3、悪鬼

 少し間をおいて彼女が口を開く。


「私はとても長い間、石に封印されていたのですね」

「そのようだね、僕は今でも君の存在が信じられないんだ。霊は見えるけど会話をするのは初めてだ」


 今までの探索でも、廃村や事故の多い場所では白っぽいモヤをよく目にした。

 

 村にいるタイプは、その周辺を浮遊するものが多く、事故が多い場所は自分が命を落としたことに気付いてない地縛霊的なものが多い。

 僕はイタコや祓い屋、陰陽師でもないから会話が成立したことなんて一度もない。


「そうでしたか。来る日も来る日も四季以外変わらない景色。木々にや動物に話しかけてもあまり返事がない退屈な日々から救ってくださってありがとうございます」

「えっと、君は木や動物と会話できるってこと?」


 彼女は口を開いてはいるが、実際に声を出しているわけではなく、いわゆる念話で話をしている。


「声を発するのではなく、思ったことを相手に送るという感じです。簡単な質問なら答えてくれますよ」


 植物に音楽を聞かせたり、語りかけると育ちが良くなるという話を聞いたことがある。


 ある研究者の実験で、サボテンに電極をつけ1+1は?と問いかけると電流計の針が2回振れたらしく、2+2もちゃんと答えたらしい。

 そして、サボテンにノコギリを振りかざして切ろうとすると、危険を感じたのか針が大きく振れ、優しく語りかけると針は動かなかったそうだ。


 僕は植物実験のことを彼女に話してみた。


「面白い実験をされる方がいらっしゃるのですね。私も次からは優しく語りかけてみます」

「ところで、君はこうやって僕の前に出てきたわけだけど、何かしたいことはあ……あれ?」


 ――石から何か出てきたぞ。


 彼女が封印されていた石から黒っぽいモヤが出てきた。


「悪鬼!あなたが何故ここにいるのです!清めたはずなのに…」

「誰が祓われるかよ、この瞬間をじーーーーっと待っていたんだ。お前たちの会話も聞いてたぞ。1000年だってな……」


 モヤなので表情は分からないが、声を聞く限り「1000年はとても長かったんだぞ」と言いたそうな感じだ。


「悪鬼だって?」


 ――清めたと言ってたのにな、彼女はドジっ子なのかも。 


「俺を出してくれてありがとよ兄ーちゃん。それじゃーな」

「待ちなさい!」


 彼女は何かを念じ悪鬼に対して行動を起こそうとしたのだが、それが発動する前に悪鬼は逃げ去ってしまった。

 

「ダメです。長い年月の間に私の霊力も衰えてしまったようです。石すら持てません…」


 彼女は地面に落ちている石を拾おうとして手の伸ばし触れたが、それは素通りしてしまった。


「あのさ、僕に何か出来ることはない?よければ手伝うよ」

「悪鬼退治を……手伝ってくれませんか?」


 ――これは手伝うしかないだろう。あれを放置したら大変なことになりそうだからな。


「もちろん、よろこんで手伝うよ」


 僕が手を差し出すと彼女はそれを握った。

 契約成立といったところだろうか。


 不思議だが、俺と手を握ることができた。

 霊体が電気信号の塊だとすれば、相手の実体がなくても信号をキャッチして、実際に握っていると僕の脳が判断したのだろう。


 人体には様々な電気信号が流れていて、人が亡くなると体内にあった電気信号・電流はゆっくりと大気中に放電される。

 それが時間をかけて拡散されて他の亡くなった人のものと混ざりあう。

 近くに、新たに生を受ける者がいれば、そこに入って行くのではないかと思うのだ。転生輪廻ってやつだ。

 だから子供の頃に前世の記憶ようなものが残ってる場合がある。

 

 海外の番組で実際に記憶が正しいものか検証していて、子供たちが覚えている家や場所は本当に存在していた。

 家に住んでいた人たちの家族構成や犬を飼っていたことも言っていたが、それに関しては違っていた。

 時代についても、子供が生まれるはるか昔であり、本人や母親がその場所を訪れたこともない。

 研究者は複数の記憶が混ざっていると言っていた。

 

