第42話 鎮火(Fallin' Fire , Sun Will Set)
東京都・霞が関。深夜2.5時。
雲間から覗いていた月が、再び顔を隠している。
三人の計画は成功に終わった。
邸宅は炎に包まれ、大量の黒煙を上げている。
抜け出した三人は、燃え上がるそれを見つめながら、庭で煙草を吸っていた。
勝利の一服――ついにその時を迎えていたのである。
※※※
「せっかく清宗院を倒せたのに、なんだか後味がわるいわ」
一口吸ったアイコが漏らした。
冷蔵庫から拝借した飲料水で口を直している。
「ああ、まるで煙草を吸ったあとみたいな感覚だな」
煙を吐いたマルヴォが言った。
その指には三本同時に挟んでいる。
勝利の一服のはずが、なんだか重苦しい。
「俺たちの真の敵は、あいつじゃなかったのかもしれない――」
舞い上げた紫煙を見つめ、紫村がぼそりと口にした。
「どういうことだ?」
神妙な顔でマルヴォが訊いた。
「どうもこもない」
紫村は、火の点いた煙草をぶら下げて見せた。
「俺たちが戦うべきは、最初からこいつそのものなんじゃないかっていう話さ」
その顔はにやけている。
つまりその発言は、紫村なりのジョークであった。
「ハッハッハ! そいつは強敵だな! 一生倒せる気がしねぇよ!」
爆笑するマルヴォ。
紫村のジョークに顔が緩んだ。
「フフ……あんたのおかげで美味しくなってきたわ。ありがとう」
笑みを溢すアイコ。
気を取り直して燻らせる。
(犯した罪に後悔するなんて、あたしたちらしくないわね)
「俺たちは目標を達成した。何はともあれ、今は喜ぶべきだと思うぜ」
にやつきながら紫村が言った。
「ああ、そうだな。これも二人のお陰だよ」
面と向かってマルヴォが告げる。
「本当に感謝している。改めて礼を言わせてくれ。本当にありが――」
「はいはい、そういうのいいから」
ばっさりと切り捨てるアイコ。
その顔はどこか嬉しそうだ。
「はい。携帯灰皿」
「たしかに、ぐずぐずしてるとトップニュースになっちまうな」
紫村は、アイコの携帯灰皿にそれを押し付けた。
人に火を点け、家も焼いた――でもポイ捨てはしない。
「あとはアジトに潜んで時が過ぎるのを待つだけだ」
マルヴォも火を消し、押し込んだ。
「表の仕事は有賀モネがうまくやってくれるだろう。オレたちは署名にサインでもしていればいい」
「ええ、そうね」
アイコも同様に火を消した。
なんだか名残惜しそうに、灰皿をポケットにしまう。
「これであたしたちの仕事は終わりね。色々あったけど、けっこう楽しかったわ」
「ああ、俺も楽しめたぜ」
シュッと消臭剤を撒く紫村。
これで道中は問題ない。アフターケアは完璧だ。
「よし、アジトへ帰るぞ! 撤退だ!」
マルヴォがパンと手を叩く。
「ああ!」
「ええ!」
二人が応じる。
一服を終えた三人は、出口へ向かって走り出した。
社会に歯向かう虎の目は、もうする必要もないだろう。
その表情は、流星のような輝きを放っている。
※※※
かくして、三人の長い一日が終わった。
曇天の空の向こうでは、また太陽が出番を持っている。
それが昇るころには、世の中に地割れのような速報が流れ出していることだろう。
しかしそれも、一時の衝撃に過ぎない。
地球が呼吸をやめない限り、日々は淡々と続いていく。
多くの人々にとっては、大した変化の無い日常が続いていく。
そんなふうに繰り返される日々の中、
《Last Episode Closed. & Time Flowing......》
(※次回で最終話になります)
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