最終話 SMOKER's ZERO.
西暦20XX年――清宗院邸の炎上から早三年。
日本初となった女性総理大臣『有賀モネ』の活躍により、世紀の悪法『禁煙法』は解除された。
今だ根強い嫌煙の風潮こそ残るものの、街にはいくつかの喫煙所が再建され、コンビニ限定ではあるが煙草の流通も復旧した。値段は1000円台から再開し、国民もそれで納得している。四年の時を跨ぎ、世の中に煙草が戻ってきたのだ。
(お待たせみんな。私、約束守れたわよ)
しかし結局、愛煙家である当の本人――有賀モネが、再び煙草を口にすることはかった。禁煙法撤廃の為に政界で奮闘した結果、勢いで総理大臣にまで昇りつめてしまったことにより、煙草を吸う時間など一切許されなくなったのだ。
(私にはもう、煙草なんて必要ない――かもね)
それでも本人は満足している。
総理大臣――幼い頃から夢見た自分に、なれたのだから。
※※※
「ふい~」
アイコは、都内の高級マンションのカーペットで、クーラーをガンガンに利かせながら、だらだらと寝そべっていた。
キンキンに冷えたアイスコーヒーを片手に、ぽちぽちとスマホをいじっている。
「あ、また売れた」
アイコはインターネットでサイトを作り、小物の販売を始めていた。
センス抜群の完全オリジナルブランド『
可愛い小物が揃っているので、売り上げは絶好調だ。
「あ、また売れた」
しかしその仕事内容は、制作も何もせずただ単に売り上げを確認するだけである。
なぜならば、彼女には優秀なパートナーが存在する。
「アイコさん。新作の‶にゃんにゃんネックレス〟が三秒で完売しました」
隣で忙しくパソコンを叩いていたのは、かつて清宗院邸に仕えていた秘書『羅木内ルチア』であった。
事件後、記憶を喪失していることに頭を悩ませたルチアは、探偵に依頼してアイコ――喪失後に最初に会話した人間――の居場所を突き止め、第二の人生としてアイコに就いていくことにしたのである。
「ありがとうルチアさん。おかげで今月の売り上げが100万円を突破したわ」
(あ~優秀だわ~)
「お役に立てて光栄です」
ルチアのマーケティング能力は群を抜いていた。
移り変わりやすい今時女子のトレンドを随時完全に把握し、バッグやアクセサリーなどあらゆるジャンルのアイテムを絶妙な価格設定で即座に市場へ送り出す。
顧客の評価は常にベリーキュート。沢山のリピーターがついている。
「では、次の制作に取り掛かります」
ルチアは巧みに針棒を操った。
ルチアは職人としても一流の腕を持っており、外科医のような手先の器用さで次々と高品質なアイテムを創出、時には奇抜なアイディアで新たなニーズを生み出すことも可能。ルチアの第二の人格は、まさにアクサセリーを売るために生まれてきたと言っても過言ではない。
「そういえばアイコさん。もうお煙草はお吸いになられないのですか?」
「ん~なんかもういいや。飽きちゃった」
時の流れを経て、アイコのトレンドも変わっていた。
アイコもまた、世の中に溢れる気分屋女子の一人なのだ。(28歳)
「買いにいくのがめんどくさい」
今は売り上げを確認するのが楽しくして仕方ない。
アイコの喫煙衝動は、世の移り変わりとともに消えて無くなった。
もしかすると、三年前の愉快な事件が、彼女を満足させているのかもしれない。
「アイスコーヒー、おかわり」
「かしこまりました」
※※※
「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ! オエエエエッ! ハックショオオオオイ!」
マルヴォも、都内で雑貨屋を始めていた。
ネットには疎いので、店を構えて店頭販売。店内には用途不明な謎の商品が並べられている。誰にも理解できない独特のセンスが店内に漂っている。そのほとんどが近所の道端で拾った蜘蛛やネズミの皮などから作ったものなので、材料費はゼロ円。
ゲテモノばかりを扱う店として雑貨マニアからブログでよくネタにされるが、売り上げはまったくよくない。
「今日も全然客こねぇな……」
当然の結果である。
店を畳むのも時間の問題だ。
出店の際に多額の借金を背負っているので、その環境は禁煙法時代よりもむしろ悪化している。
(どうやらオレには、犯罪者のほうが性に合っていたようだな……)
マルヴォは煙草をやめていた。
やめたというか、吸えない。
煙草の販売が復旧したはいいが、純粋に買う金がない。
(1000円台の代物なんて、今のオレには手が出せねぇ)
謎の値上がりが彼の喫煙衝動を押さえつけていた。
吸いたいイライラは、全て作品にぶつけている。
よって在庫だけは無駄にあるので、売り切れの心配はない。というか売れない。
(煙草が吸いたい……)
また
「おっ! いらっしゃいませ!」
せっかく戻れたまともな生活。
真人間には程遠いが、それでも本人は楽しんでいる。
好きなことをして、好きなように生きれる。それを咎める者がいない。
マルヴォは自由を手に入れたのだ。
「Life Is Beautiful!!」
その未来は、きっと明るいことだろう。
この先どう転んだとしても。
※※※
ガチャリ。
「よ、ようやく開いた……」
紫村は、鍵屋の自営を再開し、働きづめの毎日を送っていた。
開けた扉の数は、マンションや車など今日だけでも既に50件目だ。
鍵の世界は常に進化している――煙草を吸っている暇などない。
ようやくこれで本日最後の仕事となるが、実は自宅の扉である。
バタバタとした忙しさのあまりに、鍵をどこかへ失くしていたのだ。
「や、やっと中に入れる……」
もっと緩やかな生活を希望していたが、そうは問屋が卸さない。
だっていきなり二児の父親だ。
嫌煙家の妻のせいで、煙草を吸う場所などどこにもない。
煙草はなぜか値上がりしている……金銭的にもあり得ない。
仕方ないので禁煙外来を受診してみるも、雰囲気が合わずに通うのをやめた。
「ただいま……」
生活は苦しい。
趣味も奪われ、つまらない人生。
先行きも不安だ。
でも、幸せだった。
煙草よりも、好きなものに気付けたから。
結局三人は煙草をやめた。
しかしそれは、「いつでも吸える」という安心感が、彼らを留めているだけだ。
どうせ些細なキッカケでまた吸ってしまうだろう。
でもそれでいいのである。
繰り返し火を灯し、繰り返し煙を上げる。
人生はただの‶繰り返し〟。
煙草は、その歩みを励ますただのお伴でしかない。
「エリカ、たまご買って来たぜ!」
何をパートナーに選ぶかは、その人の自由だ。
『SMOKER's REVO.』End.
(『愛煙家たちの革命』完)
SMOKER's REVO. 神山イナ @inasaku
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