 話が少しそれたが、彼女の場合は拡散せずにはっきりと電気信号・電流が残っているため触れているように思えるのだろう。


 それよりも悪鬼探しだ。

 

「悪鬼を探せばいいんだよね。どこに逃げたかわかるのかな?」

「はい、おそらく村があった場所に行ったのだと思います。今度こそ祓い清めます」


 彼女は得意げな表情で答えた。

 

「でも、霊力が足りないって言ってたよね」

「・・・」

「それを取り戻す方法とか知ってるのかな?」

「・・・」


 さっきとは一転して不安に満ちた表情となった。


 ――大丈夫かこの子。こんな感じだから、悪鬼を退治できなかったんだな。


 現代社会で霊力を回復できる場所ってどこなんだろうか。

 パワースポットに行くのも手かもしれないが、この子が祀られていた社跡に行けば何かあるかもしれない。

 悪鬼だってそこに向かった可能性があるのだから。


「君が祀られていた社に行ってみたいんだけどさ、場所はわかるよね?ひょっとすると力だって戻るかも知れないし、悪鬼がいる可能性もあるからね」

「そうですね、昔と地形が変わってなければ行けるかもしれません」


 とても不安な回答だった。

 明治時代の地図には、街道は通行困難区間と同様の点線で表されている場合があるので、それをたどればいいだろう。

 時間もまだ午前8時だ。古道や廃道探索の朝は早く、日の出前にスタートする場合もある。

 

「君の呼び方なんだけど、あだ名とかないの?君の名前って長いからさ」

「とくにありませんね」

若宇加能売ワカウカノメって言われてたの?」

若宇加能売命ワカウカノメミコトと呼ばれていました」


 ――命…目上の人の尊敬語だったかな。ワカって呼ぶのも変だしな…、能売命カノメかミコトだな。


「カノメとミコトならどっちがいい?」

「それは赤目さんが選んでくださいよ。私は選べません…」

「それじゃミコトって呼ぶことにする。僕のことはアキトって呼んでくれ」

「わかりましたアキトさん」


「で、どのあたりにあったんだい?社の下に新しい道が出来たって言ってたよね」

「そうです」


 彼女が社から擁壁の資材として運ばれた時、村から麓の方へ移動したらしい。

 そうなると、社はもう少し峠に近いところと思うので、まずは黒木峠方向に進むことにした。 


  ◇ ◇ ◇  


 ミコトが封印されていた擁壁は長さが約50メートルで途切れていた。

 浅い谷になっていたので、道が流れないように作ったのだろう。

 紀伊山地は降水量がとても多い場所で、対策をしておかないと道が路盤ごと流されてしまう。

 特に山の南側斜面は要注意だ。こちらは北側なので多少は少ない。


 そんな事を思って歩いていると、いきなり道が途切れていた。


 ちょうど谷にあたる部分で70年の間に道が流され大きく広がったと思われる。

 対岸までは50メートル以上ある。


「これはちょっと厳しいな…」

「昔は、こんな谷なんてありませんでした。地形の変化が激しいですね」


 ――そりゃ1000年もたてば地形だって変わるだろう。


「確かにそうですよね」

「心の中で思っても読まれちゃうだったな…」

「すいません。わざとやってるんじゃなくって、嫌でも聞こえちゃうんです」


 ――いや、君が謝ることはない。他人に話を聞かれたくない場合に便利だからね。


「問題はどうやって向こう側に渡るかなんだよ」


 谷は意外と深く足元から底まで垂直に約5メートル。谷の中心部分は8メートルくらい深くなっている。

 このまま越えるのは困難だ。ハシゴがあれば別だが探索でそんな物を持ってくる人は多くはないだろう。

 持ってくるとしても、登山で使う縄はしごくらいまでかな。

 

 直進がダメなので次に谷の下を見てみる。こちらも傾斜が60度を超えており、この装備で下りるのはとても危険。

 こうなると谷の上を目指すしかない。

 

