6、龍神と炎龍

 僕達は龍神様が祀られているという御社を目指して街道を進んでいた。


 時々、麓からトラックの音が聞こえてくる。

 旧道沿いに土砂の仮置き場があるので、それを運び込んでいるのだろう。

 4年前の台風による豪雨で、このあたりも地滑りや土砂崩れが起こり、家屋や道路が流されたりしている。

 現道は早めに復旧したが旧道は今でも工事中のところが多いのだ。


 1キロほど進んだところに御社はあった。

 鳥居や本殿などの建物は残っていないが、誰かが管理しているのか、落ち葉などは少なかった。


 敷地に入ると風化してボロボロになっている石畳やコケやシダで覆われている狛犬や灯篭の台座が寂しく残っていた。

 ミコトの社もそうであったが、人が居なくなり朽ちたものは独特の風情がある。


「ミコトちゃん、悪鬼の気配はあるかい?」

「あります」


 泥の怪物を祓った時と同じように、座敷童とミコトちゃんの連携でいこう。

 彼女の霊力は十分とは言えなので保険をかけておく。


「座敷童、塩は持ってるか?」


 童は笑顔で頷いた。

 と、ここで木霊が口を挟む。


「中に龍神もおるようじゃが、何か揉めている感じがする。殺気が凄いのじゃ早く入ったほうがよいぞ」

「それ私も感じます」


 2人とも中の殺気を感じて僕に警告を発してきた。

 中とは、御霊を祀っていたとされる洞穴のことだ。

 目の前にあるそれは、高さ2メートル強、横幅も同じくらいで自然にできた穴を使っているようだ。


「わかった、ミコトちゃんはいつでも祓えるように準備して、座敷童と一緒に入って来て」

「はい」


 僕は右手に殺虫剤、左手にライターを持ち木霊と一緒に中に入った。

 奥行は15メートルほど、そして前方で何かが争っているような物音が聞こえてくる。

 ここまで来ると僕でもただならぬ殺気を感じ取ることができた。


 リュックから大型の懐中電灯を取り出して、奥を照らすと中学生くらいで赤髪に角を生やした女の子が1メートルくらいの巨大なスズメバチと取っ組み合いをしていた。

 女の子はヤンキーにしか見えない。

 インドネシアで6センチもあるスズメバチが発見されているが、目の前にいるのはどう見たって怪異の類だ。

 ハチはお尻の毒針を女の子に向け狙っている。


「アキトよ、赤髪が龍神じゃ、ハチのほうは悪鬼が入っておる」

「この時期にハチ?」


 スズメバチは悪鬼の黒いモヤと同じ色をしていて、瘴気を発していた。

 よく見ると龍神の手が黒く染まりつつあった。

 おそらく悪鬼に触れているため、毒気の影響を受けていると思う。


「早くしないと龍神がまずいことになるぞ」

「わかってる」

「ミコトちゃん祓えそうか?」

「あの状態では龍神様も祓っちゃう恐れがあります。引き離してください」


 となると、また殺虫剤のお世話になるしかないな。

 龍神って雨とか風をもたらす神様って聞いたことあるけど、火に対する耐性はあるのだろうか?


「木霊、龍神は火につよいか?」

「あれは龍神といわれておるが中身は外来神の炎龍、火の神だ。火に弱いわけがない」

「え、外来神?雨とか風をもたらす神様じゃないの?」

「それは別もんじゃ」


 詳細は後で聞くとしよう。

 僕は殺虫剤のノズルをスズメバチに向け噴射した。ライターの火を使って火炎放射も考えたが、あの龍神が火の神なのだとしたら炎の攻撃はすでに使っているはず。

 おそらく効果がなかったので取っ組み合いになってるのだろう。


 殺虫剤の効果は直ぐに現れた。巨大スズメバチは龍神から離れ、羽をばたつかると同時にもがき始めた。

 独特な目と大きな顎が僕を見据える。


 ――次のターゲットは僕か。

 

「ミコトちゃんいけるか?」

「はい、今から術を唱えます」


 スズメバチの的は僕に変更され、ふらつきながらこちらに飛んできた。

 体の表面は大量の殺虫剤を浴びて油膜ができている。


 ――火をつけたら発火しないかな?


 僕は殺虫剤から噴射される薬剤にライターの火をつけて火炎モードにした。

 スズメバチの体は予想通りに燃え上がったが、同時にお尻の毒針をこちらに向け刺そうとしてきた。


 両手が塞がっていた僕は上体をそらし、初撃を辛うじてかわした。

 だがすぐに針は向きを変え次の攻撃に移る。


 ――まずは針をなんとかしたい。


 手に持っているもので針を封じることができるのはこれだ。

 次の攻撃が来たとき僕は缶を針に刺した。


『プシュー』っという音と共に残っていた薬剤がいっきに噴き出す。

 スズメバチは羽をばたつかせ、大顎をカチカチと弾かせて怒りをあらわにしている。

 缶が刺さってガスが抜けた時、その圧力で薬剤が針を逆流してハチの体内に入ったのだろう。

 

