答えは当人にしか分からない。受け手次第で嘘の色は変わる物だから。
「美しい……やっぱり、きれいだ」
「何を言っているんですか? まだどこか体、おかしいんですか?」
四神との戦闘後、俺は言葉通り仲間に拾われる形で帰還した。指一本動かすことができなかった俺は初め心臓さえ止まっていたという。生命活動に必要なところから徐々に動き出し、意識が戻ったのは大脳が動き出してからであった。しかし、小脳と海馬の働きが復活するまでは一言も言葉を話すことはなかったし、視界は四センチぐらいで白黒の世界。普通の病人になるまで一か月はかかった。黒の上塗り札一枚使用ならば半日ほどで大体の機能は戻るのだが、前例のない、数えることさえ億劫になるほどの枚数を使用したので体が不自由になっていた。
俺が偶然出会った一人の美しい美少女との物語は一度ここで終着となる。加賀山星視点で切り取れば出会いと仲間になるまでの序章ってところだろうか。ああ、そういえば仲間になる際の話をしてなかったな。大した話でもないが、最後に後日談として余韻に浸りながら聞いてくれ。
黒の上塗り札がもたらした影響は大きかった。それこそ一月以上どころではない。今後しばらくは能力の効力が続くだろう、とマザーは語った。
「全く突拍子もないことしてくれるわ、影……シャドウは。特別何かが変わったわけではないのに、影響は大きい。しばらくの間星さんに心配はないわね」
俺の能力は変化は起こさなかったが影響は及ぼした。まず、その場にいた四神を渦に巻き込んでそのまま四方へ退けた。無論これは物理的なものであり、一時しのぎでしかない。事態は何も変化していない。就活の上川の世界に対する干渉は成功し、その影響でドッペルゲンガー問題が解決。しかしその流れで本来救われるはずだった加賀山星は白の主将、前エクステリアの鹿島田光によって妨害され、失敗した。彼女を取り巻く現実での現実は変わらない。親からの暴力は未だ続いている……はずだった。
「マザー。シャドウが何をしたのか未だに良く分からないんだけど」
俺のベッドの周りにはミソノや星、マザーとかザキとかスタードとかいつものメンバーがいた。マザーはミソノの質問に優しく答える。
「この子はね、一度の能力で二回も嘘をついたの。あなた達は三隊に分かれて今回行動したわね。でも、その白との交戦中に蒼が襲撃してきた。シャドウ以外の二部隊は予想外の攻撃に壊滅だった。もちろん、当然ながらシャドウのところにもその火の手は及んだ。でもこの子は、自分が助かることは考えなかったの。いつもと同じことをしたのよ。あなた達を消すために燃える青い炎を黒い炎にこの子は変えた。黒の能力は私のテリトリーだから、すぐに炎を消すことができたわ。あなたたちを救うことができた。そしてもう一つの嘘。それが星さん。あなたが付いた嘘」
俺は結局誰も救うことができなかった。これは事実だ。三人のうち二人の人間の周囲を欺かせて環境を整えることには成功した。だが加賀山星の環境は結局何も変えられなかった。改めて理想は理想で、現実とは異なることを知った。
理想を追い求めれば追い求めるほど現実は疎かとなり、廃れていく。気が付けば自分自身はぼろぼろになり、もはや使い物にならない夢見がちなメルヘンがそこにいるだけだった。
だから俺は失敗した。加賀山星のことをどうにかしてやろうとすること自体が理想でしかなかったのだ。能力者クロウトができるのは世界を騙してあたかも個人や世界が変わったかのように見せかけることだけ。誰かが考え直してしまえば、現実が何も変わっていないことぐらいすぐに気が付く。見せかけの嘘ができることは理不尽や不条理を目の前から消去し、視界をクリアにすることだけ。だから、星の環境を変えてやろうと思いあがってしまったこの考えは理想でしかない。夢でも、希望でも、目標でもなく理想だ。俺がこのことに気づいた頃にはすでに白と全面対決をしていて、青に消されかけていた。どうしようもなくなった俺は、いつも通りのことを実行する以外、何もできなかったのである。
そう。現実を誤魔化し、見せかけの嘘をつくことだけ。俺が加賀山星に与えた嘘は、父親を拒絶するという嘘であった。
