みつまさん(91~最終話)
91.
酔いつぶれたサッちゃんを甲斐甲斐しく世話する彼を、俺はきっと不思議そうな目で見つめてしまっていたんだろう。
「……何スか?」
「ああ、いやね。ありがたくてね」
別にそういう、彼氏としての気遣いだけじゃない。俺が今までサッちゃんの、言わば……そう兄貴の代わりとしてやってきた諸々を、どうやら釜田くんへと概ね引き継ぐことができたらしいことに、俺はまたしても、何だか感動してしまっていた。
居酒屋でサッちゃんの彼氏と三人、飲みだなんてね。
目も少しばかり潤んで、俺は煙草の煙でそれを誤魔化したが、その試みは上手くいってたかどうだか。近頃どうにも涙もろい気がするのは、やっぱり歳を食ったせいだろうか。やれやれだ。
「サッちゃんが彼氏を連れてくるだなんて日を、俺はさ、全く想像してなかったからね。ほら、分かるだろう?」
「……まぁ。そっスね、少し」
「うん。そうだろうさ」
サッちゃんがこんなに無防備なところを他人にさらすなんてのは、ちょっとばかり前なら、とても考えられなかった。彼女のムシ退治へののめり込みようときたら、目付きがすっかり据わってしまうくらいのものだったんだから。
彼女にいくらか人間らしい、あの頃のような顔を少しでも取り戻させてくれたことへの感謝を述べるなら、それはこの釜田くんと、愛梨ちゃんにだろう。今さらながらに、彼女への感謝と、締め付けられるような罪悪感は絶えない。
それでいいと、今は思う。俺は、彼女を忘れてしまいたくない。
とにかく釜田くんには、重々お願いしておかなければならないこともあっての今日の会合であるので、
「サッちゃんをね、よろしく頼んだよ。釜田くん」
「そりゃもちろん。言われるまでもねえ」
いささかガラは悪いが、この際欲はかくまい。それにこうして顔を突き合わせてみれば、彼は人相ほどには不躾でもないらしい。
本当にありがたく、頼もしくて、俺の目はまた潤みかける。気を使ったのか、釜田くんは即座にコップを満たしてくれる……サッちゃんには無いそうした気配りが、要するにこれも適材適所というやつかと俺を納得させた。
「……ふぁゃあ……」
「ああ、まったく。酔うとこれだ」
そうぼやくように漏らしつつも、さりげなくサッちゃんの肩へとかけられた釜田くんの上着を見て、そろそろ引退か。と俺はぼんやり考えながら、何ともいい気分でビールをあおった。
92.
佐和子さんに抱っこされながらタキちゃんからの電話に出るっていうのは、何故だかとても緊張する……だってこうやって遊びに来るたびに、全然離してくれないんだ、佐和子さん。
「ごめんねー急に電話しちゃって。でも今日は出てくれたわね、ありがとね」
「えっとうん、まぁ。久しぶり。テレビ見てるよ」
それでも居留守を決め込まなかったのは、思えば彼女には、ずいぶんとひどいことを言ったような気がしたから。一方的にボクの都合を押し付けて、話も聞かずに、別れよう……だなんて。
でもこうやってまた話をしてみれば、ボクらの間には意外とわだかまりみたいなものは無くて、付き合ってた時と変わらないみたいで、それがボクにはすごく嬉しかった。
ボクの背中には相変わらず佐和子さんのおっぱいの感触があって、テレビを眺めながらずっとボクの首へ両手を回して幸せそうな顔をしてるのが、ボクの声を震わせてやしないかと少し冷や冷やしたけど。
「それで……どうしたの? タキちゃ、黒滝さん」
「んもう、タキちゃんで良いってば! えっとね? その……ね」
いつも快活なタキちゃんが、電話の向こうで少し言いよどんだ。何だろう。何か、相談ごとかな。あのチーズバーガーの何の変哲も無い味が、急に懐かしい。
ボクなんかが、タキちゃんの力になれるとは思えないけど。それでもボクは、
「何か……悩み? とか? ボクに出来ることなら……」
「あ、ううん! えっとね、そのね、ただね」
タキちゃんが弱々しい声で言った言葉の意味が、その時のボクには、良く分からなかった。
「お願い、佐久間……何も聞かないで、ただ私に、言って。『頑張れ』、って言って。お願い。それだけでいいから。それで私、きっと上手くやれるから……」
タキちゃんらしくない。あんまりこういうのは、タキちゃんらしくない。でもそうじゃなかったんだって、本当に情けないけど、ボクはその時、初めて気が付いたんだ。
タキちゃんにだって怖いものがあるんだって、そんな当たり前すぎることに。本当に、今さらながらに。ボクは。
「……タキちゃん。頑張って」
タキちゃんの力になりたいって、とても強く思った。まだボクは、彼女を好きなんだろうか? 分からないけど、とにかく、
「頑張って。応援してる。ボクはいつでも、タキちゃんを応援してるから。見てるからさ。だから、頑張ってよ」
「うん……うん」
ちょっとだけ涙声で、ありがと。と短く言って、鼻をすする音と一緒に電話は切れた。
きっとタキちゃんは、上手くやるはずだ。何をやるのかは分からないけど、それだけは、ボクにだって分かるんだ。
「何だ、女か? スミに置けねえってやつだな、陽、取り皿な。頼まァ」
「あ、えと、はい」
釜田さんがごとんとテーブルに置いた大皿の中に山盛りのからあげを見て、佐和子さんがふゃあっとヘンな声を上げてボクの首を絞めた。
電話の後だったことに、ボクは何故だかほっとした……別にやましいこと、してるわけじゃないんだけど。
93.