 これで針に刺される心配は無くなった。僕はライターをしまうと代わりにナタを取り出した。

 左手で針の根元を持ち、ナタで根元から斬り落とした。

 スズメバチは悲鳴にも似た咆哮をあげ地面に墜落。その直後、座敷童によって塩が撒かれると同時にミコトの術が発動した。

 悪鬼はスズメバチから抜け出て光の縄のようなもので縛られ、真っ黒だったモヤが灰色になっていた。

 弱まっている証拠だ。


 今度こそ祓い清めに成功かと思ったら……。


「しまった、霊力が足りません…」

「なに?」


 ミコトの焦った声が聞こえてきた。

 悪鬼を縛っていた縄が徐々に薄くなってゆく。

 これはまずい。

 

 ここで座敷童と木霊がミコトの手を握りる。霊力を提供しているようで、彼女達の体がさらに小さくなっていく。

 おかげで縄の退色速度は緩まったが、悪鬼の色の変化はゆるやかになったままだ。


 ――これじゃ悪鬼が消えるより先に縄が消えるんじゃないか?


「ミコトちゃん、僕のHPも使ってくれ」


 僕はミコトの手を握りしめた。体から温かな何かが抜けていく感じがして心地よい。

 この抜けていく時はいいのだが手を離したあとが問題だ。どっと押し寄せる疲れに耐えられるだろうか。


「もうすぐじゃ、あと少しがんばるのだ…」


 木霊がげきを飛ばすが正直かなり厳しい。

 瞼がゆっくりとおりてきて視界が狭くなり、意識が朦朧としている。


「もう手遅れだぜぇー」


 最後の悪あがきか悪鬼が悪態をつく。


「俺は龍神の後始末のために来ただけだぜ、消えてもなんの問題もない。あれはもう放ったからな、ケケケケケ」


 言った直後、悪鬼は「ボォ」という音と共に消滅した。

 ロウソクを吹き消した後のように、ひとすじの白い煙があがっている。


 同時に体がいっきに重くなり僕はその場にしゃがみ込んでしまった。


「…浄化できたのか?」

「はい、…できました」

 

