5、木の精霊 木霊
単純かつシンプルな作戦が決まった僕たちは、座敷童に連れられ村の奥へと向かっていた。
村の奥には、洞穴を利用した大昔の神社があるそうだ。
それはミコトが封印されるよりも以前から存在していたそうなので相当古い。
この地を守っていた竜神様が祀られていたそうだ。
おそらく土着神の類と思わる。
念のため古地図を確認したが神社や史跡の地図記号は全くなかった。
それどころか街道を示す点線すらなく、僕たちが歩いている道は本来の街道からも離れているようだ。
村が無くなったのでルート変更されたのかもしれない。
その影響なのか、今までと違い崩れた灯篭石が転がっていたり、風化して文字が読めない状態の碑があったり、当時の面影を色濃く残している。
植生に関しても、この周辺だけは植林された杉ではなく、松や紅葉、クヌギなど落葉樹が多い。
人の手がほとんど入っていないのだ。
道幅は40センチ程度を保っているが、落ち葉や倒木が多く足元に注意して歩く必要があった。
雨水を逃がす溝の部分は石を使っているので、当時は参道としてかなり手入れされていたのだろう。
「キャッ!」
突然、ミコトの驚いた声が聞こえてきた。
蛇でも踏んだのかと思って振り向くと、木の根に足を引っかけたようだ。
座敷童はぴょんぴょんと軽やかに根っこを飛んで避けている。
――おや?なんでだろう。
手で何かを掴もうとすると透けてしまうのに、足は物理的に引っかかている。
「ミコトちゃん大丈夫かい?」
「はい、お騒がせしました」
「ひとつ疑問なんだけど、手では何も掴めないのになんで足は引っかかるの?ひょとして足なら物に触れれる?」
「確かにそうですね…」
ミコトは歩みを止めるとしゃがんで木の根に手をあてた。
「これは霊木ですね」
周囲を見渡すと樹齢千年はいってそうな松の古木が目につく。
「古い木だから何かが宿ってるのかい?」
ミコトは古木に手を触れて何かを詠唱する。何かを聞き出そうとしているのだろう。
僕のHPを吸ったから術を使う余裕ができたのだろう。
「はい、この木は村が出来る前から生えています。あまり多くを語らない木ですが、悪鬼なら社へ向かったと言ってます」
――木と会話できるのはいいなー。
「私が霊体になってるせいで意志が伝わりやすいのでしょう」
「これからも頼りにしてるよ」
「任せてください」
ミコトは自信に満ちた顔をする。平安時代の美人と言えば下膨れの顔が美人らしいが、この子は現代風の小顔で可愛い。
「厚かましいお願いだけど、ミコトちゃんの霊力を木から分けてもらえないかな?」
「あっ!聞いてみます」
ミコトは瞼を閉じ木の幹に再び手をあて霊木と話しを始めた。
気のせいかもしれないが、幹に顔のようなものができつつあった。
ゲームの世界ではリーパーなどが有名だが、こんなところに木のモンスターがいるとは思えない。
だが、それは女性の顔になり、やがて立体的な人型となって木から這い出てきた。
――マジかよ。
「ちょっ、ミコトちゃん。目を開けて!」
ミコトが瞼を開けると眼前に女性の顔があった。
「ぎゃーー!」
と声を出した彼女は尻もちをついて倒れ気絶した。
僕もテレビから出てくる貞子を思い出して、恐怖におののいた。
だが、座敷童が嬉しそうな顔をしていたので、ヤバイものではなさそうだ。
「何を驚いておるのだ」
木から現れたのは、古風な衣に身を包んだ美しい成人女性だった。
髪の色は松の幹と同じ色をしており、肌は透き通るような白さだ。死人のそれとは違う。
背丈は僕よりも高く175センチはありそうだ。
「いや、だって木から人型の何かが出てくるなんて、どう考えても怪異の類でしょ」
「わしは
座敷童は木霊に近寄り懐いていた。母子のように見えなくもない。