揃ってみれば、奇妙なメンツにゃ違いないが。まぁ、いつかは顔会わせることになるんだしな。
じろりと睨んだおばちゃんに、陽のやつはいつもにもましてビクビクしてるが、おれにはおばちゃんが楽しくて仕方ないのを必死こいて押さえ込んでるってのが、すぐに分かった。
「あの人がさァ、あなたにはおジイちゃんってことになるの? アイツがさァ、あたしのこと放り出した後にどこの誰を何人孕ませようとさァ、あたしには知ったことじゃないんだけどね? それでもおばちゃんにもね、多少なり思うところってやつがあるわけなのよ。ね、陽くん、お分かり?」
「あの、えと……すいません」
なんておばちゃん、陽に冷や汗かかせるもんだから、すかさずみつまさんが眉を吊り上げて、
「おぁあしゃん! ようくゅん、いぃぇらいぇぉ!」
すっかりお気に入りなのだ、この中坊が。
おれとみつまさん。おばちゃん。陽。見れば見るほど奇妙だが、みつまさんにとってはそりゃあもう、感慨深い食事会だろう。
たいそう女にだらしが無かったらしいおばちゃんの昔の男、つまりみつまさんの親父だが、そいつの孫に当たる陽をこの場に呼ぶにあたっては、おれとみつまさんの間でも話し合いが繰り返されてきた。とはいえ彼女の意思は固くて、ずっと以前からそうしたがってたのは知ってたから、結局強くは反対しなかった。
「分かる? 陽くん、あなたのご両親とうちのサッちゃんが親しくしてたのは知ってたけどね、あたしはそりゃあ複雑なキモチでそれを眺めてたわけで……」
「おばちゃん。今日な、ちょいと報告がな」
不機嫌を装って陽をおちょくるおばちゃんを遮って、言ってやる。
「金は溜まった、土地も押さえた。家も遠からず建つだろ、そうしたらよ、おばちゃん。一緒に住もうや。陽も一緒によ」
みつまさんが、ずっと夢見てたことだ。
陽のやつもみつまさんに懐いちゃいるし、寮暮らしも気が滅入るってんで、そう悩まずに了承した。
おばちゃんがどう言うかはイマイチ未知数だったが、聞くなりおばちゃん、打って変わってにんまり笑って、
「昔はさらりと、水に流しましょっか! おバアちゃんって呼んでもいいわよ、よろしくね、陽くん?」
「……はい!」
そう心配することも無かったらしい。
「あの、それで、理一さん?」
「あァん?」
「今日、もうひとつあるんですよね? 報告」
未だにおれにはビクつきがちな陽だが、心配ごとが晴れたからか、この時ばかりはニヤリとして言ったもんだ。途端、いくらか緊張して背筋を正したみつまさんに、おれはひとつうなずきながら、
「あー、おう。そうだな。そろそろな、結婚すンわ」
当然、予想はしてただろう。今までに見た中でもとびっきりの笑顔を浮かべて、おばちゃんは、おめでとう。と言った。
どうにも、むず痒い感じだが。そうだな。みつまさんと二人でどうにかこうにか、ここまでこぎつけた甲斐はあったさ。
94.
色々なことに頭がいっぱいで、自分のことだけで手いっぱいで、私はちっとも、気が付いていなかったんです。
「みつまさん、そっちヨロシクッス!!」
「ん!」
瀬古くんと並んで駆けていく、みつまさん。私はライフルを構えて狙いをつけながら、けれど彼女の背中から目を離すことができません。
もちろん研修時代には、良くお話を聞いてはいたんです。みつまさんという人が、どれだけすごい先輩なのかということを。
「むぅしゃん、ひぉうあた! よぉしぅね!」
「……っ、はい!」
飛行型の翼を撃ち抜いて、コンクリートの上へ失墜させて……私にも、そのくらいのことはできるようになってきました。そこへみつまさんが、モーターレンチを叩き付けて。飛び掛ってきた別の一体にも一撃を加えて。あっという間に処理してしまってから、動きを淀ませることもなく、次の一体をレンチで捕まえて。
アンテナ・タイプを少し複雑そうなお顔で見つめてから、みつまさんはエンジンを回して、ぎゃららららッて、ウォームハンドルがけたたましい金属音を立てながら回転して、潰しました。
すごい。みつまさんは、すッごい!