「星さんは両親を拒絶することなんて、たとえそれがどんなに酷いことをしたとしてもできなかったでしょう。あなたが今まで一人で抱え込んでいたのは、相手を、両親を悪者とできなかったからよ。星さんはホントにいい子よ。それは大切な人だもの。裏切られたとか、虐待されていることを認めることはできなかったのでしょう。それはこの子は、シャドウは勝手にお節介を焼いただけ。結果的には拒絶するという嘘をついただけでしたけどね」
俺はこれまで多くの嘘を見てきた。嘘と一口にいってもその色彩は豊かだ。例えば赤。赤い嘘は人を欺くための嘘だ。赤が得意とする魔法や手品の類は人を欺くことを目的とした嘘。嘘を信じ込ませているのだから、それは欺瞞だ。
白い嘘は人を安心させるための嘘で、目の前の障害を取り除き視界を真っ白に戻すことは絶望していた人間にとっては安堵できる嘘だ。たとえ嘘であっても改善されることは望みで喜び他ならない。一方、黒い嘘は人を陥れるための嘘。計画を企て、策略をもって相手に危害を加えることを目的とした嘘。詐欺師とか、自己保身に使う嘘は大体この色。日常生活でよく見る奴だ。
普遍的な嘘として金の嘘もある。金の嘘は人を喜ばせるための嘘。ほら、サプライズのために何かを秘密にし、それを守るための嘘は後に人を笑顔にする。誰かを守るために付いた嘘は守られた人が笑顔になる。そういう嘘だ。
それでは果たして、今回俺が切り札を全力使用することで付いたこの嘘はいったい何色なのだろうか。
答えは当人にしか分からない。受け手次第で嘘の色は変わる物だから。
「そう、です。シャドウさんが目覚める前に私は初めて父を拒絶しました。自分でも何をしたのか、正直分かりませんでした。シャドウさん。いえ、上野さん。なぜ私に嘘をつかせたのですか?」
星の質問はこのようなものだった。これに対し、俺は不自由な感覚で即答する。身体が戻らずとも、いつもの気障な言葉は減ることを知らない。
「現実を生きる人間に必要なのは現実と向き合うことだ。向き合うことは観察することだ。観察っていうのはただ見ることじゃなくて、何がどうなって何が起きているのかを認識すること。そのためなら俺は嘘で理不尽とか運命とかを騙してやる。それを許さない世界を欺いてやる。星の場合は、距離が近すぎるんだ。だから一定の距離をとることを強制した。でもこれは現実逃避であって何ら解決にはならない。もしも星がこの距離を気に入り、維持するのならばこの嘘をつき続けろ。そのうち真実に変わるから。でも、自分の納得する結果が欲しいのなら現実を観察しろ。向き合え。そして結果につながる結論を自分で出すんだ。俺が与えたのはその機会に過ぎないんだよ」
星の目は潤んでいた。ああ。せっかくの美少女が台無しだ。
「私は、私はこれからどうなるんですか」
「俺の能力をしばらく維持させる必要がある。だが、完全にこっちの世界の住人にすると元の現実世界では暮らせない。死んだことになるからな。よって星には俺の養子になってもらう」
これにはマザー以外の一同がどよめいて声を出した。
「養子?」
「そうだ。マザーの子供ではなく、俺の子供になるんだ。だから黒の能力を使うことはできない。一方で俺の能力の恩恵を受けることはできる。外からの子供だから、養子だ」
それぞれが俺の言葉を咀嚼し、やがて多様な表情で飲み込んだ。
「シャドウ。そろそろ休んだら? 少し疲れてるみたいよ」
どうやらマザーの言う通りで、また少し感覚がなくなり始めていた。調子に乗ると、いつもこうだ。
「あの、もう一つだけいいですか」
「なんだい?」
「私は不幸なのでしょうか」
俺は笑った。たぶん、声を出して笑った。ただ、頬の感覚がなかったのでどこまで笑顔だったかは判然としない。
「さあ、どうだろうね。俺が初めに気が付いた時は、どうにかしたいと感じた。ただ、不幸だとか可愛そうだ、と思ってないと思う。正直よくわからないな。無責任でごめん。あ、ちなみに、俺は死んで黒の人間になったことについて理不尽だと感じたことはあるが、不幸だと思ったことは一度もないよ」
俺の答えに星が、マザーが、他のメンバーがどのような反応を示したのかは想像に任せることにして、この辺りで一人の美しいと感じた美少女との話を締めることにする。続きは機会があればまた思い返しながら語ることにする。
了
Black is bad to her. 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます