4、村跡の座敷童
街道は意外と簡単に見つかった。
幅は40センチほど。決め手となったのはお地蔵様の頭部だ。
それは、ミコトの社前に置かれていたもので、後年になって破壊されたか、石の風化で崩れた可能性もある。
道を200メートルほど進むと傾斜が緩やかになり平らな場所に出た。
「ここが村の入口ですね。私の社はそこにありました」
ミコトが指さした方向を見ると、胴体部分半分埋まったお地蔵様と苔むした石垣があった。
社の建物は腐り果て何も残っていないが、石垣や階段は崩れながらも残っている。
広さは10平米くらいなので、こじんまりとした社だったのだろう。
「何か感じないかな?力がみなぎってくるとかさ」
「少しだけ元気になった気がしますが…」
「何か術をつかってみるとか?」
「悪鬼の行方を探ってみましょう」
――それはもっと前にやるべきことなんじゃないかな。
ミコトは口を動かし何かを詠唱しているようだが僕には聞こえなかった。
少しすると、街道沿いに細い光の線が現れた。
「この光跡を辿れば悪鬼に?」
「はい、でも力が全く足りません。線もすぐに消えると思います」
「ああ…」
ミコトが言い終える前に線は消えてしまった。
「村の方向に行ったのは間違いなさそうなので進みましょう」
『カサカサ』突然茂みから音がしたので視線を移すと、小さな女の子が立っていた。
見た目は5歳くらいの女の子で小袖を着ており、座敷童っぽい感じだ。
ニッコリしながらこちらを見ている。
「ミコトちゃん、あれって人じゃないよね」
「座敷童かもしれませんね。霊的な何かを感じます」
僕は平安時代にも座敷童が存在していたことに驚いた。
「アキトさん、この子ついて来てほしいと言ってます」
「会話できるの?」
「何故か私とはできるようですね」
僕たちは座敷童と一緒に村へ向かった。
彼女の社は村の入口にあったらしいが、人家があったのはもっと奥らしい。
このあたりは田畑が広がっていたようだが痕跡は全くなく、単に植林された杉やヒノキの林が広がってる。
村を襲った奴らは、落ち武者のような者が現れるようになってからだ。
おそらく、南北朝時代か大坂夏の陣などで負けた者が逃れてきたのだろう。
ミコトが語った彼らの衣装から推測すると南北朝時代の1300年代後半じゃないかと思う。
今から670年くらい前に村は滅びたことになる。
◇ ◇ ◇
500メートルほど進むと座敷童は歩みを止め地面を指さした。
「ここに居る人たちを助けて欲しいと言っています」
そこは崩れた石垣が少し残っている程度で何もなかった。
だが枯葉をどけて見てみると、茶碗や陶器の破片、ほとんど朽ちた金属のようなものが微かに残っていた。
しかも白いモヤつきだ。
「彼女はここに住み着いていたようですね。そして子供たちにとよく遊んだと言っています」
「ここに居る白いモヤは、その子供たちだったりすのかな…」
僕は子供ではないことを願いつつ聞いてみた。
「その子供たちらしいです。親はこちらのようですね」
時代を考えれば仕方のないことなんだろうけど心が痛む。
座敷童は、ここに眠る家族達を成仏させてほしいと言っているのかもしれない。
「アキトさん、今からここに居る人たちに祈りを捧げ祓います」
「でも、力が足りないんじゃないの?」
「この子が補ってくれるそうです」
といって、ミコトは座敷童の頭を撫でた。
「僕にも霊力があるなら使ってくれてもいいよ」
「ありがとうございます」
僕はミコトと手を繋ぐと、体内から何かが吸い取られるような、とても心地よい気分になった。
が、手を離すと体が急に重くなった。
「意外ときついね…」
「すいません、少し吸い取りすぎました。でも命に別状はないので安心してください」
――え?命に別状って、吸い取りすぎると命に係わるのかな?