目の前のお仕事に必死で、私はちっとも見えていなかったんです。こんなにもすごい人が、こんなにも側にいたことに。
「ムッちゃんバッチリナイス、ラスト行くッスよーーーッパンチャー! オラァ!!」
「こぇれー……おぁりっ!」
最後の飛行型を落としたら、瀬古くんとみつまさんが一緒に駆け込んで、仕留めて。今日のお仕事も、つつがなく終了することができました。でもきっと、いくら瀬古くんがすごくても、私とふたりだけじゃ、こんなに鮮やかな手際にならないと思います。
みつまさん。彼女を見ていたら、私は何だか、少しずつ私の身体にも染み付いてきたこの臭いがちょっぴり、誇らしいような。そんな気すらしてきます。
私はこの臭いが、誇らしい。そんな風に思えてくるんです。
「……っふへ! おっかれしゃま、むぅしゃん、せぉくゅん!」
にっこり笑ったみつまさん。彼女はもうすぐ、引退してしまうんだそうです。
もっとたくさんのことを、彼女から学んでおきたかったと、今さらながらに後悔していますけど……それ以上に。
「あの。みつまさん?」
「ぅん? ろぅしぁぉ、むぅしゃん?」
「お幸せに」
真っ赤に頬を染めた可愛らしい照れ顔に、私は……私も、彼女のようになりたい。そんな風に思ったんです。
95.
ああ。来ちゃった。本番来ちゃった。私、ちゃんとやれるかしら。緊張しちゃう。
勝手にこんなことして、こんなことになっちゃって、事務所のみんな、怒ってるかなぁ。怒ってるだろうなぁ。後ですっごい、怒られるんだろうなぁ。
でも、言ってくれたもんね。『頑張れ』って、言ってくれたもん。それだけで私、頑張れる。ちゃんとやれるはず。
おっきなモニターの前で、教授が準備バンタン、合図して。さあ、歌い出し……曲はもちろん、メトロアスカ。ほら、私も、あんたも、一番お気になヤツ。いっちばん出来のいいヤツよ。
せっかくだもん、私、思いっきり歌っちゃう! ちゃーんと、聞いてなさいよね!
「……えーそれで、TAKIちゃん歌い始めましたけども。教授、順に解説していただけますか? まず、このモニターに映っているこれ、この映像は?」
「うむ。これはですな、彼女が今彼から、ああ彼というのは便宜上の呼び方ということでご了承いただきたいんだがね、タキちゃんが彼から受け取っておる信号を、波形としてリアルタイムに表示しておるわけでね」
教授ってば頭いいけど、ヘンジンだし、話ベタだからなぁ。ちゃんと伝わるかなぁ。
っと、集中集中。私はやっぱり、歌だけだもん。それしか無いもん。
「教授、その、彼……というのは? 誰のことを仰っているんでしょうか?」
「言わずもがな、君らがクラゲムシと呼ぶ、彼のことだとも。彼というのは便宜上の呼び方であって、ひょっとしたら彼女であるかも分からんのだがね、そこはご了承いただきたいわけでね」
「あの、どういうことでしょうか? ムシに、ええと。知能、のようなものがあると? そういうお話をされているんでしょうか?」
「うむ。いいかね、君……」
モニターの中で、花が咲いた。私が歌うたび、ほら、あんたが答えるたび。ぱっ、ぱ! っていろんな色の光が弾けて、まるで咲いてるみたい。
私の歌が、咲かせてるみたい!
「彼をだね、ムシたち、と呼ぶのは正しい表現では無いのだよ。彼はその全てを含めて、たったひとつの生命なのだから。彼は地の底に生まれ、長い時を生きていく中で進化し、その過程においてある決定的な分岐点を迎えた……不意の死や滅亡に対する、明確な防御機構を獲得したのだ。彼は自身を分裂させ無数に細分化し、それらが電磁波を介して相互にやりとりしながらある種の神経ネットワークを確立し、繋がり合うことで、ひとつの自己を形成した。独立した個体として見えるムシたちはそのひとつひとつ全てが彼の肉体であり、脳でもあるのだ。そのような形質を得ることで、彼は滅びのリスクを最小限に抑えることに成功した。仮に不測の事態で彼を構成している要素の何割かが失われたとしても、分裂を繰り返すことで再び生命活動を継続していくことができるのだ。と、いうわけでね」
96.
