最後ノ**


 世界は壊れた。静かに、確実に。

 命あるものが殺し合い、罪のないものが、心優しきものが、道徳という名の手錠をはめ、無様に死んで行く。

 組織の中で、反発する者も少なくなかった。戦隊の小娘共と馴れ合っていた者達が、結束し、事態の収拾を図った。

 滑稽だった。なにを今さら?何のために?世界にもう価値などない。

 つまらなかった。

 許せなかった。

 こんなにあっさりと、私の玩具モルモットが奪われていく。

 簡単すぎる。まるで出来レースだ。

 私は、私がしたいことをする。

 手のひらの上なんて、我慢できない。

 お前じゃない、世界は、私が壊す。

 まずは、種を撒こう。こんな世界でも、きっと希望を信じる者が居る。その心を蝕む種を、穢い本性を糧に育つ根を、絶望の華を咲かせる蕾を・・・。





「貴女達が狂人病と呼ぶ病、それは、DespairSyndromeディスピアシンドローム。私が作った、ナノウイルスです」

 ヴィスが小さな試験管を手に、そう語った。

「お前が・・・、作った・・・?」

 オモイは記憶を辿る。かつての仲間や、友人が、目の前で異形と化し、自らの手で殺し、その死に様を、眺めることしか出来なかったあの時の光景は、今でも脳裏に焼き付いていた。

 脱力していた身体を、復讐という名の歪んだ希望で無理矢理奮い立たせる。

 目の前の敵を、仇を、殺す。

 オモイは再び火器を手にした。

 ファングスがゆらゆらと前に立ちはだかる。しかし、もはや肉壁の役目を果たせるような状態ではない。オモイが、ごめん退いてて、と呟きながら優しく小突くと、ファングスはその場に座り込んでしまった。

「ファングスがこうなったのも・・・、みんなが死んじゃったのも・・・全部、全部お前がっ!!!!」

 オモイは一気に詰め寄る、また大切な誰かを傷付けたりしないよう、零距離からヴィスを狙った。

 ヴィスはそれを華麗に交わし、外へと退く。

 玄関から外へと飛び出した三人。

 気付けば辺りは夕陽で真っ赤に染まっていた。

「そう言えば、なにを回収するか言ってませんでしたね。ネガイ、貴女の腹にある種はね、親なんですよ」

「お、や・・・?」

 ネガイの髪を鷲掴みにして顔を近づけ、ヴィスは続ける。

「そう。つまり、私が作った。とは言いましたが、実行犯は、ネガイ、貴女なんですよ?」

 ネガイの顔が青ざめていく。酷い吐き気がした。視界が霞む。また涙が勝手に溢れてくる。血の気が引いて、手が震える。こんなに酷い病気を、災厄を産み出した原因が、自分の中に、ある。

 身体の中を百足が這うようなおぞましい寒気が、ネガイの思考をぐちゃぐちゃに踏み荒らした。

「助かりましたよ?世界中を渡り歩く守銭奴ならではの行動力、まぁ今はもう引きこもりのニートに成り下がってしまったようですから、回収しに来たというわけです」

「ふざけんなっ!お姉ちゃんの身体に、勝手に変なもん入れて・・・、勝手に回収しに来て・・・!!自分勝手もいい加減にしろぉ!!!!」

 僅かに血を吐きながら、全力で怒鳴るオモイ。ヴィスは嘲笑しながら返した。

「自分勝手?当たり前でしょ?世界をご覧なさい。もう、この世界は壊れてしまった。自分の勝手を通さずして、どう生き抜くつもりですか?人のため?仲間のため?家族のため?それこそ、自分勝手も甚だしい。結局は自己満足でしかない偽善を振り撒いて、正義を貫いているつもりになって、ハッキリ言って・・・無意味です」

「そ・・・そんなこと――」

「そんなことない!!」

 オモイが答えようとした瞬間。祥の声が、気迫が、覚悟が、熱意が、オモイの胸に響く。

「祥・・・?藍に、椿も・・・」

 現れた三人の戦友を前に、オモイの表情が、自然とほころんだ。

「遅れてごめんね・・・もう大丈夫・・・」

 藍が強い眼差しでオモイを見つめながら言った。椿も続いて、剣をかざし、啖呵を切る。

「終わらせようオモイ!私たちは、その為の戦隊だよ」

 墜ちかけた気持ちが、沸々と沸き上がる。こんなに心強いモノなのかと、オモイは自分の情けなさを改めて痛感した。痛感し、思い知り、知り得た希望を、正義を、今一度胸に灯して前を見る。ネガイを、ファングスを、仲間を、友達を、みんな、みんな、みんな助ける。

「うん・・・、終わらせよ・・・。ヴィスを、オンルカを倒して、全部終わらせて・・・!全部・・・元に戻――」

「まさかオンルカ様を殺せば、願いが叶う、とでも?」

 晴れた空気が、再び曇り、凍りついた。

“生き延びた者の願いを叶える”

 オン・ルカの言っていた言葉を、彼女たちは信じてなどいなかった。信じる者などいなかった。ただ、盲目に、愚直に、卑劣に、すがっていたのだ。

“スベテモトニモドル”

