僕はリュックサックからポスターを出したりはしない(短編Ver.)

真賀田デニム

第1話 僕はキミが好き


 ――ねえ、知ってる? このお店の素敵なエピソード。


 ――え? 知らないけど……何?


 ――この店ってメイドカフェだから、ちょっとしたサービスがあったりするじゃん。でね、そのサービスがきっかけで一つの恋が生まれたらしいよ。


 ――恋ばな大好きっ。で、そのサービスって?


 ――うん、そのサービス自体はありきたりなものなのだけど――……。


 

 ~~~~



 第1話 僕はキミが好き



「お帰りなさいませ、ご主人様っ。ニッキュ、ニッキュ♪」


 でっかい肉球グローブを付けた両手。

 それを顔の両脇にえるようにおいて、「ニッキュ、ニッキュ」と萌え声を出す猫耳メイド。


 秋葉原某所、メイドカフェ『にくきゅーフレンズ』。

 そこは僕の行きつけにして、疲弊ひへいした心を癒すオアシス。

 その店に行けば、いつだって猫耳メイド達が優しく僕のことを迎えてくれる。


 今だってそうだ。

 自分でもそれはちょっと気持ち悪いんじゃないのかって思うくらいの、ぎこちない照れ笑いの僕を、おもてなしの精神あふれる姿勢で受け止めてくれた。


「ご主人様をお席に案内するミー。こっちなのミー。ニッキュ、ニッキュ♪」


 迎えてくれた猫耳メイドが席へと案内してくれる。

 語尾に『ミー』を付けた彼女は、メイド検定一級資格を持つランク『ミケ』の猫耳メイド。

 柔和な瞳で見つめられて鼓動が高まるけど、僕の目当ては彼女じゃない。


 彼女は僕が席につくと、水を置くのと同時に「ご注文が決まったら、お呼び下さいミー。ご主人様。ニッキュ、ニッキュ♪」と言い残して去っていく。


 注文するメニューなら決まっているよ。

 でも注文する相手は君じゃないけどね――。


 僕は周囲に目を向ける。

 壁一面に描かれた肉球の絵に軽く眩暈めまいを起こしつつ、お目当ての彼女を探していると、その彼女がタイミングよく手持無沙汰てもちぶさたな感じでこちらへと歩いてくる。


 目が合った。

 僕がその視線に親しみを内包したようなものを感じ取ったとき、彼女は弾ける笑顔を浮かべてこう言った。


なのラ、ご主人様。もしご注文がお決まりなら、お申し付け下さいなのラ。ニッキュ、ニッキュ♪」


「き、決まったっ、決まりましたー! ご注文してもいいですかっ?」


 僕の一種異様と思われるテンションに、彼女はつぶらな瞳を更に大きくして動揺を示す。 

 でもすぐにいつもの彼女に戻って接客をしてくれた。


『まるちぃ』――それが彼女の名前。

 誰もが2度見するほどの超絶マドンナではないけれど、クラスにいればそれなりに目を引く、ふんわりミディアムヘアの可愛い女の子。

 更に言えば、スクールカースト底辺の冴えない僕でも横に並ぶことがギリギリ許されそうな、庶民派めんこい娘。


「ご注文がお決まりなのラ、ご主人様。どうぞお申し付け下さいなのラ。ニッキュ、ニッキュ♪――」


 だからなのかもしれない。

 決して叶わない夢ではないからなのかもしれない。



、『



 僕は愛用のリュックサックを空いている席に置いたのち、深呼吸。

 そして口にするいつものメニュー。


「にくきゅー萌えにゃんセットで」


 オムライスとミニサラダ、そしてドリンク付きでジャスト2000円。

 正直高いとは思う。

 でもこのセットを頼むと、猫耳メイドによる[ドリンクおいしくなぁれ]と[ケチャップお絵かき]、そして[サラダまぜまぜ]を含めた3つのサービスが付いてくるので、結局毎回その誘惑にあらがうことなく従っていた。


「ご主人様は本当にこのセットが好きなのラ。少々お待ち下さいなのラ。ニッキュ、ニッキュ♪」


 チャーミングな笑みを見せたのち、離れていく『まるちぃ』

 そんな『まるちぃ』の背中に、僕は心中でつぶやく。


 いや、君のほうがもっと好きだから。ニッキュ、ニッキュ。


 そんなことを毎回のように思いつつ――。

 僕は、笑顔の素敵な君のお給仕で癒される。


 ねえ、キミは僕のことをどう思っている?

 萌えアニメに傾倒けいとうしたオタクだとか、そんな感じかな。

 まあ、実際それ系のアニメは好きだし、フィギュアだって何体か持ってる。

 

 ……でも、これだけは言っておくよ。



 僕はリュックサックからポスターを出すようなオタクじゃないってことを―—。



