初めての修行

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初めての修行

 最果ての地、その山の頂上を目指して、ミネルバは登る。 

 頂上にいる武神仙人と呼ばれし老人。その人にミネルバは用がある。 


 ミネルバは二十歳にも満たない女の子でありながら、戦いの達人であった。世界中の武術大会に出れば必ず優勝。道場破りで奪った看板は四桁以上。 

 誰しもが彼女の強さを褒め称えた。 


 だがその全員が口を揃えて、こう言った。


『確かにミネルバは強い。でも武神仙人には勝てないだろうな』 


 そう言われて別にミネルバは怒りはしなかったが、興味は湧いた。その仙人に。 


 そして人々の噂を頼りに、武神仙人のもとへ目指した。 

 険しい山々渓谷を超え、ついにミネルバは仙人の住む山小屋にたどり着いた。 


 そこにいたのは曲がった腰で薪を割る老人。ミネルバはその人に話しかけた。


「あなたが武神仙人か?」

「そう呼ぶ者は多いのぉ。本名は違うがな」

「私はミネルバ。あなたの噂を聞いてここに来ました。是非、私と手合わせ願いたい」

「ミネルバ、か。わしもお主の噂は聞いておるよ。『最強の女の子』『メダルハンター』『道場破りの鬼』『実は男なんじゃね?』とかの」 


 最後のは余計だと思い、仙人を睨むミネルバ。


「おっと、すまんすまん。えーっと、わしと戦いたいんじゃったな。良かろう。少し待っておくれ」 


 そう言うとポケットから何かを取り出す仙人。 それは四つのマジックペン。赤、青、緑、黒。四色の極太のペンだった。 

 武神仙人はそれらのキャップを外し、右手左手右足左足の指に挟んだ。


「なんだそれは?」

「予防じゃよ。お主を殺さないようにするためのな」 


 ミネルバは老人の言っている意味が分からなかった。マジックペンが自分の命とどう結びつくのか、理解できなかった。


「まあ、気になさるな。では始めるぞ」 


 仙人の言葉を聞くと、戦闘態勢に入った。 


 いや、入ろうとした。 

 入ろうとしたら、老人の姿が消えたのだ。


「ほい、わしの勝ちじゃ」 


 ミネルバの背後から声がする。振り向くと、そこに仙人がいた。


「いつの間に……」

「ほっほっほ。マヌケな顔じゃの」

「なんだと!」

「怒る前に自分の顔を見てみるがよい」 


 どこから取り出したのか、武神仙人は手鏡をミネルバに投げ渡す。 

 ミネルバは鏡に写った自身の顔を見た。 そこにはらくがきされた顔が、赤青緑黒の渦巻きマークが書かれた自分の顔があった。 


 彼女は驚愕した。 

 まったく見えなかったのだ。仙人が移動したことにも、らくがきされたことにも気付けなかったのだ。


「勝負はわしの勝ちじゃ。すぐ山を降りなさい」

「そんな、そんなはずは……ない!」 


 勝負の行方は目に見えていた。 

 しかしミネルバは諦めなかった。背中を見せた仙人を殴ろうとする。 

 だが、その拳は止められた、仙人の右手人差し指と中指によって。


「うむ、噂どおりの強さじゃ。わしに中指まで出させるとはの」

「くっ!!」

「それじゃあ、今度はわしの番じゃ」 


 そう言うと、武神は開いている左手でミネルバの額に軽くデコピンをした。 

 瞬間、ミネルバの身体が後方に吹っ飛ぶ。 

 その勢いは、彼女の身体が山小屋に衝突するまで止まらなかった。


「まだやるかね?」 


 さきほどまで山小屋だった瓦礫から出てきた、ミネルバは首を横に振る。 

 そして彼女は仙人に向かって土下座をした。


「頼む私に稽古をつけてくれ! 私はあなたのように強くなりたい!!」

「……稽古なら、もうつけたぞい」

「え?」 


 ミネルバは顔を上げる。


「ミネルバ。稀に見る天才じゃよ、お主は。きっと今まで負けたことがないんじゃろうな。……そのせいで、修行を怠ったようじゃがな」

「そんなことはない! 私は毎日身体を鍛える修行をしている!!」

「頭では修行した気になっている。だが身体は、細胞は違う。敗北を知らない、天才であるお主の細胞は、こう思っているはずじゃ。『自分は最強だ。これ以上しても無意味だと』な」 


 ミネルバは自分の身体を見る。そんなことを考えていたのだろうか、自分の身体は。


「じゃが、お主の細胞は、わしという上の存在を知った。もう普通に修行しても、お主は更なる強さを得るじゃろう。……じゃがもっと強くなりたいというのであれば、弟子入りを認めよう」

「は、はい! お願いします師匠!!」

「うむ、ミネルバよ、お主を正式な弟子として認める。……では次の修行じゃ。次の修行は……」 


 少し間を置いて、師匠は言い放った。


「一緒に山小屋を直すぞ!」

「はい師匠!!」

「急げ! この山の夜は寒い! 小屋がないと凍えてしまうぞい!!」

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