 そんな、希望げんそうに。

 酷く喉が渇く。視界が霞み、焦点が合わない。寒気を感じる。嗚咽がする。脳に酸素が足りないのが分かる。思考が止まる。声が出ない。言っている意味が分からない。

 祥達は、皆同じ気持ちだった。

 掠れた祥の声が、ようやく振り絞られる。

「・・・だったら、だったらなんだってんだ!願いが叶おうが叶うまいが、そんなの関係ないっ!!ウチは・・・お前らをぶっ殺すっ!!!!」

 涙が溢れていた。分かりやすいほどに、純粋な強がりを見せ、祥は剣を構えた。

 それに続く者は、居ない。

 椿もオモイも、藍も、突き付けられた現実に、打ちのめされていた。

「そんな・・・、それじゃ今まで・・・私達は、なんのために・・・」

 椿が溜まらず漏らした本音は、彼女達の胸を突き刺した。届かない未来を夢見ていたと、自覚してしまった。

「うるせぇぞつばきっ!!!!こんなやつの言うことなんて、信用できるかっ!!まだ分かんねぇだろっ!オンルカを・・・、アイツを殺すまでは、ウチは諦めな――」

「死にましたよ」

 再び訪れる、静寂。

 頭をぐちゃぐちゃとかき混ぜられる様な嫌悪感。祥の眼から、ついに光が消えた。

「今・・・なんて・・・?」

 祥が問う。聞きたくもない答えを、僅かな願望を持って。

「オンルカは、とっくの昔に死にました。というか、イズやフォティア達が、あの日直ぐに殺したんですよ」

 あの日、つまり、世界が壊れた日。

 その時には既に、オンルカは死んでいて、今までの、地獄の日々は、何の意味も無い、ただの、人類の自分勝手な戦争でしかなかった。

 人々は、勝手にオンルカの言葉を信じ、勝手に人を疑い、勝手に裏切り、勝手に殺し、勝手に憎み、勝手に怒り、勝手に哀しみ、勝手に、愛しただけだった。

 全ての努力が、崩れる音がする。

 同時に彼女達は、膝を着き、放心していた。

 ウソだウソだと、なんでなんでと、各々が呟く様を、ヴィスは楽しそうに眺め嘲笑を繰り返す。

「流石に同情しますよ。無駄に命を掛けていたなんて、私なら恥ずかしくて死にたくなりますから」

 ヴィスは、さてと、と傍らで既に生気を失っていたネガイの髪を、再び鷲掴みにし、顔を持ち上げる。

「それじゃあ、語りも終わりましたし。当初の予定通りウイルスを回収しましょう、かっ・・・?」

 そして気付いた。腹部の違和感に。見下げた先、みぞおち辺りの、“誰かの手のひら”に。藍の手刀が、背後からヴィスの腹を貫いていたことに。

「なっ・・・!?いつの、ま・・・に・・・?」

 ヴィスは振り返り藍の顔を見る。

「・・・そういう、こと、ですか・・・。貴女、既に・・・発症し、て・・・」

 生き絶えるヴィス、目を点にして眺める祥と椿とオモイ。

 藍の瞳は、どす黒く染まっていた。

「・・・大丈夫、オンルカをコロさなくたって、キボウならまだ私ガモッテルヨ・・・!」

 不気味にケタケタ笑う藍。もう誰も、武器を取ろうとはしなかった。

 抗おうとしなかった。

 そんな意思など、とっくに無くしていた。

 少女達は、眼前に迫る死に、身を委ねるだけだった。

「アン死ん死テね!今かラ・・・ワタ死が。コロ死テアゲルカラッっっ!!!!!!!!」

 悲鳴もない、命乞いもない、なにも感じない、死ぬってなに?生きるってなに?なんの意味があるの?私はどうして、生きてきたの?

 そんな疑問だけを抱いて、少女達は、念願の終わりを迎えた。

 少女は殺す、欠けがえのない仲間達を。自分の希望を、守るために。自分勝手な愛の為に。


 数時間後、そこに残ったのは、かつて少女だった者の、肉塊だけだった。

 しかし、ただ一人、仲間と認識されなかったネガイだけは、無事だった。

 ネガイは、オモイだったであろう肉塊を抱きしめ、それでも尚、ネガイは狂人病を発症して居なかった。

 なんとなく、ネガイは分かっていた。自分がこの世に、希望なんて無いことを、だから、発症の恐れが少ない自分が、母体に選ばれたのだろうことを。

 ネガイは考えた。自分がどうすべきか。この終わってしまった世界で、胸に溢れる罪悪感を、どう抑えるか。

 ネガイは考えた。自分のせいで散った命に、償う方法を。

 ネガイは考えた。

 もし、そんなことで償えるなら、私は・・・・・・。


「永遠に生きていたい」





 終わった世界で、廃退した青い星で、彼女は今日も生き続ける。ごめんなさい、ごめんなさいと、呟きながら。

 ただただ、延々と徘徊し続ける。


 それが彼女の、最後の・・・。






最後の願い 完

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ゲム戦SS 『最後の願い』 ミササギ @Misasage

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