんが。疲労骨折をされたものと思われます。骨折をされた内部で、何らかの炎症が起きているからこそ、大きく腫れあがってもおられますし――」
早急にしかるべき処置を施さねばならない。
そこまでを聞けば、レイエスも然り。他の守護騎士らも、己のやるべき事を察し自ら動き始める。
「手筈を整えます」
碎王は、秘蔵っ子を呼び付けながら自陣に指示を飛ばした。
「
すぐに参上する旨の返答を受けてから、碎王は右腕にも呼びかける。
「――
こうして慌ただしく、レイリアを病院へ運ぶことになったのだった。
ゲートアレイの花篝 久麗ひらる @kureru11
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