司会者が、ボクがずっと気になっていたことを尋ねた。
テレビの中で歌うタキちゃんは、何故だかずっと似合わないグラサンをかけている。
「ところで、あの。TAKIちゃんのあのサングラスには、どういった意味が……? 教授の仰るお話との、関連性が?」
「ああ……うむ。ああ、そうだな、うむ。まずその、驚かんでもらいたいのだがね。私もまさか、彼女が彼と正しく接続することで、そんなことになるとは思ってもみんかったわけでだね」
教授、とかいうおじいちゃんの合図で、タキちゃんがサングラスを外すなり。相変わらずボクを抱っこしたままテレビを見ていた佐和子さんの腕が、ぎゅっとボクを締めた。
でも、その苦しさが気にならなかったくらいには、ボクもきっと、ショックを受けていた。
七色だ。光ってる。
タキちゃんの瞳の……虹彩、とか言うんだっけ。その部分が、虹みたいにきらきらと光っていた。
「彼が言わば、自我……厳密に述べるならばいささか意味を違えるわけだがね、それに類するものを獲得するに至ったのは、今から十四年前。彼が初めて地上へと這い出し姿を現した、そうあの時からなのだ。地表にあふれる光へと自身の一部をさらし、重力という楔から解放された時、彼の肉体はあまりにも急激に膨張して体積を増し、比例してネットワークが有する情報処理能力、つまり脳に当たる機能の働きもまた飛躍的な高まりを見せた。彼は思考を始め……そして出会ったのだ、我々に。彼は初めて、自己と隔たれた他者という概念の存在を知ったのだ」
理一さんも何だか真剣な顔をして、画面の中で熱弁を振るうおじいさんを見つめてる。
ボクは、ぴくりとも動けない。
「だが彼は知性を獲得したと同時に、多分に動物的な性質をも備えていた。彼は自身に課せられた本能という枷の存在もまた知ることとなったのだ。初めて目にした人間を、彼は湧き上がる食欲に従い捕食することに、抗えなかった……芽生えたばかりの、赤子のように初々しい自我が、そうとは望まぬままに」
思わず、身体が揺れた。
お父さんとお母さんの話をしているんだと気付いて、背中が痺れるような、冷たい何かが這い上がってくるような、そんな感じがして。ボクは。
「我々人間が、電磁波を情報として処理する器官を持たない生物だとは、彼には思いもよらなかったろう。彼は我々に訴え続けた……そんなことをするつもりは無いのだと。初めて出会った知的な隣人に、ただ、近づいてみたかっただけなのだと」
ぱっ、ぱ、とモニターへ、花が咲いている。タキちゃんが歌うたびに、ぱっ、ぱ。まるで、彼女が咲かせているみたいだ。
「そうした意思や意図を代弁してくれる人間を、周波数の合う人間を、彼女という人間を見出すまで、彼はずっと探してきたのだ。十四年という歳月をかけて。あたかもラジオのチャンネルを、かちり、かちりと少しずつ変えていくように。ダイヤルを回すようにして、探りながら」
歌い終えると、モニターへ花のように咲いていた波形が止まって、初めてタキちゃんが、こちらへ向かって口を開いた。ボクはそれを、ただ、何も考えられずに見つめていた。
「……えっと。あいつ、彼の言葉って、言葉というにはすごく曖昧で。そうなんだ、そうじゃない、そうしたいっていうイメージだけが、何となくぼんやり伝わってくるだけで。私も、はっきりと表現できるわけじゃないんですけど……ただ彼には、敵意は無いんです。それだけは確かです。ひとつだけ……はっきりくっきりした感情が、私にずっと繰り返し、何度も伝わってくるんです」
きらきらと、小さな粒子のような光を瞬かせるタキちゃんの七色の瞳が、輝きを増したような気がした。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……って」
97.
すぐに何かが変わるわけじゃない。何もかもが奇跡のように好転するわけじゃない、世界っていうのは大様にして、そういうものだ。
仮に教授やあの何とかいう歌手が言うように、ムシにも知能や人のような意思、思うところがあるんだとしても、結局のところ本能には逆らえない。ムシはこれからも地上へ這い出してきて、人を捕食するだろう。その中で、例えば愛梨ちゃんのような死に方をする処理業者が、恐らくはいくらか減っていくだろうことは、確かに俺にとっての救いではあったが。
サッちゃんはずっと、後悔してきた。あの時、ムシが最初のチャンネルをサッちゃんへと合わせた時に、自分が応えていたならと。そうすれば、いくらか人は死なずに済んだかもしれないと。愛梨ちゃんは死なずに済んだかもしれないと。あの子の背負った罪悪感を、俺は到底計り知れない。
そのサッちゃんが、引退する、と言った。一生逃れられないとすら思えたこの仕事を離れて、引退すると。貴重な青春時代をムシを痛めつけることに費やしてきたサッちゃんが、これからはお母さんと陽くんと、二人が胸焼けするくらいに理一くんとイチャイチャしながら、たくさん子供を生んで、新しい家で死ぬほど楽しく暮らしてやるんだ、と。
彼女はそう、笑いながら……俺に言ったのだ。あの、サッちゃんが……!