「ああ、説明してませんでしたね。これはアキトさんの生命力を分けてもらっているので、吸い過ぎると命を落とすんです」
「さらっと怖いこと言うね…」
僕はゲームでいうところの魔力(MP)が減るのだと思っていたが、どうやら体力(HP)が減ったようだ。
もしゲージが表示されたら真っ赤になっていると思うくらい体が重い。
彼女の霊力=僕の生命力。これは重要だから覚えておこう。
「次から気をつけます…」
ミコトは軽く頭を下げた。
少し霊力が戻った彼女は、小声で何かを唱えると巫女の姿になった。
現在とは少し違うが一目で巫女とわかる衣装だ。
準備ができたミコトは神楽を舞い始めた。
少し小道具が足りないようにも見えるが、舞はとても美しく思わず見とれてしまった。
神楽の舞については詳しくないが、神社によって形が異なるはずだ。
出雲流とか伊勢流というのを聞いたことがある。
しばらくすると茶碗の破片や石に宿っていた白いモヤ達が輝き始める。
失礼な考えかも知れないが、これが夜だったらとても幻想的な光景になっただろう。
そしてミコトの舞が形を変えた瞬間、目の前で輝いていたモヤ達は空へ昇り消えて行った。
昇る途中で2つのモヤが座敷童に近寄っていた。おそらく仲の良かった子供たちだろう。
座敷童は寂しそうな表情で見送っていた。
輝くモヤは、他の家跡からも昇っていった。数からすると村に眠っていた者達全てではないだろうか。
――これだけいれば寂しくないだろう。みんな安らかに眠ってください。
舞を終えたミコトと座敷童は、彼らが昇って行った空を見ている。
「この子お礼を言っていますよ」
「みんなを送ったってことは、座敷童ともお別れになるのかな」
「いえ、恩返しがしたから悪鬼探しを手伝ってくれるそうです」
座敷童は霊力をミコトに分けたせいか、ひとまわり小さくなっていた。
「ミコト、この子小さくなってるけどさ、無理に手伝ってもらったら消滅したりしないか?」
「それは大丈夫らしいです。小さくはなるけど時間が経過したら戻ると言っています」
あれから10分くらい経過していたが、僕の体のダルさも少し回復していた。
自然回復するなら、時々ミコトにHPを分けても大丈夫そうだ。
◇ ◇ ◇
座敷童が悪鬼の足跡をたどることができるそうなので、僕たちは彼女について行くことにした。
歩きながら悪鬼の退治方法を探る。
「悪鬼を祓う時に使う物や材料は何かあるの?」
アメリカのテレビドラマで超自然存在を相手に戦っている兄弟がいるが、そこでは塩や錬鉄を使って悪霊よけをしている。
浄化する場合は、悪霊の遺体を探して塩をまいて再び焼く。それがない場合は思念が宿っている物を焼いていた。
それに倣えば悪鬼退治にも何か材料が必要かもしれない。
「例えば塩とかさ」
「それは使いますよ」
――そういう情報はもっと早くだしてくれよ。
「逃げた悪鬼を祓うための塩は持っているの?」
ハッと驚いた表情をするミコトの顔は、みるみるうちに赤くなった。
肝心なことを忘れていて恥ずかしくなったのだろう。
「あの、その……実は女の子を助けるまでに塩の大半を使ってまして…、あの悪鬼を倒せるかどうかは微妙だったんです…」
少しだけ残っていた塩は、石に封印する時に使い切ってしまいました。
――うーん、どこから突っ込んだらいいのやら。やはりミコトちゃんは詰めが甘いドジっ子だ。俺だったら塩を山盛り持ってくるぞ。
「ドジっ子とは少し失礼じゃないですか?塩は高価な物ですし、多くなれば重くなります」
確かに昔は塩が高価だったかもしれない。しかし重くなるのは仕方ないことだ。
「ミコトちゃんは巫女の基礎ができてないと思うんだ」
「酷いです!祓いの術に関して私は一番上手だったのですよ!断固抗議します!」
――ヤバイ、怒らせてしまったぞ。しかし、銃があっても弾がなければ使えないのと同じで、祓い術がうまくても塩がなければ意味がない。銃は鈍器になるが、術なんて効果がなければ単なる独り言みたいなもんだ。
「確かにそうなのですけど…、はぁ…」
ミコトは深いため息をついて憂鬱な表情になる。
このままでは事が進まないので、悪鬼の情報を整理することにした。
「そもそも悪鬼ってなんなの?例えば悪霊が生物に取り憑いたとか」
「よくご存じですね。あの悪鬼は元々は蟲でして、それに悪霊が取り憑いたんです」
悪霊の元は人の魂の場合が多く、普段僕が目にする白いモヤは正常な状態らしい。
