自称! 魔法美幼女マジカルななこ♪(嫁なし[30]) 魔王と立国人情劇

千華あゑか

第1話 三十路男性の残念な私生活

「あーー! 疲れたああああ。係長め、何が『繰起くん。次期係長おめでとう! 君の栄えある門出を祝して私の仕事を予習させてあげよう』っだ! 単に自分の仕事押しつけて楽したいだけだろうにっ! 自己中で他力本願な輩は勘弁してもらいたいわあ。2人月、いや3人月分の給料は貰わないとやってられねえーー。そしたら、ななこちゃんの衣装ももっと凝れるのによーー。ほんっと、クルルンハートだわーー」



 終電に揉まれ自宅に帰ってきた彼の名は、繰起真知(くりき まさし)。今年30歳を迎えるサラリーマンだ。

 それなりに勉学に励み、業界でもそれなりに名の知れた企業に就職し、そつなく無難に仕事をこなして早8年。

 勤勉に職務に尽力した彼は、30歳にして次期係長と辞令を受け、今や部署内では彼を頼らない者は居なかった。


 今日もそんな彼を頼って、もとい、いいように使って自分の仕事を押しつけた低能上司の愚痴をこぼしつつ、真知は鞄をベッド横に投げ捨て、草臥くたびれ僅かに加齢臭を漂わせたスーツをハンガーに掛けた。



「うーーしっ! 嫌な事なんて忘れて、ななこちゃんのハートフルファン、完成させるぞーー!」



 季節は立夏。長袖の部屋着では少々熱いこの時期、真知は肌着一枚の姿になり、少々たるんだ腹を愛おしそうに撫でながら、リビングテーブルの上に置いたコンビニ弁当からヒレカツを一口頬張った。



「むほほーーっ! うまひーー♪」



 そしてすぐ横の戸棚からハンダゴテと何かの基盤やら部品やらを取り出すと、慣れた手つきでハンダ付けを始めた。

 モーターや電池ソケット、小型のスピーカーやマイク、そして7色のLEDケーブル等複数の独立した部品が見る見る内に一つの電子回路に繋ぎ留められてゆく。



「……よーーうしっ! できたあ! どうよこれ。いい感じじゃなあい? それじゃ次はいよいよっ……どっこいせっ」



 30分も掛からない間に作業を終えると、次いで戸棚上に置かれた少々大振りな合成樹脂の山をテーブルの上に移した。

 筒状1点、円盤状1点、細長い板状が10数点。それぞれがローズピンクやビビットピンク、イエローにホワイトといった、女児が好みそうな、三十路の男性には似付かない華やかで可愛らしい色で彩られている。

 真知はその出来栄えを満足気に眺めた後、まずぷっくりとしたハートが描かれた円盤状の樹脂にメインの基盤とモーター、小型スピーカー、そしてマイクを格納した。

 次いで、筒状のパーツには電池ソケットを納め、板状のパーツには円盤から伸びた7色のLEDケーブルをそれぞれ埋め込んでいく。

 最後にそれらを慎重に順序良くネジ止めしてゆくと、70センチメートル程にもなる可愛らしい棒状の物体が出来上がった。



「おほほーーっ! 我ながら素敵な出来じゃないの! わざわざCADで図面起こして原形から型取って作った甲斐があったわーー! カーボンクロスとガラスマットでベース作った分、大きいわりに軽目で丈夫だし! ヤバイ! ヤバイ! これ熱い! モチベーションバーニングだわーー!!」



 30歳独身、容姿は中の下、肌着姿で弛んだ腹の男性は、女児向け玩具としても見劣りしない自作のコスプレ小道具を片手に満面の笑みを浮かべている。

 そう。何を隠そう彼の趣味はコスプレなのだ。それも最近ハマっているのは女児向けアニメである"魔法美幼女ななこ♪"という、魔法少女モノのアニメなのだ。

 しかも、真知が夢中になっているキャラは同作の主人公である"支守はせもりななこ(10)"で、プライベートでは彼女のコスプレ衣装一式を自作するのに没頭しているのだ。

 同作は放送後メインターゲットである女児だけでなく、その親伝いに老若男女問わず大勢の大きなお友達までを魅了し、今やアニメ業界では異例の興行収益を叩き出す程の大ブームを巻き起こしていた。

