君のとなりで

幸野仁

第1話 桜の散る季節

春風に若葉の混ざる桜の花びらが枚散る頃、俺は私立松原学園高等学校へ入学した。


なだらかな丘の上に建つこの学校は地元ではある程度名の知れた進学校。俺がこの学園に進学を決めた理由は、単純に家から近かったから。その他の理由何てものは特にない。

松原はそこそこ進学校だし、スポーツ系の部活では県外でもそこそこ有名だったりする。

でも中学部活にすら入っていなかった俺は今さら何がやりたかったわけでもなく、とりあえず家が一番近い松原にしただけだ。そんなやつはゴロゴロいるだろうし、今時珍しくもない。親も中学の担任からも特に反対はされなかった。

小学生の時代にはスポーツは野球チームやサッカークラブに、文系では囲碁や将棋クラブに在籍したこともあったがどれも長続きはしなかった。親の進めで自分からでは無かった、ということもあるのだろうがいまいち熱中出来ず、結局どれも中途半端に辞めてしまって今に至る。


「おーい、司!売店行こうぜー。」

昼休みになるなりそう呼び掛けるのは、俺にとって数少ない友人の一人、中条東。こいつとはたまたま席がとなり同士だったという関係から始まった。

入学して周りに知り合いがほとんどいない状況だったが、幸いにも社交性はそれなりな俺が真っ先に声をかけたのがこいつで、話しているうちに何となく気が合いそのまま親しくしている。

東は俺にとって確かに友達ではあるが、実際のところ、俺はなぜこいつとと気が合うと思っているのかさっぱりわからないでいる。

意見もよく食い違うし、アクティブな東と違って俺はどちらかというとインドア派だ。ただ、友達なんてそんなもんなんだろう。気づいたら話をしているし、一緒にいる。俺は何となくやっているこの東との雰囲気が好きだった。


「おい司!何ぼんやりしてんだよー。早くいかねーと売店のパン売り切れるだろ!俺今日は何としてでもナポリタンスパゲッティーパンが食べたいんだ!」

真剣な顔で何を言ってるんだこいつ。

「あのパン、俺も食べたことあるがそんなに旨いか?まずいとは言わんが、挟んでいる

コッペパンが何故か甘いくていまいちだ。実際いつも遅くまで残ってるからそんなに急がんくても良いだろう。」

「お前の言いたい事はわかる!でも時にはそんなアンバランスな味が恋しくなるんだなぁこれが。」

まぁきっとこれが人気のないあのパンが消えない理由なのだろう。そんなに量は出ないが一定のファンがいるらしく、この学園の学園長もその一人だとか噂されてるくらいだ。

「もしかしたら今日はなくなるかも知れないだろ!だから早く行こうぜ司くん。」

そうせかす友人を見て、流石にこれ以上待たせるのも悪いと思い重たい腰をあげ売店へ向かうことにするのだった。

急いで売店に走ったものの、結果やはりというかナポリタンスパゲッティーパンは残っており、何も競わず獲得出来た。



「えー、であるからしてこの時の数値は……」

数学教師の声を遠くに聞きながら、俺はふと窓の外に拡がる青空に目線を投げる。季節は春のはずだか雲ひとつない快晴に夏を彷彿とさせる日差し。窓際の席を陣取る俺は、その日差しのお陰で腕から伝わる熱の影響を受け上体にじんわりと汗をかいていた。

暑さのせいなのかはわからないが、とにかく俺の思考はぼんやりとしており、まったく集中出来ない授業をただただ無為に過ごしている。

当然、そんな態度が教師に伝わらない訳もなく……


「季乃!おい季乃聞いてるのか!?」

「ぅえっはい!すみません、聞いてませんでした……。」

「まったく、まだ入学してたったの数日でそんなんでどうするんだ。お前もよく知っていると思うがここはほとんどの学生が進路に大学、それも国公立や有名私立を志望する学校だ。今からその調子だとそのうち授業についていけなくなるぞ。お前たちも季乃を笑ってはいるが集中出来てないやつも多いだろ。自分が言われてると思って真摯に受け止めるように!じゃー授業再開するぞー。」


思わず小言を飛び火されたクラスメイトのやや間延びした返答を受け、わずかながらため息をつく数学教師は 、それでも授業を再開する事にしたようだ。

かくいう俺はというと、まだふわふわと流れる思考に苦戦している。

昔からこうなのだ。周りの大人からの叱責やクラスメイトの機敏。そこに込められる意味は理解しているし、やらなければいけないことは十分にわかっている。しかし、いつも全ての事に実感が持てない。明るく友人と会話している時だって、好意を寄せる相手の事を考えている時だって、表に出ている自分とは違う自分がいて、表の自分の様子を半歩ズレたところから眺めている様なそんな気になるのだ。

いつからか、やりたい事、好きな事でも心の底からは熱中できず、半歩後ろにズレた自分の『これは本当に面白いのか……?こいつの事、本当に好きなのか……?』と問いかける声に表の自分の感情が引きずられている感覚に陥る。

だから、今現在俺の人生には夢はなければ展望もない。『なるようになる』だ。

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