「神と人と座敷童が一緒にいるなんて珍しいから出てきただけじゃ。それに声を掛けたのはそっちだぞ」
確かにそうだ。ミコトが語りかけたのが最初だった。
木霊はミコトの元に近寄り、倒れている彼女の顔を軽く叩いた。
「あれ、ミコトちゃん気絶??」
「そのようじゃな。神のくせに頼りないのお」
しっかりせいと言ってミコトを起した。
彼女もすぐに目を覚ます。
「ああ、すいません。私ったら…」
「わしを見て気絶しておるようでは悪鬼なんて倒せんぞ」
ミコトは恥ずかしそうな顔をしていた。
「自己紹介を忘れていた。俺は赤目明人。アキトって呼んでくれ」
「私は
「ミコトか…、お前のことは知っている。悪鬼の封印に失敗した巫女であろう?」
「お恥ずかしい…」
木霊は自身の木の前に移動してから僕達の方を向きなおした。
「お前達、わしの霊気を分けて欲しいと言っておったな?」
「「はいそうです」」
「頼みごとを聞いてくれたら分けてやらんでもない」
クエストパターンか。時間…よりも、今は霊力の方が大事だな。
「どんなことなんだ?」
木霊は依頼の内容を語り始めた。
この山には霊脈があり、彼女はそこに根を伸ばしエネルギーを吸収して生きているそうだ。
数年前から、山の下にある霊脈に何かが混ざるようになって彼女を弱らせているらしい。
古木の上をみえると、ところどころ朽ちている部分があるので健康ではなさそうだ。
彼女が言っていることは事実なのだろう。
「わしも一緒に行くから、何が起こっているのか調べて欲しいのだ」
思わず1人で見に行けよと思ってしまったが、人や動物などに憑かないと移動できないらしい。
そこで僕が宿主となって木霊を連れて行くことになった。
彼女は僕から半径10メートルは自由に動けるそうだ。
「ミコトちゃんどうだろうか?先のことも考えたら霊力は必要だと思うよ」
「はい、一緒に原因を調べに行きましょう」
「ありがたい」
僕達は山を下り始めた。
木霊の古木がある斜面は傾斜が比較的ゆるやかなのと、彼女が先導してくれたおかげで容易に下りることができた。
15メートルほど下ると、古地図に出ている街道に出くわした。
この道も最新の地図には載ってないので、利用してるのは動物か林業の関係者くらいだろう。
念のため街道付近を調べてみる。
「木霊、このあたりに違和感はないか?」
木霊は目を閉じ周囲の状況を確かめている感じだ。
僕とミコトが周囲を見て歩いたが、有毒なものは一切見つからなかった。
「特に感じない、もっと下かもしれないな」
地図を確認すると、さらに60メートル下ると旧々道があるようだ。
「下に古い道路があるので行ってみよう」
街道から下は傾斜が若干きつくなっており、俺とミコトは梯子を下りる時のように、体を斜面に向けゆっくりと足を進めた。
座敷童は器用に飛び跳ねて下りているし、木霊は腕をつるのように杉の木に絡ませて下りていた。ちょっとズルい。
「人というのは不便じゃな。ミコトよ、お前は人ではないからアキトの真似をする必要はないはずじゃが?」
「浮遊の仕方がよくわからなくて…、アキトさんと同じように登ったり歩いたりしてるんです」
木霊はクスクスと笑ってから話を続けた。
「不器用な奴じゃな。お前の場合、飛ぶ鳥を想像したら浮くはずじゃぞ」
「試したのですがダメでした…」
木霊は少し呆れた顔をしたが機会があれば直接教えてやると言ってくれた。
そんな雑談をしながら30メートルほど下った時、鼻を突くような異臭がし始めた。
座敷童は鼻をつまみ、木霊も渋い表情をしている。
「なんなのじゃこの臭いは」
何かが腐敗したような、それでいてオイルの匂いも混ざっている。
まさかとは思うが不法投棄か?
