その1 ブリーフィング
ごくごく普通に生きてきたつもりだったけれど、気づいたら周りに変な奴ばかりいた。
親に虐待された奴。放置されてきた奴。期待されまくって壊れた奴。
子供にいじめられて狂った奴。エロいことをされて絶望した奴。
そんなのばっかり、私の周りにはいた。
大人は敵で、子供は兵士で。子供でも大人に平然とつくし、大人でも子供を利用する。
__ここは戦場だ。
いつしか私は、この狭い教室も、明るいリビングも、そんな風に見えるようになった。
一日生き残れたら幸せだ。次の日も生き残るために策が練れる。
自分に攻撃が向くなら幸いだ。まだ私の方が抗うことができる。
他人に目を背けられたなら幸福だ。そいつはまだ敵じゃない。
そう、ここは戦場だ。誰も彼も、馬鹿だと笑うかもしれない。
けれど、幼い私にとっては、間違いなく__今でさえ、戦場なのだ。
「ねー、莉里。莉里ちゃーん」
ケラケラと、私の名を呼んで明るく笑う彼女。長篠 永羽。
私の同級生。転校生でクラスに馴染めなかった子。
身長156cm、体重45kg。痩せているくせに胸はでかい。顔もよければ髪も綺麗。
発言が過激ないたずら好き。天然記念物級のドジ。押しに弱い。口癖は「ふふー」。
そしてひょんな事から、私に懐いた、子供の一人だ。
「全く、何だよ永羽」
「遊ぼうよー。暇だよー」
にぱにぱと、幼子のような笑顔を浮かべながら幼子のような文句を言う。
袖を引く手に、私は呆れながらも立ち上がる。
「はいはい。で、何するんだ」
カバンを持った私を見て、永羽は笑う。桜色の唇をついたのは、いつもの文句。
「”ブリーフィング”!」
学校の近場のショッピングモール、そのフードコート。
いつもの”ブリーフィング”会場だ。お菓子を片手に、私たちはお互いの近況を語らう。
今日も死ななかったな、とぼんやり思いながら。
「__それでね、今日も父さん家にいないんだー」
「ああ、飯無かったのはそのせいか」
「そそ。用意されてなくてさー。昨日からご飯食べてなかったんだ!」
「ちゃんと食えよ」
「ええー。でも痩せるし」
「お前は痩せすぎだ」
はあ、と私はため息をつく。私の顔もどこ吹く風。
永羽は私が押し付けたドーナツを頬張って幸せそうだ。
長篠永羽は絶食家だ。というか、自虐体質という奴だろうか。
自傷行為。絶食。偏食。過剰薬物投与。不眠。
私の知りうる、”自分を責める行為”を、延々と行い続ける悪癖を持つ。
片親のお父さんに、好かれたかったらしかった。
“いい子になれば好かれる予定だったけど、まだ足りないっぽくてさ”。
私と仲良くなった少し後に、永羽が言っていたセリフだ。
「……足りないわけあるかこの馬鹿」
「へ?何々、莉里ちゃん。どしたのー?」
思わず口をついた言葉に、永羽が首をかしげる。
キョトンとした顔。いつも通りの顔。幼子そのものの顔。何の苦難も知らないような顔。
私も、いつも通り口端だけで笑って答える。
「なんでもないよ」
彼女はいい子ではない。それは間違いない。
けれど、きっと、そのための努力は、十分すぎるほど足りていた。
たった一個足りなかったのは。
「そかー」
愛情とか安心とか親心とか、そんな感じのやつ。
フィクションの中にある、おとぎ話の魔法みたいなもの、なんだろう。
天使は飛ばない ティー @Tea0617
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