第2話 若葉萌える季節
暑い。純粋にただただ暑い。何で夏ってやつは暑いのかね?
何て一人心の中で空模様とは対照的な鬱屈した気分でいると、先ほどまで黒板に向けてチョークを振るっていた化学教師に声掛けられた。
「季乃、準備室まで教材運ぶの手伝ってくれ。」
「んー、了解です。」
くっ、今日も家で睡眠を取る重大な使命があったのにまた手伝いを任されてしまった……!
「水野先生ー、これここで良いっすか?」
「その辺で大丈夫だ。サンキューな。」
「じゃあ俺はこの辺で失礼しますよー……。」
カタッ。シャーシャカシャカ。
「あれ、先生実験室って誰かいるんすか?」
「あぁ、3年の坂倉君だよ。秋に分析コンテスト、所謂化学実験の大会があるんだ。彼女はそのコンテストに出場するからその練習だな。気になるか?」
「……ちょっとだけ。……見ても良いですか?」
「集中してるだろうから邪魔するなよな。」
その言葉に頷き何故か高まる胸を抑えそっと実験室の扉を開く。
そこにいたのは何だかよく分からない器具を真剣な眼差しで見つめている、白衣姿の女性。
ただ『綺麗だ』、と。窓を締め切り冷房もない部屋なのに、風が吹いた気がした。
「坂倉君、お疲れ様。」
いつの間にか練習を終えていた彼女に水野先生が声を掛ける。
「お疲れ様です。実験のレポート纏めておきましたので後で確認お願いします。ところで、そちらは……?」
急に焦点を当てられた俺は心臓を弾ませながら自己紹介をする。
「一年の季乃司です。」
「私は3年の坂倉千代だ。気軽に千代さんとでも呼んでくれ。ところで今日はどうしたんだい?」
気軽には呼べそうにはないが、本人の希望であるなら善処しよう。
「となりの準備室に授業で使った教材を仕舞いに来たんですが、実験室から物音が聞こえたので気になって。」
「それでこっそりと見ていたと。」
「すみません。駄目でした?」
「駄目なんて事はないさ。少しでも化学に興味を持ってもらえたなら私も嬉しいしね。では、私はこの後野暮用があるのでここらで失礼するよ。またね、司くん。」
彼女の見た目は極一般的な女子高生といったところで、特別綺麗な容姿をしている訳ではなかった。だが、そういって、最後に明るい笑みを見せた彼女の顔は今でも忘れられない。
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