つまりは、そう。ここらが落としどころ。そういうことなのだろう。俺も、敦則さんや月子さんの仇討ちという名の自己満足にケリを着けて、真っ当に生きるべきなんだろう。いくらかは、そう、人間らしく。
「……お疲れさまでした。石村さん……みつまさん。お元気で」
矢田くんがスタッフみんなを引き連れて、俺たちを見送ってくれた。千葉さんも、宮村さんも。瀬古くんが神妙な顔をしてるのは、何だか笑えてしまうな。彼はたいそうサッちゃんに懐いていた。
小田切さんは、まだもう少しだけ彼らに付き合うと言ってくれた。確かに若い連中ばかり、活気はあるが危なっかしい。ベテランの彼にそうしてもらえるのはありがたい、本当に。後ろ髪を引かれるようなこの気分を、少しは和らげてくれる。
サッちゃんに最後の挨拶を、と促したら、あのジトジトした目をまた潤ませて、
「……みんぁ……みんぁ、あぃぁと! おっかれしゃまぇしゅぁ!」
彼女と一緒に頭を下げて、歩き出したなら、さあ引退だ。今のところ、自由というものには突き放されたような不安しか感じないが、さて。
これから、どう生きてやろうかな?
98.
心機、一ッ転!
石村さんやみつまさんが引退されてしまって、少し寂しくはありますけど。矢田さんも少しだけ、寂しそうなお顔をされていましたけど。でも私は今、とっても胸がいっぱいです。
石村さんの後を引き継がれた矢田さんが、今日も私をお仕事へ送り出してくれます、あ、ついでに瀬古くんも。
「そんじゃ行ってくるッスよーーーちばっち!! そんでもってちばっちが応援してくれたら、オレっち気合入りまくりなんッスけど! メチャ気合入るんッスけど!」
「はいはいはい、気をつけて行ってらっしゃいね、瀬古くん。怪我しちゃだめよぉ?」
「ウォッシャーーーッス!!」
彼を見るちひろちゃんの目が、何だか最近変わってきたような気がするのは、優しくなってきた気がするのはちょっと、複雑ですけど。ちひろちゃん、いいんですか、それで?
でも、私も……人のことは言えないかも。
「さて、今日もお仕事頑張って……椋鳥ちゃん、どうかした? 僕の顔、何かついてる?」
「……いいえ。ふふっ、何も。見てただけですよ」
「そう?」
矢田さんの胸ポケットには、私が剣持先生から受け取った、あの写真が入っているはずです。時折、矢田さんはそれを取り出しては、懐かしそうなお顔をしています。辛そうなお顔も……でも私、もう、気になりません。
やっぱり、矢田さんを見ていると、どきッてします。同じくらい、胸がぎゅうっとします。それは変えられないみたいです、どうしても。でも、気にしません。
矢田さんがまだ、高尾さんを好きだとしても……だって高尾さんは、とっても素敵な人だったはず。お会いしたことは無くても、分かるんです。だから矢田さんに、忘れて欲しくないんです。ずっと覚えていてあげて欲しいんです。そして、時間がかかっても、いつか、私のほうを向いてくれたなら……。
あ、それに、あまり思い煩ってもいられないんです。人が減ってしまったので、来週にはもう、新しい方がいらっしゃるそうですから。剣持先生が太鼓判を押す方々ですもの、後輩だからってうかうかしていたら、すぐに追い抜かれちゃう。
好きな人も。お仕事だって。私、負ッけませんから!
「それじゃ、矢田さん、ちひろちゃん。行ってきま」
「行ってきまーーーッス、気合入れるッスよームッちゃん! ウォーーーッス!!」
「……ウルサイですよ瀬古くん、私のセリフ、取らないでください……!」
まったく、もう。いつだって、瀬古くんは、もう。頼りになるんですから。
私がもう少し、上手くお仕事をこなせるようになったら……瀬古くんと同じくらいになれたら。もう少し私の身体に、あの臭いが染み付いてきたら。その時は、みつまさんの新しいお家へ、遊びに行きたいと思っています。成長した自分を、見ていただきたいんです。
その時まで……今はとにかく、目の前のお仕事を。クソ度胸で。全ッ力で!
99.
陽のやつが言った。いつまで自分の彼女、そんな風に呼んでるんですか?