それが大きな恨みを持ってしまうと灰色に変色するそうだ。
「灰色になったモヤが集まって混ざりあうと黒くなっていき、やがて自我を持ち始めて悪鬼になります。それが生者にとり憑き乗っ取ると、人の場合は気が触れた状態となり他者を襲う場合があります」
昔の文献に、気が触れた者が村人を襲ったという話がつづられていたり、語り継がれている場合もある。
犯人は悪鬼だったのか。
「あの悪鬼は黒いモヤになってたから、宿主はもういないんだよね」
「はい、封印する時に私が宿主から引き離しました」
――これから宿主を探してとり憑くというか憑依する気かな…。
「そうだと思いますが弱ってますから、とり憑くとしても蟲か、せいぜい小動物でしょう」
あらたな宿主に憑依する前に仕留めておきたい。このあたりに狼はいないけど犬とかに憑依されたら困る。
それがペットの犬だったら、傷でもつけてしまえば器物損壊とか動物愛護法違反で捕まってしまう。
次に手持ちの道具類で祓う方法を考えることにした。塩は有効なようだが他にも何かあるはずだ。
「悪鬼が苦手なものって塩以外にあるのかな?炎とかどうだろう」
「炎ですか…。試したことはありませんが、巫女仲間の話で、たいまつの火を近づけたら逃げたと言ってる子がいましたね」
他にも巫女の仲間がいたんだな。どこかの神社で女神として祀られていたりして…。
「炎も有効化もしれないんだな」
僕はリュックの中を見て、使えそうなものを確認した。虫よけスプレー、殺虫剤、非常食、ライター、トラロープ、折り畳みスコップ、デジカメ…。
春になると虫が出てくるので虫よけスプレーは必須アイテム。デジカメは動画機能を使って重要な遺構などを撮影する時に使う。
トラロープは、急な斜面を下りる時に大活躍。廃道は同業者や林業関係者が使ったりするので、既にロープが設置されている箇所が意外と少なくない。
それを利用する場合は、こころの中でありがとうと言ってから使わせてもらっている。
「悪鬼って光は苦手かな?太陽の光とかさ」
「昼間よりは夜の方が活発に動きますね」
――デジカメのストロボも使ってみるかな。
ミコトがリックの中を覗き込んできた。
座敷童も興味あるような表情をしていたので見せてあげた。
「アキトさん、不思議な道具をお持ちなのですね」
「ミコトちゃんからすればそう見えるかもな」
ここで僕は思い出した。熱中症対策として昨年の夏に塩をリックに入れてあったことを。
中を探すと固まった状態の塩が出ててきた。
――昨年から入れっぱなしだったから仕方ないよな…。
「お塩あるじゃないですか!」
ミコトの表情が満面の笑みをなる。
僕はビニール袋に入っている固まった塩を取り出し、手のひらに置いた。
彼女は手を伸ばし取ろうとした。手に塩が触れた瞬間、少しだけ塩が動いたがすぐに透けてしまい結局手に取ることはできなかった。
「うぅ。霊力が戻らないと掴めませんね…」
「祓い清めるのは君じゃないとできないんだよね?」
「はい、特殊な術を学んだ者でなければダメです」
図書館で古い文献の研究に関する書籍を見たことがあるが、祓いの術や呪文に関しては見たことがない。
ひょっとすると、お経や祈祷などに使われる文言が該当するのかもしれないが…。
「術を使う時さ、小声でブツブツ言ってるけど、あれは何なの?お経の一部とかなのかな」
「お経などではありませんよ。小声で唱えているのは、他人にはっきりと聞かれたくないからです。下手にまねされると唱えた人がケガをしますからね」
そう言われると詳しく知りたくなってしまう。
「炎とか光を使っても、弱らせたり追い払うことはできても退治できないんだね?」
「はい」
こうなればミコトの霊力をさらに回復させるしかない。
「ミコトちゃん、僕の今残ってるHPを君が使って悪鬼を祓えないかな?」
「HP?」
「僕の生命力のことだよ」
「先ほど分けてくださったHP…が残ってますので大丈夫ですよ」
「いざという時は使ってくれていいからね」
「ありがとうございます」
作戦は、悪鬼を追い詰めてから炎や光を使って注意を引きつつ相手を弱らせる。
その隙にミコトが悪鬼を祓い清めるというシンプルなものだ。
僕はミコトに作戦について話した。
「単純ですが悪くないと思います」
少しとげのある返事だった。
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