第4話 金曜日


金曜日

放課後。湊和と呼ぶのに慣れてきた頃。いつも通り湊和と帰ろうと思った時、スマホにLINEの通知が届いた。相手は麦の妹、杠(ゆずり)ちゃん。内容は

『千晴ちゃん!陽太くんが大変なの!今すぐ南町の噴水に来て!』

だった。杠ちゃんは陽太と同じ学年、同じクラスで私と麦が付き合ってから仲良くなった。だから私は杠ちゃんからの通知に何か嫌な予感がして湊和に言った。

「ごめん、湊和。今日先帰ってもらっていいかな、急用が出来たの!」

湊和は何か言いたげな顔をしたけどすぐにいつもの柔らかな笑顔に戻って言った。

「そっか、じゃあ千晴ちゃんまた明日ね」

「ごめんね!それじゃあ!」

私は走った。春特有の生暖かい風がやたらと汗をかかせる。制服のシャツが素肌に張り付き、息が切れて、足が痛くなった。でも、少しでも早く着けるように。もし陽太に何かあったなら。私は…。噴水へ着くと、

「千晴ちゃーーーん!!こっち!!」

杠ちゃんが溢れんばかりの笑顔で手を大きく振っている。状況が読み込めない。

「え…」

確かにそこには陽太がいた。でも陽太の身になんでもなかった。そこにあった、いや居たのは

「麦…」

杠ちゃんと陽太と麦と私。杠ちゃんがお腹が空いたというので4人で近くのファミレスに行くことになった。席に着いてから3人は時折、会話をしているけど私は…きまずい。麦との別れ方に問題はなかった。いや、私に問題があったのは分かっているけれどきちんと2人で話し合ったから。でもこんな状況に耐えられるはずはない。

「杠ちゃん、ちょっといいかな?」

怒ってるわけじゃない。でも聞きたいことはたくさんあった。陽太と麦を残して2人で席を立つ。店の外に出た。

「杠ちゃん。私と麦が別れてるって知っ…」

「ごめんなさい千晴ちゃん!」

杠ちゃんの声が遮った。

「私ね、千晴ちゃんとお兄ちゃんに復縁してほしかったの。私は千晴ちゃんもお兄ちゃんも大好き、だからずっと2人にはやり直してほしいって思ってて…でも、絶対千晴ちゃんもお兄ちゃんも普通に呼び出したら来ないから、嘘ついたの…」

私はどうしたらいいか分からなくなった。だって私と麦の中ではきちんと決別出来ていたはずなのに。杠ちゃんを悩ませていただなんて思いもよらなかったから。今思い出すとこうやって4人で遊びに行ったこともたくさんあった。陽太と杠ちゃんが2人並んで姉弟みたいでその後に麦と私が並んで2人で笑いあってた。だからこそ私は杠ちゃんに言った。

「杠ちゃん。ごめんね、ありがとう。でもね、麦にはもう自分の人生を大切にして欲しいの。私なんかのために無理をさせたり、麦らしくないことさせたらだめなんだよ」

最初は身勝手な私の逃げで終わらせた恋愛。でも今は麦にちゃんと幸せになって欲しいと思っている。これも本当の気持ちだから。杠ちゃんは私の目を見上げて言った。

「それは私がお兄ちゃんとお父さんとのことを千晴ちゃんに言っちゃったから…?」

私は首を振った。

「それは違うよ。杠ちゃんに言われなかったら私はずっと麦の苦しさに気づけなかったし麦の時間をたくさん奪ってた。だから杠ちゃんのしたことは正しかったし、杠ちゃんが私に言ってくれたからこれから麦は幸せになれるかもしれないでしょ?ううん、きっと麦なら幸せになれるから」

「本当…?」

「うん、本当」

きっと杠ちゃんは悩んでたんだ。自分が私に話したことが別れるきっかけを作ったのかもしれないって。私たちに復縁して欲しいわけじゃなくて杠ちゃんはただ、麦が幸せでいて欲しいんだと思う。この2人は誰が見たって仲の良い兄弟だから。

「よし!杠ちゃん!戻ろっか」

「うん!」

私の中でちゃんと吹っ切れたはずだ。そうきっと杠ちゃんの中でも。私たちはその後陽太達の元へと戻り食事を済ませたところで解散になった。最後に、店を出たところで私の横に陽太、私の前に麦と杠ちゃんが向き合う。私は言った。

「杠ちゃん、今日は誘ってくれてありがとうね。麦、今まで本当にありがとう」

「ううん、俺からもありがとう。また杠とも遊んでやってくれ」

「もちろん!」

「じゃあな」

「じゃあね!」

桜が散って、緑の青々とした葉が美しいその日は清々しいほどの晴れの日だった。その日の夜、家に帰った私は写真フォルダを開いた。上までスクロールしてやっと出てきた麦の写真を消していく。これは過去との決別だから。そして最後の1枚を消し終えた時、再度、〝ありがとう〟と麦と杠ちゃんに感謝をした。その後私はLINE開いて湊和に初めてLINEを送った。

『湊和、今日はごめんね』

ピロリン♪~すぐに返信がついた。

『ううん』

短い。湊和らしい気もするけど。私はまた送り返す。

『また明日一緒に帰ろう!?』

ピロリン♪~

『千晴ちゃん、明日は土曜だよ〜』

あ。確かにそうだ。部活無所属の私らには学校で会えるような予定はない。画面をまた指先でなぞる。

『そっか、んじゃまた月曜日!』

ピロリン♪~

『明日、会えないかな』

思ってもみない返信だった。確かに予定はない。でも今日の今日、麦達とのことがあったばかりだ。悩んでいるとプルルルル、プルルルル。着信音が鳴った。湊和からだった。

『こんばんは、千晴ちゃん』

「うん、こんばんは」

『僕、明日、千晴ちゃんに会わせたい人と、連れて行きたい場所があるんだ』

私はさっき悩んでいたことも湊和の言葉で忘れ、気づいたら

「行きたい」

と口に出していた。会わせたい人っていうのはもちろん誰かは分からないけど湊和が大好きな人なんだろうし、連れて行きたい場所は単に興味からだった。

『それならよかった。じゃあ明日の11時千晴ちゃんの家の前に迎えに行くね。それじゃあ、お休みなさい』

プー、プー、プー。いいよと遠慮する時間もなく湊和は通話を一方的に切ってしまった。さて、ここからは女子としての重要な問題。どんな格好で、どんな髪型で、どんなメイクで…結局気づいたらまた寝てしまっていた。

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君が生きた瞬間(とき) 一花 一 @ta___oO

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