 ~~~~



「リア充、爆発しろっ。クンッ」


 東山西高校。『2―3』――。

 つまり僕が勉学にいそしんでいる教室で、となりに立つ伸之のぶゆきが右手の人差し指と中指を上げる。

 対象はスクールカースト上位の男子達で、終業チャイムと同時に合コン談義を始めた鼻持ちならない連中だ。


 当然のことながら爆発しなかったリア充男子は、やがて爽やかオーラを発散させながら教室を出ていった。


「ほっとけよ。向こうがこっちに無関心なのにそんなことしてもむなしいだけだぞ」


 僕は食べかけのパンをバッグに入れると、そのまま廊下へと向かう。

 後ろから付いてくる伸之が、「いんや、繰り返せばいつか爆発するはずだ、うん」と冗談ともつかない口調で言っているけど、僕はスルーする。


 十文字じゅうもんじ伸之――。

 親友とは呼びたくないけれど多分周囲からはそう思われているであろう、僕の友達。

 高校1年のとき同じクラスになって、お互いアニメ好きということで意気投合したのがきっかけであり、要するに同好の士である。


 同好の士――そこまではいい。

 でもここだけの話、伸之と同じ『オタクカテゴリー』には入れてほしくはない。


 僕が、[オタクであることに恥じらいの気持ちを持ちつつも、アニメが好きなんだからしょうがないじゃんか]という消極的なスタンスだとすれば、伸之は[アニメオタクですけど、何か?]という積極的なスタンスだからだ。


 まあ、そのスタンスの70パーセントは、オタクじゃなくてもオタクだと思われるピザデブ体型という外見にあるのだけど。

 残りの30パーセントには、もちろん“リュックサックからのポスター出し”も含まれていると付け加えておく。


 そんなザ・オタクが学校の玄関を出たところで言う。


「いっちゃん、まだ『にくきゅーフレンズ』行ってるん? 俺はさ、『くのいちの里』行くの止めっかも」


「えっ、なんでだよ? あんなに好きで通ってたのにさ。……なんでだよ?」


 驚いた僕は、伸之の問い掛けに答えることを忘れて逆に疑問をぶつける。

 

 趣味の違いゆえに通っているメイド喫茶は違うけど、メイド喫茶を最高の癒しの場として利用しているのは同じ。

 “三度の飯より『忍忍にんにんカフェ~くのいちの里~』だお”と何度も聞いていることからお金の問題とは思えない。


「『あやめ』たんが辞めたんよ。いきなりだぜ? なあんも言わずにさ。だから心が空虚ってやつ? 全く行く気がなくなっちったんよ」


 ああ、そうか。

 伸之は『あやめ』っていう女忍者くのいちメイドにご執心だったっけ?

 癒しの対象が、店からメイド個人に変わることはあるあるネタだよな。僕もそうだし。


 ふと、脳裏をよぎる『まるちぃ』の笑顔。


“おいしくなぁれ、萌え萌えニャンころりんっ♪”と言いながら、ストロベリージュースに魔法を掛けてくれる『まるちぃ』――。


「――でもさ、『あやめ』たん、最近ランクが『伊賀』に上がったって喜んでいたんよ。それなのに急に辞めるからおかしいと思ってさぁ――」


“お絵かきお絵かき、ケチャップ萌え描き、なーにができるかな♪”とオムライスにケチャップお絵かきをしてくれる『まるちぃ』――。


「ほかのメイドやご主人様仲間に聞き込みかけたんだけどさ、ちょっと不穏な話がでてきたわけよ。なんでも同じ学校のDQNヤンキーが――」


“サラダをニャン混ぜ、混~ぜ混ぜ~、混~ぜ混ぜ~♪と、ミニサラダとドレッシングを絡めるように混ぜてくれる『まるちぃ』――。


「……って、いっちゃん、聞いとる? ニヘラァって笑ってっけど、『俺の嫁』で妄想中? 帰ってからにしろっての」


 伸之の問い掛けで僕の意識が現実へと帰る。


「え? あ、ごめん。で、何だっけ?」


「いや、もういいや。さ、帰って『無職上等。~仕事失ってから本気出す~』の続きを見るべかな」


 でかい背中を見せて先を行く伸之。

 

 ――急に辞めるからおかしい――

 ――不穏な話――

 ――同じ学校のDQNヤンキー――


 などと断片的には聞こえたような気がしたけど、一体なんの話だったのだろうか。


 気になりはしたけど、僕の頭はすぐにまた『まるちぃ』でいっぱいになった。


 

 まるちぃ、まるちぃ――僕のまるちぃ。

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