第1話SNSって怖いよね


 「SasayA?」


 1日の授業から解放された生徒たちのにぎやかな声が教室に響く。

 襟野ののめは友達の天野すばるから聞きなれない言葉を言われ首をかしげる。

 結われていない長い髪が野の目の首の動きに合わせて靡いた。


 「そう、SasayA! いくらSNS使わないののでも名前くらい聞いたことあるでしょ?」


 すばるは小さい体をさらに小さくし、ののめの机の前にしゃがみ込んで向かい合う。

 SasayAの画面を見せながらののめと会話をする彼女は元気な小学生を彷彿させた。


 SasayAといえば今中高生の間でやっていない人の方が少ないのではと言われているほどの人気SNSである。

 もちろん、すばるも例外ではなかった。

 しかし、ののめはSNSをなんとなく怖いもであると認識していたためにこれまでSNSに触れたことがなかった。


 「えっと……ご、ごめん。知らない……」


 「あ、そうなんだ……ま、まあいいんだけどさ! 使ってみる気ない?」


 予想外の答えに出鼻を挫かれるすばる。

 それでも気を取り直しののめにSasayAを勧める。


 「え、えっと……やっぱりSNSって顔見えないから怖いし、あんまり友達とかできなさそうだし……個人情報とかだって特定されちゃうかもしれないんでしょ?」


 「あはは! そりゃ自分で公開しちゃっているバカみたいな人たちだけだよ〜。基本的には大丈夫だって! それにほら、ののが好きな小説のしn……」


 「え! 『しんたん』がどうしたの!?」


 やっといい反応をした。

 すばるは口角を上げて説明を始める。

 

 「しんたんのアニメ化情報とか、新しいグッズの情報とかだいたいSasayAで公開されてるんだよ。公式サイトにもSasayAのリンクあったでしょ?」

 

 しんたん、正式名称私立晨明中学校探求部。

 累計売上500万部を突破した大人気ライトノベルで来季にはアニメ化も決まっている。

 ののめはこの作品の人気が爆発する前からのファンで新刊が発売されるたびに発売日に買うほどであった。


 「あ、そう言えばすばるちゃんが今見せてくれたアイコン見たことあるかも……」


 「でしょ? その情報を早めに得るために始めてみたら? 始めてみたら案外しんたん好きなネットの友達もできて話がはずむかもよ」


 「それは誰とでもすぐ仲良くなれるすばるちゃんだからだよ〜……私は人見知りしちゃうタイプだし、メールとか文章書くのとか苦手だし……」


 「まあまあその練習も兼ねて、ね?」


 「う、うん、わかったよ。そこまで勧めてくれるならちょっとやってみようかな?」


 友達の勧めを断りきれなくなったののめはついに初めてのSNS、SasayAを始めてみることにした。

 しんたんの情報は今まで公式サイトや雑誌から得ていたののめは他の人より情報が遅いことを自覚していた。

 全て、というほどではないにしろ、グッズを集めていた彼女はSasayAからいち早く発信されるであろう最新情報を欲しいというのも本音だった。


 「うん! じゃあ一緒にアカウント作ってあげる!」


 「私よくわかんないから色々教えてね、すばるちゃん!」


 「うん、任せておいて!」


 早速すばるがののめからスマートフォンを受け取り説明を始めようとする。


 「やっぱりここにいたのね、すばる、ののめ」


 「あ、美音ちゃん」


 「やっほ〜みおっぺ。どうしたの?」


 ののめたちのクラスメートでクラス委員長の蟹本美音が立っていた。


 「どうしたの……? あなたたちがいつまでも部活に来ないから私が呼びに来てあげただけよ」


 「そうだったんだ、ごめんね、美音ちゃん」


 「本当にそうよ。まったく、私は放っておいて大丈夫だと言ったのに先輩がどうしてもっていうから……」


 「あはは、相変わらずみおっぺはツンデレですねぇ」


 すばるは立ち上がって美音の顔を上目遣いで覗き込む。


 「なっ……! そ、そんなんじゃないわよ! 仕方なく来てあげただけよ。勘違いしないで」


 一瞬顔を赤くするが、すぐに普段通りに戻る。

 いつもはクールな委員長でもやはり友達の前では年頃の女の子だった。

 

 「ところでなんの話をしていたの?」


 「ののにSasayAの紹介をしていたんだよっ!」


 「ああ、SasayAね。そういえばののめはSNSはあまりやらないんだったわね」


 思い出したように美音は呟く。


 「そうなの、ちょっと怖くて……そういう美音ちゃんは使っているの?」


 「私もやっているのはSasayAくらいよ。それですらあまり活用はできていないのだけれど」


 「へ〜みおっぺもやってたんだ! ちょっと意外かも。ののとは違う理由であんまりやりそうなイメージないから……」


 「私もちょっとそう思った。美音ちゃんってそういうの疎そうっていうか……」


 厳格なクラス委員長というイメージが強い二人にとって美音がSNSをやっているということ自体がかなり衝撃的なことだったらしい。

 その言葉を聞いて美音は右手を頭に乗せた。


 「あなたたちねぇ……なんだかみんなにそう言われて微妙なんだけど別に私が現代社会に馴染んでいないわけじゃないのよ? スマホもSNSも普通に使うわ」

 

 「いや、そのなんていうか別にそういう意味じゃないんだけど……美音ちゃんって普段しっかりしてるっていうか、ちょっと厳しそうっていうか。あんまりSNSを使って何かしているイメージがなくて……」


 「なるほど、そういうことだったのね。この性格はもともとだし何度か厳しそうとは言われたことあるからそう思われているのは自覚していたけれど、まさかそこまでいくとはね」

 

 自分の的外れな予想をののめに修正された美音は自分のイメージがかなり本来の自分とは違うことに驚いていた。


 「みおっぺみたいなタイプってあんまりSNS使っているイメージないよね〜ねね、後でフォローしてもいい?」


 「特に楽しい話をしているわけじゃないけれどね。それでいいのなら別に構わないわ」


 「フォロー?」


 聞きなれない言葉にののめは首を傾げる。


 「あーえっと……」


 「とりあえずその話は後にしてもらっていいかしら? 私も悪いのだけれどさすがに先輩たちが怒るわ」

 

 説明しようとするすばるを美音が止めた。

 そもそも美音がののめたちを呼びに来た理由をこの場にいる誰もが忘れていた。


 「そういえば美音ちゃんが来た理由って私たちを呼ぶことだったもんね。急いでいこっか」


 「きっと先輩たちも謝れば許してくれるよね」


 「だといいのだけれど……」


 「大丈夫だよ、先輩たち優しいし!」


 「そうね」


 いつも優しくて穏やかな先輩が怒るはずない、そう信じているののめとすばるに対し、そういう人ほど怒ると怖いと知っている美音は一抹の不安を抱えながら二人を急かして部室に走った。

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キミとつながって 月白弥音 @vermillionstars

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