あの野郎、自分のことは棚に上げて、良く口が回るモンだ。マセガキめ。
「……あー。さ……さ…………佐和子?」
「ん♪」
みつま……あー。佐和子がおれの腕を抱いてぺたりと寄り添って、おれを支える。杖突いて歩くのには未だに慣れないが、これからはそう苦労することも無いだろう。彼女はどこへ行くのだって、付き合ってくれるだろう。
なんとも目に優しい緑の芝生の上を、ゆっくりと歩く。金剛台区に流れているのっぺりとした静かな空気には、十四年も前から感じることの無かった、ひどく懐かしい、あの穏やかさが満ちている。昔は誰もが、こんなのは退屈に過ぎるとうんざりしてたってのに。人間ってのは現金な生き物なのだ。
見上げりゃ小高い丘の上、真っ白な一軒家。三階建て、日当たり申し分ナシ。おれにゃどうにもまぶしすぎるが、みつまさんが望んだ夢だ。胸焼けしようが付き合ってやるさ。
それに、賑やかなのも悪かない。門扉の前で笑いながら手を振ってる、おばちゃん。陽。タキちゃん。
……ヨリ戻したとは聞いてたが、どうにも、テレビで見る有名人が自分チにいて出迎えてくれるってな、妙な気分だ。
「おかえりなさーい。ゆかりちゃん、理一さんに佐和子さんだよ」
「はっじめましてー、TAKIでーす!」
「ふゃ……ッ!」
みつま、じゃない。佐和子が目ぇきらッきらさせて、差し出された手をぎゅうと握った。
タキちゃんの目はあの日テレビで見たように、今も七色だ。光ってる。彼女がジジイと組んでやらかしたあの放送は、方々で相当に物議をかもしたそうだが、どうにか彼女、歌を諦めずには済んだらしい。陽からそう聞いて、おれは心底ほっとした……佐和子は実にファンの鑑ってやつで、タキちゃん引退なんてニュースを聞いたなら、途端にジトジト目を潤ませて陰気な顔が一週間は続くに決まってるのだ。
ゆるい風が吹いて、通り抜けていった。緑の芝生がさわさわ揺れて、ぎらぎらまぶしい太陽に、白い家が輝いて見える。佐和子のどうにも少女趣味な夢をそのまま形にしたような、絵に描いたような、幸せなマイホームってやつだ。
そんなのを、おれはどうにも、むずがゆい気がしていたが。
「……り~い~ち~、くゅん♪」
佐和子が背伸びをして、陽やタキちゃんがさっと顔を赤らめたのも、
「あーらあら。あらあらあら。サッちゃんったらもう、大胆なんだから」
にまにましているおばちゃんの目もはばからずおれの首根っこにしがみつき、キスをした。濃密で愛おしい臭いが、おれの鼻腔を占めていく。
「……しゅき」
「おう」
こんなのも、そう。悪かないさ。
0.
……ざざざ。ざざ。ざざざ。
「……ッピバースデートゥーユー、ハッピバースデー、ディア、さーわこー!」
「ふゃは……!」
「ハッピバースデー、トゥーユー……そーら、消せ! 吹き消せ、佐和子!」
「うんっ! すうう……っぷうううーーー!!」
「誕生日おめでとう、佐和子ー!」
「おめでとう、サッちゃん」
「ありがとー! お母さんにもお祝いしてもらったから、二回目だけどね」
「ははは、二回目か、そりゃめでたいなァ! あれ、そんでいくつになったんだっけ、お前?」
「13歳だよぉ。もーっ、お兄ちゃん、酔ってるね?」
「ふわははは、まだまだ! まだ酔ってねーって、ははは、そーかァ佐和子も13かァ。なあおい、石村ァ! 佐和子のめでたい日だぞ、撮ってるかァ!?」
「撮ってますって、顔真っ赤ですよ、大丈夫スか? 敦則さん」
「大丈夫大丈夫、大丈夫だってェ……」
「ああもう、だらしないんだから。ごめんねー石村くん、カメラ任せちゃって」
「あ、や。いいスよ、月子さん」
「まーったく、自分で撮るって言い出したのに、部下に放り投げちゃってこの人は。陽とおんなじくらい、手がかかるんだから。ね?」
「はは……陽くんは?」
「寝たとこ、ばっちりぐっすり。ふふふ、ようやく育児のコツってのが分かってきたわよ、今ならどんな大物にも育て上げられる自信があるわ!」
「そりゃまた。将来有望スね、あの子は」
「石村さーん、はい、ケーキ。あーん」
「お、悪いねサッちゃん。あー、ん……うん、美味い」
「でしょー! ふぇへへー、お姉ちゃんの手作りなんだよー。ねーお姉ちゃん」
「えっへん! サッちゃんのためにウデを振るってみました」
「そりゃ美味いわけだ……」
「……んぇ、んあぁ……んあぁ、んああぁ……」
「ありゃ、もう起きちゃったかしら?」
「おー月子、見てこいよー。おれは佐和子とさ、イチャイチャしてっからさー。なー佐和子!」
「お兄ちゃん、お酒くさいー」
「はーいはいはい。ふふ……しばらくよろしくね、石村くん。いつもありがと」
「ご用向きは何なりと。お安い御用ですよ」
「君ってば頼りになるんだから、まったくもう!」
ぶつん。ざざ。ざざざ。
ざざざ……ざ、ざ。
「ああ……くそ。すっかり酔いが覚めちまった。みんな、大丈夫か? 佐和子、怪我してねえか?」
「う、うん、だいじょぶ……」
「すげえ揺れだったスね……こっちは大丈夫ですよ、ああ、家具類は全滅ですけど」
「ンなのはいいよ、それより……」