 ミコトも霊力をかなり使ったようで息を切らしていた。


 安全確認のため周囲を見ると、座敷童は20センチくらい、木霊は30センチくらいに縮んでいて、まるでフィギアの人形のようになっている。

 これはこれでかわいいかも知れないが…。

 次に視線を奥へ移すと、龍神が腕を真っ黒にした状態で倒れている。


「龍神は大丈夫なのか?」


 いつの間にか移動していた木霊が龍神を指でつつき始める。


「大丈夫じゃ生きておる。悪鬼の毒気も徐々に抜けておるから、もうすぐ目をさますだろう」


 安心した僕は大の字になって地面に寝転がった。しゃがんでいるのも辛くなったからだ。

 ぼーっと天井を眺めると意外な発見があった。梵字ぼんじがところどころに描かれていたのだ。

 本当は天井一面にあったのかもしれないが、大半が消えてる。


 あの言語はインドあたりのサンスクリットに属するらしいが、全く読めない。


「天井に書いてある文字は誰か読める?」


 ミコトと木霊は視線を天井に向けた。 

 座敷童が一番早く顔を左右に振る。


「私もわかりませんね」

「ワシもわからん…」


「消えている文字は邪神に奪われた…」


 それは初めて聞く声だ。龍神が意識を取り戻したようだ。


  ◇ ◇ ◇ 


 少し落ち着いた僕たちは洞穴の外で龍神から事情を聞くことにした。


「助けてくれてありがとう。おかげで命拾いしたわ」

「僕は古道・廃道探検家の赤目明人だ。アキトって呼んでくれ」

「私は炎龍よ、特に名前は無いわね。分かりやすくいえばドラゴンよ」

「ド、ドラゴン?あのブレス攻撃してくる?」

「そうよ」


 他の3人もそれぞれ挨拶し、それが終わったところで炎龍がここで起きたことをなどを話し始めた。

 まず、炎龍が大陸からやって来たのは1300年前で、日本の奈良時代にあたる。

 木霊が彼女を外来神と言っていたのはこのことだ。


 その頃からここには村があり、当時は彼女ではなく本物の龍神が風の神として祀られていた。

 龍神は長年この地を守ってきたが、好奇心が旺盛だったため、炎龍を見て出会いを求め旅に出たいと言い出した。

 炎龍は面倒なことが嫌いだったので断り続けたが、短期間だけという条件で神を交代した。


「しかし龍神は戻ってこなかったのだ、本当に酷い奴だ」

「神様ってのもいろいろあるんだな」


 だが村の人たちは龍神様の御社を大切にし、皆で宴も開いたりしていたので炎龍も悪い気はしなかった。

 ミコトも同じことを言っていたので、神様にとっては本当に居心地のいい場所だったのだと思う。

 それだけに、村が滅んでからはとても寂しかったそうだ。


「誰もいなくなったので去ろうと思ったが、龍神との約束があるので今でもここに居るというわけだ」

「ずいぶんと壮大な話だな…」


 僕のような一般人にはさっぱり分からない世界だ。時間の流れとスケールが違い過ぎる。


「さっき邪神って言ってたけど、どういうことなの?」

「あれも私と同じ外来神だ。この地で悪さをしたので、私が封じたのだが油断した隙に低級の悪鬼に放たれたんだ」

「あの悪鬼か…」


 ミコトが居心地悪そうな表情になっている。

 悪鬼を逃がしてしまったことに責任を感じているのだろう。それは僕も同じだ。


「低級の悪鬼なのになんで苦戦してたの?」

「あれが邪神と組んで私の霊力の一部と天井にあった文字を奪ったからだよ」

「あの文字は?」


 炎龍が文字の説明をする。


 あの梵字は四大元素、火風水土のうち風の仕組みが書かれていて、それを理解すると龍神の霊力を得ることが出来るらしい。

 邪神の目的は四大元素を手に入れることだろうと炎龍は話してくれた。


「それじゃ梵字が書かれた祠とか社が他にも存在するってこと?」

「そうよ、全部で4つある。そのうちの風がここだったの」

「あとはどこに?それと集めて何をするのかな」

「水は麓にある神社ね、あそこは人もいるから大丈夫だと思うけど、それ以外はわからない。あと目的も不明なんだけど、邪神だから邪悪なこともするんじゃないかな」


 邪神って人間に災いをもたらす神だから、自然災害とか疫病とか起こすつもりだろう。

 それをやって彼らになんの得があるのか不明だが…。


  ◇ ◇ ◇


 当初の目的の悪鬼を祓い清めた僕は帰る用意を始めた。

 時間は15時をまわっており、あと30分もすれば太陽が山に隠れてしまう。

 周囲に標高の高い山が多いので、夕暮れの訪れはとても早いのだ。


 悪鬼が抜けたスズメバチは元の大きさに戻り息絶えていたので、洞穴の横に埋めておいた。

 使用済みの缶を回収したところで帰る準は完了した。


「僕はそろそろ帰るけど、みんなはどうするの?ミコトちゃんは社跡に戻るのかな」

「その、とくに行く当てもないので憑いていっても…?それにまだ邪神を追う必要もありますし」

「ワシはせっかくだから、現代の人の生活を見てみたいな」

「私もここを守る必要がなくなったから一緒に行ってやる」


 座敷童と木霊は僕の肩に乗っているので行く気満々だ。


「みんな僕の家に来るってことかな?」


 全員頷いた。


  ◇ ◇ ◇


 帰り道、国道沿いの道の駅に車を停めて夕食をとることにした。


 ここまで来る間に炎龍で一つ驚いたことがあった。彼女は実体だったのだ。

 となると問題が出てくる。


「炎龍、お前の姿はもう少し大人っぽくならないかな?」

「これ以上は無理だ。何か問題でもあるのか?」


 23歳の男が女子中学生を連れまわすと通報される恐れがある。

 僕が現代社会の実情を彼女に話すと納得してくれた。

 その結果、背丈は変わらないが角の無い黒髪の女の子になってくれた。

 元々雌らしいので、性別までは変えられないそうだ。


 名前についても、炎龍とは呼べないので龍子にした。

 炎龍りゅうこというのも考えたがキラキラネームっぽいのでやめておいた。

 設定は俺の親戚ってことで赤目龍子だ。


 そして彼女は大食漢だった。

 食堂に入った僕達は(といっても人の目に見えるのは僕と龍子の2人だ)好きな物を注文した。


 ラーメン2杯、カレーライス2杯でデザートはチョコパフェ。食費が半端ない。

 ミコトと座敷童、木霊は、僕が注文したかつ丼を少し食べていた。

 霊体なのにどうやって消化するのか不思議だが食べれるようだ。


 食べ終えて車に戻ろうとしたとき、不思議な出会いがあった。

 前方からやってきたお姉さんが僕の前に立ち止まり拝み始めたのだ。


 ――宗教の勧誘か? 


「あの、いきなりなんですか?」

「神々をよろしくお願いします。困った時はこちらにご連絡ください」といって名刺を渡し去っていった。


 見てみると水の神様を祀っている神社の権禰宜ごんねぎをしている人で、名は丹生水神子と書かれていた。

 読み方はわからない。


「これ四大元素の水を管理してるとこだよ」


 龍子が話しかけてきた。丹生さんはミコトや座敷童、木霊の姿も見えていたようだ。

 

「困ったことがあれば相談に乗ってくれると思うよ。私は龍神だから、そこの水神とも話せると思う」

「わかった。こんど行ってみるとしよう」


 僕たちは車に乗り込み家路を急いだ。

 明日はアルバイトがあるので、早く帰って体を休める必要があったからだ。 

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オブローダー・赤目明人の古道探索記 ふぉーりし庵 @four3

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