第7話 ドッペルゲンガー

言いたいことは多分にある。言葉にできることはひとかけらもない。

僕は励ましてきた。生きる気力を失ったひとを、道しるべを失ったひとを、それは何のため? すべての言葉は僕自身に言っていただけ。そして僕はただの鏡だ。この世界に僕は居ない。僕は今、僕の棺桶の前に立っている。


僕の頭がおかしくなったのは最近のことではなかった。昔から僕はよく自分と同じ姿の人間を見てきた。それは突然現れて啓示を告げたりするようなものではなく、例えば一緒に遊んでいた友達に「またね」と手を振った時の友達の顔が僕だったり、部活帰りの夜道ですれ違った人が僕の顔だったり、そんな風に日常的に起こることだ。

僕は弱い人間だった。いつも気が付けば自分が消えてしまいそうで、それが怖かった。誰かに自分を繋ぎ止めておいてもらいたい。誰でもいい。誰か知らない人でも。そんな気持ちが見せていた幻なのかもしれない。


僕は専門学校を卒業してカウンセラーとなった。特になりたかった職業ではないが、適職診断という占いのようなもので向いているという結果が出たので、なんとなくカウンセラーとなった。相変わらず僕の顔はどこにでも現れる。カウンセリングを受けに来た患者も幾度となく僕の顔をしていた。僕はもうすでに僕の顔というものがわからなかった。それは僕の顔というよりもっと汎用的なもので、例えば目があって鼻があって口があるのと同じようなことで、僕の顔は群衆の中のテンプレートにすぎないのではないかと思った。他人に繋ぎ止めてもらった結果、僕はもうどこにも居ない。


田舎の夜の三車線道路で僕は穏やかに死んだ。

0時を回り、くたくたになっていつもの帰路を軽自動車で走っていた。本当に自然にだった。自然に白い自転車が道の脇から飛び出してきて、僕は「あ」と思った。そしてハンドルを切った。一連の動作は全くの無感動で行われて、特に焦りもなかった。左に曲がって歩道に乗り上げた僕の軽自動車は電信柱に追突して僕は死んだ。

白い自転車は僕の方にやってきた。僕はその自転車の持ち主の顔を見て、「やっぱりか」と思った。それはいつものようにまるっきり僕の顔をしていた。


僕は死んだけれど、すでに僕は僕ではなかったので、意識だけが宙吊りの形になってしまった。僕は誰なんだろう。ここからどこへ行けばいいんだろう。棺桶の僕の顔を見ながらそんなことを考えた。

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