「……ッひ、いいいあああァ!」
「え、あ、お姉ちゃん!?」
「月子!? くそ……!」
「ま、待ってぇ、お兄ちゃん!」
「サッちゃん、足元気をつけて、ガラス散ってる。しかし、妙な地震だった……」
「あ、あ、あ……ああ、あああ」
「…………何、だ? 何だ、こりゃ? 何だこいつら、おい?」
「でっ、かい……ムシ? クラゲ……?」
「七色だ。光ってる……おい月子、ゆっくりな。ゆっくり、刺激しないように、こっちに……」
「あ、や、ああああああ!!」
「!! あ、うああ……この、おい、ムシが! やめ……やめろっ、ぁあああァ!!」
「あああぎ、ヒ……い、痛い。痛い!! ああああ! 痛い、痛いィィィァァァ!!」
「月子、離せ、このムシ野郎……」
「敦則さんもう一匹! すぐ後ろに……!」
「はな……つき、ムシ、あ……うぇあ、が、ひュ」
「やああああ!! お兄ちゃん食べないでぇ!! お姉ちゃん食べないでぇ、ああああ!! やああああああ!!」
「あ……っ、くそ、ああ、あああ! くそ、サッちゃん、下がれ! 下がれ!!」
「……ご、ぇ……し、むら、く……」
「ああ、くそ、ああ!! 月子さん、ああ……あああ!!」
「を………………陽を。陽をお願い。石村く、ェがゅ」
「やああああ!! やああああ!! やああ、お兄ちゃん!! お姉ちゃん、ああああああ!!」
「ッ!! ああ、くそ、ああ……ああ!! ……よ、よし、おいで、陽くん。良い子だ。よし、ああ、くそ、良い子だ……よし」
「あああお姉ちゃん、やああああ!! お兄ちゃん食べたらやあああ、あああああ、ああああああ!!」
「サッちゃん、来るんだ! 逃げるんだ、ああ、くそ!! くそ、月子さん……ああ!! 逃げるんだ!!」
ぶ、つん。ざざざ。
ざ。ざざざ。
「……はあ……はあ……はあ……ああ、くそ……はあ、くそ、何で……くそ、くそ。敦則さん……月子さん……くそ」
「あああ、ああああ。あああ」
「サッちゃん、はあ、くそ。ああ……サッちゃん、少し黙ってくれ。あれに気付かれる。追いつかれる。食われる……食われちまう、ああ、月子さん……」
「ああ、あああ ああああ あああ」
「くそ……くそ、くそ。何なんだ……何なんだ。ああ、あれは、何で……くそ……月…………ウ……」
「あ、あ、あ、あ あああああ あああ ああああああ」
「……サッちゃん、頼むから少し、気持ちは分かる、けどな、少し……くそ、ああ、くそ! 少し黙っていてくれ! 口を閉じててくれ、頼むから……!」
「…………んぁ、んあぁぁ。んあぁ! んあぁ!」
「ああ、ダメだ陽、泣くな、ああ……ちくしょう、くそ、ちくしょう。泣き止め、頼むから……」
「んあぁ! んあぁ! んあぁ! んあぁ!」
「くそ、ぉ……何だってんだ……ああ、あれは、くそ……ああああ」
「んあぁ! んあぁ……んあぁ…………んあぁ………………」
ざざ。ざざざざ。
「くそ…………くそ………………くそ…………………………そ……」
「……………………誰? 呼んでる?」
ざざ、ぶづ、ん。
「…………どのくらい、落ちたのかな。地球って、こんなに深いんだ……土と石……空洞……溶岩……宝石の森……また土と石……全部ぜんぶ通り抜けて……あたし、落ちてく。落ちて……………………落ちて……………………落ちて……………………止まった? 真っ白で……何かが、どろどろに溶けてて……ぐるぐる、回ってて……流れがあって……」
「……………………pipi …………pi」
「ところどころ……七色だ。光ってる」
「……pi pi u……pipi」
「……そっか。パッて、分かった。今分かった。あんたが……あたし、呼んだんだね? 連れてきたのね?」
「pipi upipi pipi……upi pipipi」
「……だれ? 誰って、聞いてるの? あたしのこと?」
「pi……upi pi」
「あたし、さわこ。みつまさわこ。でもクラスのみんなは、みつまさん、って呼んでるよ」
「……pi pipi upipi! upipipi upi!」
「……仲良く? 仲良く、なりたいの? あたしと? 友だちになりたいの?」
「pipi upipi!」
「そうなんだ。初めて地面の上に出たんだね。初めて会ったんだね。あたしたちみたいな人間に。だから、仲良くなりたいんだね」
「pi pi! upipi pi!」
「…………なれるわけ、ないじゃん」
「……u pi?」
「あんた、お兄ちゃん食べたのに。お姉ちゃん食べちゃったのに。仲良くなれるわけ、ないじゃん」
「upi……pi……」
「大好きだったのに。あんなにバラバラにして、くちゃくちゃ噛んで、飲み込んじゃったのに。大好きだったのに。あんた、食べちゃったじゃん……仲良く? あたしと? バカじゃん。バカじゃないの、あんた?」
「………………」
「絶対、許さない。あんた、絶対、許さない。絶対に。大好きだったんだ。半分だけのお兄ちゃんだけど、大好きだったんだ。お姉ちゃんだって、優しくて、いいにおいがして、大好きだったんだ。陽くんだって。どうすんの? 陽くん、これからどうしたらいいの? お父さんとお母さん、あんたに食べられちゃって。ねえ、どうしたらいいの?」