嫌な予感は的中した。
「これは一体…」
木霊は開いた口が塞がらない感じだった。
そこには古い時代の物だが冷蔵庫や洗濯機テレビに芝刈り機、バイクやタイヤなどが投棄されていた。
金属の部分は腐食して朽ちているため、投棄されたのは旧々道に車がなんとか入れていた時代だろう。
――この量は個人でどうにかできるレベルじゃないな。
「木霊、これは流石に僕でも処理できないぞ…」
「そうであるな。でも、このガラクタが直接悪さをしているわけではなさそうじゃ」
「というと?」
木霊に聞き返そうとしたその時、背後から何かが近寄る音がした。
「アキトさん後ろ!」
振り向くと怪物が僕に襲い掛かろうとしていたので、リュックに引っ掛けていたナタを取り出し構えた。
それはヘドロ状でドロヌーバみたいな形をしていて、冷蔵庫のフタやタイヤを纏って防具にしている感じだった。
武器は古いタイプのガードレールのポールで、それを棍棒のように使うつもりらしい。
初撃はかわしたが、金属のポール相手にナテで応戦するのは無謀すぎる。ここは異世界じゃないのでチートスキルも存在しない。
――動きが鈍いのが救いだな。
「ミコトちゃん、この怪物は祓い清めれるかな?」
「これは低級の悪鬼がガラクタと融合しています。祓いますので、しばらく引き付けていてください」
「わかった、塩は座敷童に持たせるから2人で連携してくれ」
「わかりました」
僕は塩を座敷童に手渡した。
ミコトの時のように塩を持てるかどうか心配したが、それは杞憂におわった。
あとは奴が攻撃してきた時の盾替わりが欲しいな。
木霊は何かできないかな。
「木霊、あいつが攻撃を仕掛けてきた時に、つるを使って体勢を崩したりできるか?」
「あれは泥のかたまりじゃから、物理的な攻撃は通用せぬかもしれんぞ」
といって、木霊は勢いよくつるを泥の怪物に突き刺したが彼女の予測通り効果はなかった。
だが、つるが刺さった部分の泥が落ちると、中から黒っぽい液体が出てきた。
――あれはオイルか?試しにアレを使ってみるか。
僕はリュックからライターと殺虫剤を取り出した。
勢いよく噴射させライターを近寄せると簡易的な火炎放射器になる。
缶が爆発する可能性もあるので危険な方法ではある。
僕の見立てた通り黒い液体はオイルだった。
オイルサンドという油分を含んだ砂岩があるが、それに絡めるならオイルマッドといったところか。
産廃物の中にオイルが混ざっていたので、怪物はそれを吸収してしまったようだ。
怪物は体の一部に火がついたので必死に消火活動をしている。
廃油ではあるが意外と燃えている。
燃えすぎると山火事を引き起こす恐れがあるので、全体に火が広がる前に祓う必要がある。
「ミコトちゃん、準備はどうだい?」
「今から祓います、童ちゃん塩をあいつにかけて!」
ミコトが合図すると、いつの間にか木の上に登っていた座敷童が塩をふりかける。
そしてミコトが呪文を唱えると泥の怪物は動きを止め、地面から空に向かって消えていった。
僕たちが追っている悪鬼も、こうやって祓えばいいのだろう。いい予行演習になったと思う。
「成功しましたよ!みなさん」
ミコトは大喜びしている。座敷童も木から飛び降り勝利の舞を披露てしていた。
この不法投棄については、量が多くオイルも漏れ出しているので、細かい状況を撮影してネットに公開した上で問題提起をしようと思う。
ひょっとすると自治体が動いて撤去してくれるかもしれない。
ボランティアで片づけることになれば参加するつもりだ。
◇ ◇ ◇
泥の怪物を倒して祓い終えた僕たちは、木霊の宿る古木に戻って来た。
「約束通り霊力を分けよう。ただわしも弱っているので、木が枯れないくらいの量しか分けてやれぬ。すまないな」
「いや、とんでもない。少しだけでも助かるよ。木霊が弱っている原因は僕たち人にあったわけだから謝るのは僕の方だよ。あの不法投棄は撤去できるように努力する」
「よろしく頼んだぞ」
霊気を分けてもらったミコトは塩を掴むことができるようになっていた。
「それじゃ僕たちは悪鬼を追うよ」
「提案なのじゃが、わしもついていってよいか?」
僕はミコトに視線を移した。
「はい、私は歓迎しますよ。木霊さんが一緒の方が心強いです」
座敷童も歓迎しているようだ。
「でも木のほうは大丈夫なのか?」
「こうすれば問題ない」
175センチほどあった木霊が、みるみるうちに小さくなり座敷童と同じ背丈になってしまった。
座敷童は木霊の頭に手を乗せて撫でていた。
「わしの本体は木の中におる。小さいのは分身のようなもので、風景・音・匂いなどをわしに送ってくれる」
宿主は引き続き僕である。行動範囲も変わらず僕から10メートル程度だ。
準備が整ったので、僕たちは悪鬼がいると思われる社を目指した。
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