最終話

 キリングドール王国魔法学校に緊張の日がやってきた。そう、修了試験だ。よほどでなければ初級課程から中級課程には上がれるが、半魔法使いとして扱われる上級課程となると落ちて当然という大変厳しいものになる。

「いい、レオン。普段通りにやれば大丈夫よ」

 私はレオンに言った。

「分かっているよ。事前チェックも問題なかったし、実技だって多分大丈夫」

 勉強で忙しいレオンと久しく逢っていなかったが、昨日の昼休みにようやく顔を出した。

「イライザ~、あのテキスト全部終わったよ~」

 現れた彼は恐ろしくやつれていた。とりあえず、あらゆる回復魔法を使ったら、だいぶマシになったが……。

「アレを全部解いたなら、座学は問題ないと思うわ。後は実技。これは私でもサポートのしようがない。素直にあなたの実力をみせるしかないわ」

 事前に内容が明かされる初級課程から中級課程への試験と違い、上級課程は完全に秘匿されている。今回は私に動員が掛かっていないし、それを見る事も出来ない。ここはレオン最大の踏ん張りどころである。

「ねぇ、イライザ」

 レオンが妙に甘ったれた声を出した。

「なに?」

 私はあくまでも通常どおりに返す。

「キスして」

 ……やっぱり

「合格発表まで我慢しなさい。肝心なのは試験の合否よ」

「……ケチ」

「何か言った?」

 私がファイア・アロー の矢を浮かべてそう言うと、レオンは青くなって顔をブンブン横に振った。

「う、嘘です。なんでもありません!!」

 ……分かればよろしい。

「あーあ、でも私が卒業しちゃったら、あなたはあと3年ここで学ぶ事になるわけね。その間にいい彼女出来ちゃったりして」

 私が茶化すとレオンは小さく笑った。

「それはないよ。なんでイライザに元に戻るかもしれない魔法薬を預けてあると思っているの」

「信じてないから」

 レオンの問いに私は即答した。レオンがベンチからずり落ちる。

「あ、あのねぇ……まあ、イライザらしいけど」

 ベンチに座り直し、レオンがため息をついた。

「イライザらしいってどういうことよ」

 炎の矢が2本に増えた。レオンは黙って冷や汗をかいている。

「ごめん、イライザ。今朝までテキストと格闘していたから、眠くて……」

「うん、寝てきなさい。休まないと明日に差し支えがあるから」

 あくび混じりに言うレオンに、私はそう言ってそっと背中を押した。

「うん、ごめんね。明日試験前に」

「分かった」

 私は男子寮に向かってフラフラ歩いて行くレオンを見送った。

 ……私が魔法薬を持っている理由。それを分からないとでも思ってか。

 ペンダントをそっと取り出し、私はそれをクルクル回して魔法の矢を霧散させたのだった。


 そして、迎えたのが今日である。レオンはすでに試験会場に入った。あとは彼の力を信じるしかない。

 試験は午前の座学と午後の座学に別れている。不正を防ぐため、試験終了までは外に出ることが出来ない。私はただベンチで待った。なにか食べる気も起きないので、今日は昼食パスである。そして……。

「おっ、きたきた」

 レオンがこちらに向かってきた。その表情はなんとも微妙だ。

「まいったよ。実技試験のメインが『水』と『土』なんだもん。とりあえず、ゴーレムを作って水芸やらしてみたけど、大丈夫かな?」

 ……いや、普通に凄いんですけど。どんなゴーレムだ。

「座学は?」

 私の問いにレオンは笑顔で答える。

「そっちはバッチリ。あのテキスト売ってもいいんじゃない?」

 ……冗談じゃない。あんな時間かけてたまるか!!