「………………」
「何か、言えよ。あんたが食べたんだよ。あたしのお兄ちゃんとお姉ちゃん、陽くんのお父さんとお母さん、食べたんだよ。あんたが。何か言えよ。謝れよ。謝れ。謝れ、謝れよ、早く…………謝れよっ!!」
「………………pi…………u」
「…………? 何、って? 謝るって……何かって?」
「……pi upi pipi……」
「ああ…………ああ。そっか。そうなんだね。分かんないんだね。何にも……そうなんだ。そっか。今分かった。あんたって……」
「pipi……upi pi」
「生まれたばっかり。赤ちゃんと一緒なんだね。まだ、何も分かんないんだね……」
「upi……」
「そっか。ごめんね。脅かして。大きな声出して。怖がらせて。あんたのこと……許せないけど。絶対、許せないけど。でも……食べたくて、食べたわけじゃないんだね。本当は、食べたくなんてなかったんだね。しょうがなかったんだね……」
「pipi upi?」
「……謝れって、何かって? 謝り方、ってこと? どうしたらって……許してくれるか、って?」
「……upipi」
「………………ダメ。教えない。教えても分かんないよ、だってあんたのそれは、心じゃない。まだ何にも分かってない。赤ちゃんとおんなじだもん、陽くんとおんなじだもん。やり方教えたって、それは違うもん。あたしの教えた通りにしてるだけだもん。あたし、それじゃ許さない。許してあげない」
「……pi pi……upipi?」
「そうね……あんたが本当に、あたしと友だちになりたいなら。許して欲しいっていうんなら……」
「pi! pi upi!」
「勉強するの。人間のこと。あたしたちのこと。どうしたら喜んでくれるかな、どうしたら悲しませなくて良くなるかなって、考えるの。一生懸命。ずっとずっと、そうなんだ、そうだったんだって、ちゃんと分かるまで」
「upi……? pipi? upi pi……」
「…………うん。そうだね。分かってる。分かったんだ、あんた、自分じゃ止められないって。いきものの授業で習ったもん。動物には、本能っていうのがあるんだって。食べ物があったら、お腹が空いてたら、食べないでいられないんだって。あんたも、そうなんだね」
「………………pi」
「だから。あたしがあんたを、押さえててあげる」
「u pi?」
「あんたの身体、ぶん殴って。足を全部引き千切って、口を引っこ抜いて。ぐちゃぐちゃにしてでも。あたしがあんたを、押さえててあげる……ちょっとくらい痛いのは、ガマンしてよね? あんた、お兄ちゃんとお姉ちゃん、食べちゃったんだから」
「upipi pipi……」
「うん。そうだね。あんた、あたしのことも食べちゃうかもしれないね。でも大丈夫、だってあたし、あんたに食べられるなんて絶対にイヤだもん。お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいにバラバラにされて、くちゃくちゃ噛まれて食べられて、あんたのウンチになるなんて、そんなの絶対にイヤだもん。死んでも、あんたに食べられてなんてあげない。だから、その間に……」
「………………」
「あんたは一生懸命、勉強するの。勉強して、勉強して……ずっと勉強して。いつか、あたしの言ってる意味が分かったら……そんな時が来たら」
「………………」
「謝って。あたしに。あんたがこれから食べちゃう、たくさんの人たちに。その家族の人たちに。自分の意思で、ちゃんと心から、謝って。そうしたら……許してあげられる、かも、ね」
「………………u pi?」
「友だちには……うーん。考えとく。気が済むまであんたのことぶん殴って、千切ってぐちゃぐちゃにして、お兄ちゃんとお姉ちゃんのこと、ちょっとは気が済んだなら……もしかしたら。ね」
「pi pi upi!」
「期待はしないほうがいいよ、だってあたし、あんたのことなんて大っキライだもん。絶対許さないもん。だから……あんた、死ぬ気でやんなよね」
「upipi pi……upi」
「うん。そうだね、もう帰るよ。帰って……準備をしなくっちゃ」
「pipipi upi pipi upipi」
「うん。じゃあね」
「upipi pi!」
……ざざ。ざざざざざ。ざ。
「…………………………そ……………………くそ…………くそ……くそ……ああ、くそ……ちくしょう……月子さん……敦則さん……くそ」
「んあぁ。んあぁ、んあぁ、んあぁ……」
「………………」
「くそ、陽くん……これから、どうしたら……俺は、どうしたら……くそ、ああ……くそっ!」
「んあぁ……んあぁ……んあぁ……んあぁ……」
「………………」
「…………準備を、しなくっちゃ」
ざ、ぶつん。
<おわり>
みつまさん 墨谷幽 @yu_sumitani
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