 しかし、そうであったとしても。うむ、実に気色悪いことこの上ない。いくら社内で頼られ出会いが無いわけでなかったとしても、親しくなりボロが出ればこれなのだから、ひとりものなのは言うまでもない。

 子供連れの母親がこの男に遭遇すれば速断した後、見ちゃいけませんと、鋭い非難の眼差しでお決まりの台詞をもって我が子の視界を遮るのは道理だろう。

 そんな世間からの嫌悪、反感を得る状況であることも省みず、真知は高揚した気持ちに乗せられ、不意に立ち上がるとクローゼットに向かった。



「これはもう、まるっと一式試着する他ないっしょーー! ハートフルドレッシィングよ!」



 すると、クローゼットの奥からこれまた可愛らしい衣装を取りだした。

 淡いピンクと白を基調としたブライダルサテン生地のフリルがテカテカと可愛らしいく落ち着いたアーバンツイル生地に良く映え煌びやかな衣装だ。

 巡回中の警官がその様を見れば、現行犯逮捕待ったなしの実に危うい光景だ。

 幸いにも1Kのボロアパートには大きな窓もなく、近隣住民から通報されることはなさそうではある。

 そして、大きなお友達スイッチ全開の夢見る真知は躊躇ちゅうちょなくその衣装に着替えだした。無論、試着なので無駄毛処理やメイクはスルーだ。



「おおおお! 来た来た来たあーー!! んんっ、こほん……。『義理と人情の魔法美幼女! マジカルーーななこ♪ 貴方のハート、支えてあげる!』……な、な、ななこ来たああああ!!!!」



 いやいやいや、落ち着け三十路男性よ、何もこれっぽっちも来てなどいない。現実逃避もここまでくると清々しいのかもしれなが、せめて近所迷惑な声量は控えて頂きたい。

 しかしながら自作された着物をベースとしたその衣装は控えめに言っても良く作られている。

 襟元は少々肌蹴はだけているがフリルが慎ましく且つ可憐に下品さを隠している。

 二の腕辺りは切り開かれ肌が見え袖は七分袖となっており、フリルの袖口と大きめのリボンや鈴の付いた長めの袂は愛らしい。

 丈が短く大きく開いた裾にはフリルがあしらわれ、覗く素足は白いニーソ足袋で幾分隠れているが、その絶対領域は純情な娘の物であればさぞ健やかで麗しいく際立つことだろう。

 ピンクに淵取りされた白い手甲をまとった両手を振るい、決めポーズと言わんばかりに変質者まがいの三十路男性は弛んだ身体を躍らせている。



「これは、アレいっとくべきでしょーー! 電池、電池っと。……ようし! セット完了!」



 真知は魔法美幼女に扮したまま、先程完成した可愛らしい棒状の小道具に乾電池をセットすると、徐に部屋隅にある姿見の前に立ちその小道具を両手で構え瞼を閉じた。



「……『歪み凹み俯いた心!』」



 真知が威風堂々と魔法美幼女の必殺技を唱え始めると、見事な事にその声に呼応し中央のぷっくりハートが眩く輝きだした。



「『陰気をはらい、溢れる愛でまるっと支えてあげる!』」


 それに合わせて見苦しく、もとい可憐に舞って見せる真知に釣られて板状のパーツが扇状に展開してゆく。



「『舞い踊れ! ハートフルーー! ウォーンス・ア・ヘイローーーー!!』」



 そしてそれを天高くかざし、7色のLEDが虹色に輝く扇を姿見めがけて仰いだ。完コピされた動作は恥じらいなど一切なく、唱えた言葉に劣らない純真な眼差しが、実に痛々しい。



「……決まった!! 音声認識ちゃんと動作してるし、扇もLEDも連動して完璧じゃん! 俺、今完全にななこちゃんになってたっしょ! くうーー! 感激すぎるーー!!」



 その自らの完成度に酔いしれ光り輝く扇に見惚れていると、ついに神様からの天罰か、どういう訳か姿見の鏡面が揺らぎだし突如眩い光を放ち始めた。



「ん……? う、うわっ!? な、何だ! これっ!! う、うわああああああああ!!!!」



 あまりの眩さに目を庇い悶えていると、その光はやがて魔法美幼女姿の三十路男性を包み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自称! 魔法美幼女マジカルななこ♪(嫁なし[30]) 魔王と立国人情劇 千華あゑか @07Ayeca

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