「あとは結果を待つだけね。お疲れさん」

 私はレオンの頭をクシャクシャと撫でた。

「結果発表は1週間後だって。それまでは平和だね」

 暢気な事を言うレオンの頭を、手にしていた本で叩く。

「はい、上級課程の教本。私のだけどささやかなプレゼント。さぁ、元気に予習しましょう!!」

 レオンが笑顔のまま真後ろに倒れた。学生の本分は勉強である。鉄は熱いうちに打て。今ならちゃんと内容が入るはずだ。

 こうして、1週間の濃密な予習タイムがスタートしたのだった。


 1週間後


 私とレオンは合格者発表掲示板を見ていた。合格者の受験者番号のみが張り出されているのだが……目がちかちかする。

「えーっと、僕の番号は……」

 レオンの受験者番号は5963。ゴクロウサン。実に微妙だ。上級課程は人数が少ないはずなので、すぐに見つかるはずだが……あった。ゴクロウサン。

「あった。あったよイライザ!!」

 どさくさに紛れて抱きつくレオン。まあ、いいけど。

「おめでとう。これであなたも一端の魔法使いって名乗れるわ」

 私はレオンの頭を撫でた。よくやった。感動したってね。

「約束したよね。合格したらキスって」

 ……はいはい。

「ここじゃ人が多いから隅っこで……」

 校舎の影に隠れ、私とレオンは濃密なキスをしたのだった。

 こうしてレオンと気軽に出会えるのもあとわずか。1週間後には卒業式が待っている。そうなればこの学校ともお別れ。レオンに気軽に会う事も出来なくなる。何とも複雑な心境である。しかし、時計の針は容赦なく進む……。


 そして迎えた卒業式。私は学年主席として卒業講演を行い無事に式を終えた。当たり前だが、寮の私物はすでに実家に送ってあるし、着ている服も儀礼服である。

「イライザ~!!」

 中庭のベンチに座っていると、レオンがダッシュでやってきた。そして、勢い任せのキス。想定内とはいえ痛い。

「これで、3年は自由に逢えなくなるわね」

 てっきり泣くかと思ったら、レオンは小さく笑った。もっとも、目は真っ赤だったが。

「大丈夫だよ。たった3年間でしょ。何とかなるよ」

 ……またまた強がり言っちゃって。

「私はあなたの家で私塾をやるのよ。休みに帰ってくればいいじゃん。繋がりが切れるわけじゃないのよ」

 私は苦笑してしまった。

「じゃあ、僕もイライザの私塾に……」

 ……やっぱりそうきたか。

「それはダメ。ここを卒業しなさい。せっかく上級課程に合格したんだから」

「えっ、でも……」

「デモもストもないわ。あのねぇ、あなただけが辛いわけじゃないんだからね。私だって……まあ、いいわ。とにかく卒業しなさい。そうじゃなければ、婚約は破棄よ!!」

 私はレオンに言い放った。これ以上話す事はない。

「……分かった。頑張るよ。絶対卒業してみせる!!」

 そのレオンの口に私の唇を合わせた。我ながら甘いなぁと思いながら。

「よし、新クラスに行ってこい!!」

 私はレオンの肩をポンと押した。そのまま後ろも振り返らず駆けて行く。

「これでよし。私も頑張らなきゃね」

 上級魔道師課程は過酷だが私塾を開く私も同様。もう学校の支援は受けられない。それどころか自分で学校を開くのだ。楽な仕事ではない。

「さて、私も行きますか……」

 こうして、私は社会の第一歩を踏み出したのだった。


3年後……


「えっと、みんな分からないところある?」

 私は教壇に立ちながら教室内に響く声で問いかける。一斉に手が上がる。私はそれぞれの分からないところを潰していく。

 私が頼んだわけではないのだが、レオンのお父様が勝手に吹聴しまくったおかげで、私の私塾は大盛況。1人で捌くのが辛いくらいである。

 そんな忙しい毎日を送る中、ついにレオンが帰ってきた。

「なんか、忙しそうだねぇ」

 全ての授業が終わり一息ついていたとき、レオンが近寄ってきた。

「いやはや、忙しくてたまらないわよ」

 私は苦笑した。いやはや、思っていたよりキツい。

「あはは、イライザでもキツい事ってあるんだね」

 レオンの頭にゲンコツを落とした。私だって人間だい。

「いたたた、こういうのも懐かしいね」

 頭をさすりながら、レオンはあくまでも笑顔で言う。

 ……なんか、ムカつく。

「えっと、これから真面目な話しをするけど、笑わないでね」

 レオンの口調と雰囲気が変わった。

「あのさ、僕って頼りないし魔法だってイライザには勝てない。だから、絶対に守るとは言えないけど、僕と結婚してくれないかな」

 ……うぉ、プロポーズ来た!!

 しかし、なんと情けない。レオンらしく素直だが。

「あのさ、3年間も彼氏も作らず待っていたのよ。これが答えにならないかしら?」

 そして、私とレオンは深く唇を合わせたのだった。


 数日後、私とレオンの結婚式が盛大に催された。式は順調に進み、いよいよ指輪交換となったのだが、私は魔法薬が入ったペンダントを首から外した。通常であれば行われない行程。ついにレオンが魔法薬を飲む時がきたのだ。これで推定5才との体ともお別れ。今や18才となったレオンの体に戻る……はずだ。レオンは魔法薬の入った瓶を開け……そして再び閉じた。

 ……えっ?