「ミコトちゃん、僕は来た道を少し戻って斜面を登って迂回するよ。君は霊体だから向こうまで浮遊して移動できるよね?」

「その…、浮遊のしかたがよく分からないのです」

「僕に教えてくれたようにさ、鳥になって空を飛んでいるところを想像してみたら?」

「鳥のようにですか。やってみます」


 ミコトは目を閉じイメージを始めた。

 1分ほど沈黙が続いたが1センチも浮かなかった。


「ダメでした…」

「そのようだね…」


 大丈夫なのだろうかこの子、と頭の中で言おうとしたが聞かれてしまってもアレなので我慢した。


「ちょっと迂回するから、ついてきて」


 僕たちは少し戻ってから斜面を登り迂回することにした。

 廃道ではこういった事によく遭遇する。


 迂回を強いられるケースは、僕が経験したものだと次のパターンがある。

 ・ここのように道が路盤ごと流され深い谷になっている。

 ・土砂崩れによる大量の瓦礫が道を埋めている。

 ・川沿いに多いのは、川の浸食で路盤が流される。

 ・崖の場合は、岩の風化や地震などで道が路盤ごと崩れ落ちる。


 最後の場合は、本格的な登山の装備が必要になるので、引き返して反対側から探索することになる。

 

 斜面を15メートルほど登ると迂回できそうな場所が見えてきた。

 ここまで来ると谷の幅も深さも先ほどの半分程度なので、難なく超えることができた。

 そこから少し斜面を下ると元の道に復帰である。


 迂回というのはロスタイムがつきもので、この谷だけで20分ロスしている。


「意外と大変でしたね」

「えっと、霊体でも疲れるのかな?」

「よくわからないのです。ひょっとするとアキトさんの疲れが伝わっているのかも?」


 ――僕の疲れが伝わるってどいうことなんだ?さっき手を交わした時にリンクでもされたのだろうか。


「リンクってなんですか?」

「平安時代にリンクって言葉はないもんな」

「平安時代?」


 ――そこからか!確かに各時代の名称って後世の歴史家がつけたものかもしれないな。


 今の時代も、数百年したらxxx時代って言われる日が来るかも。

 僕はリンクや平安時代について歩きながら教えてあげた。


「時代が変わると言葉も変わるものなんですね」

「でもミコトちゃん、話し方が現代風だよね。平安時代のイメージだとさ清少納言の枕草子に星はすばる。ひこぼし。ゆふづづ。よばひぼしすこしをかし。って文言があるんだけど、そこに書いてるような話し方じゃないの?」

「なんですかそれ?確かに発音が若干違う感じがしますが、日常の会話はそんな難しいものじゃありませんよ」


 ミコトによると、文章にした場合は難解な表現があったそうだ。


「そもそも清少納言って誰ですか?」


 聞かれてもすぐに答えられなかったのでスマホで調べてみた。

 康保3年頃(966年頃)~とあった。ミコトちゃんが封印された後に生まれてるんだな。知っているはずがない。

 

 雑談しているうちに結構な距離を歩いた気がする。


「ミコトちゃん、結構歩いたけど何か手掛かりはないかな?」

「やはり地形が変わってるのだと思います。ただ、さっき通過した赤松の古木は、運ばれる時に見たような気がします」

「そういう大事なことは先に言ってね!」


 僕は明治時代と現在の地図を広げ場所の確認をする。等高線に関しては昔からさほど変わっていないので、新たに測量は行っていないのだろう。

 本当はこれだけ地形が変わってるので再計測すべきだが、予算の都合ってものもあるのだろうな。


 さっき見た赤松は、尾根筋のようなところに生えていた。

 現在の地図も見比べてみたが、眼下に旧道など人工的な構造物が見えないので判然としない。

 勘を頼りに進むなら、ここから100メートルほど戻った地点に街道の分岐点があるはずだ。


 大正時代に作られた道は黒木峠という人工的に作った場所を通過しているが、街道は黒木辻という他の街道と交差している場所を通っている。


 僕たちは街道を探すため山の斜面を登ることにした。

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