「ちょっとレオン。段取りが違うって!!」

 私は小声でレオンに言った。

「これはイライザに預けておくよ。僕が死ぬまでね」

 ……はい?

「ここに集って頂いた皆様に宣誓する。僕はイライザを生涯の伴侶とさだめ、ここにその証としてしかる時までこの魔法薬を預けるものとする」

 慌ててレオンを見ると、彼は目でやってしまえ!!と言っている。完全アドリブ。しかし、やるしかない。

「ここに集って頂いた皆様に宣誓する。私はレオンを生涯の伴侶とさだめ、ここに元の体に戻す魔法薬をしかる時まで預かる事とする」

 すると、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。もうどうとでもなれだ。そして、お互いに指輪交換をして式は無事に終わった。あとは宴会である。レオンの家では収まり切れないので、街の広場を貸し切っての大騒ぎである。

「あのさ、本気で戻らなくていいの?」

 宴会の中でもみくちゃにされながら、私はレオンに聞いた。

「まだその時じゃないでしょ。お互いに夫婦として上手くやれるようになったら、その時に飲めばいいさ」

 ……そういうもんかねぇ。

「イライザが魔法薬を持っている限り遠くには行けないし、それは僕も同じ。指輪なんかよりよほど効果があると思わない?」

 ……遠くって、どこにいくのさ。

「僕が最初にテストで飲まなかったのは、15才の体に戻っちゃったらイライザがどこかに行っちゃうと思ったから。ずっと預けていたのもそう。ずるくてごめんね」

 ……あのねぇ。

「あのさ、どれだけ私を信じてないの。好きでもない人のためにあれだけの魔法薬は作らないし、まして結婚なんてしないし……1発魔法でぶっ飛んでみる?」

 レオンの顔が真っ青になった。

「いや、信じてないわけじゃなくて自信がなかったんだよ。イライザは凄い魔法使いだし、僕なんて……」

 ……あー始まった男の言い訳シリーズ。

「あのねぇ、グチャグチャ言ってる暇があったら、自信が持てるように努力しなさい。女はそんな単純じゃないわよ」

 私はレオンの頭にゲンコツを落とした。

 かくて、狂乱の宴は続く……。


2年後……


 レオンとの結婚生活は順調。そろそろ子供が欲しいなというところで、私はレオンの体を元に戻す事に決めた。レオンの体が5才では……コホン。無論、レオンも同意の上だ。

「先に言っておくけど、この魔法薬はテストもしてない試作品。何が起きても恨みっこなしだからね」

 それだけ言うと、私はペンダントの蓋を開けた。それをそのままレオンに渡す。ちなみに、ここは昔のツテで借りた学校の外庭である。何があってもということで借りたのだ。まず考えられないが、万一爆発でもしたら一大事である。

「じゃあ、行くよ」

 レオンがペンダントの中に入っていた魔法薬を一気に飲み干した。しかし、何も起きない……。

 ……失敗だったかも。

 そう思った時だった。いきなりレオンの体が光り輝き、急速に体が大きくなっていく。そして、今まで着ていた服を引きちぎり、そこに現れたのは20才のレオンだった。

「ふぅ、苦かったけどうまくいったね」

 レオンが声変わりして大人になってしまった事に何とも複雑な気分だが、成功は成功である。私はレオンを抱きしめると軽くキスをした。

「なんか違和感あるわね。あなたがずっと5才でいたから……」

 素直な感想を述べると、レオンは笑った。

「それもそうだね。ところで、僕の服はあるのかな?」

 レオンに言われ、私は固まってしまった。なんか忘れたと思ったらそれだった。

「ごめん。忘れた」

 レオンが大声で笑った。

「いいねぇ、それこそイライザだよ。さて、どうしようか?」

 今まで着ていた小さな服は、すでに爆裂してぼろきれになっている。ならば……。私は呪文を唱えた。すると、ぼろきれだったレオンの服が、見る間に元に戻っていく。もちろん、サイズは大きい。

「こんなもんかな」

 私は満足してつぶやいた。

「さすがイライザ。僕はこんな魔法使えないよ」

 声こそ大人だが、やはりレオンはレオンだった。

「頑張って覚えなさい。基本魔法よ。これ」

「うん、帰ったら勉強するよ」

 こういう辺りもレオンである。

 ……絶対勉強しないな。コイツ。

「それじゃ、帰りましょうか」

「うん、そうしよう」

 私とレオン、同時に空に舞い上がった。上空で手を繋ぎたかったが、結界があるのでそれは無理。そのまま並んで街の上空に飛び、レオンの家に入ったのだった。

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私の彼氏は見た目5才 NEO @NEO

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