ポアチャとチュルブル
kaku
ポアチャとチュルブル
お昼ご飯は、ポアチャが食べたいと思った。
だから、朝起きた時に種だけ作って、成型して後は焼くだけで大丈夫なようにしておいた。
『ポアチャって何?』
朝、その支度をしていると、夫はそう言って私に聞いて来た。
『トルコ式のスコーンよ。牛乳の代わりに、ヨーグルトを入れるの』
『へえ、楽しみだな』
その夫の休憩時間は十二時半からだから、後二十分ぐらいで帰ってくる。
私達の職場は、それぞれ私が車で五分、夫がこれまた車で三分の距離だった。
だから、自宅に戻って昼ご飯を食べることにしている。こちらの方が外食するより節約になるし、いろいろと気を使わないですむ。
たいていは朝とか前の晩に電子レンジでチン!するだけで食べられるようにしているけれど、私はどうしても今日はポアチャとチュルブルが食べたかった。
ちなみに、チュルブルというのは、トルコ式のポーチドエッグだ。
甘くないヨーグルトに潰したにんにくを混ぜて、それをポーチドエッグにした卵にかけて食べる。
私は、帰ってすぐに台所に直行すると、オーブンレンジの予熱を始めた。
私の休憩時間は一時間。夫も一時間。
少しの無駄も許されない。
百七十度で十七分。
それが、ポアチャを焼く時の温度と時間だ。
こういう時、オーブンレンジにも予約タイマーというものがあればいいのに、と思う。
だが、そんなことを考えているのももったいないので、すぐに鍋にお湯をポットから注いで、火にかけた。
その間に、冷蔵庫から成型したポアチャと卵、そしてヨーグルトとにんにくチューブを出す。
それらを流しの上に置くと、調味料をしまっている棚から、塩を入れたケースを出して、塩を鍋に入れた。
そうしたら、すぐにお湯が沸いてくる。
私は、そこに卵を二個割り入れた。
普通の目玉焼きとは違って、割り入れた形そのままに水に浮いているから、何か見ていると不思議な気がしてくる。
だが、その時オーブンレンジの予熱が終わったと、ピピッと知らせる音がした。
私は急いで成型したポアチャを入れて、「開始」のボタンを押す。
それから、ヨーグルトを計量カップで計って、小さなボールへと移し、そこにチューブのにんにくを、小さじ二杯入れて混ぜる。
このにんにくとヨーグルトという組み合わせは、日本人からしたら「はい?」と思える感覚ものなのだが、そもそも、トルコのヨーグルトは甘くない。
だから、かなりいける組み合わせなのだが、日本の料理では、あまりない味だ。
だけど、私はこのにんにくとヨーグルトという組み合わせが好きである。
夫はどうなのかは、わからない。
このトルコ料理を夫に出すのは、初めてだからだ。
まあ、でもたいがいの物は食べてくれるから、大丈夫だろう。気に入ってくれるかどうかは、別として。
そんなことを考えているうちに、鍋が吹き出してきたので、ガスの火を弱めた。ついでに下の収納扉を開けて、フライパンとオリーブオイルを出す。
フライパンを鍋の隣のコンロに置くと、私は火を付けた。
そうして、オリーブオイル大さじ二杯分、フライパンに入れる。
しばらくすると、フライパンのオリーブオイルから熱が出始めたので、火を止めて、隣の鍋を覗き込む。
見ると、ちょうど熱湯の中に卵が程よい固さになって浮いていた。
それをあみじゃくしですくって、深めの皿に入れる。
その上ににんにくを混ぜたヨーグルトをかけて、塩こしょうをふり、オリーブオイルを散らした。
盛り付けた二つのお皿をテーブルに置くと、私は、今度は洗い物を始めた。
少しでも洗い物を減らしておくと、会社から帰って来た時によけいな手間をかけないですむ。洗い物をやっていると、ちょうど、
「ただいま」
と、夫が玄関からそう言って入って来た。
それと同時に、ピピッと、ポアチャが焼きあがった音がした。
「お帰りなさい」
私は、オーブンレンジからポアチャを出しながら言った。
「お、良いにおいだなあ」
夫が台所に入って来て、私が持つポアチャを見て目を細めた。
「おいしそうじゃないか」
「焼きたてが一番おいしいらしいわ」
「んじゃ、すぐに手を洗ってくるわ」
夫はそう言うと、洗面所の方に急ぎ足で出て行く。
私は焼きたてのポアチャを大きめの皿に盛り付けると、二個のコーヒーカップにインスタントのコーヒーを入れて、お湯を注いだ。
それを夫の席の前に置いていると、夫がバタバタと急ぎ足で戻って来た。
「急がなくていいのに」
私がそれを見て笑うと、
「何言っている。お前は後十五分で出なきゃいけないだろ。どれどれ、初のトルコ料理、堪能させてもらいますかね」
夫は、パシン!と両手を合わせて、「いただきます」と言うと、まずはチュルブルを食べ始めた。
「お、けっこういけるぞ、これ」
「あ、良かった。日本にはない組み合わせだから、苦手かもと思った」
私達はそんな他愛のないことを話しながら、ポアチャとチュルブルを食べた。
そうして、私はテーブルの上に置いたスマホをちらっと見た。
もうすぐ、会社に戻らないといけない時間だ。
「なあ、真希(まき)。無理しなくてもいいんだぞ」
そんな私に、ふいに夫はそう言った。
「貴史(たかふみ)」
「お前が凝っている料理を作る時って、大概ストレス溜まっている時だからな。今の仕事きついんなら、辞めたっていいんだぞ」
その言葉に、私は小さく笑った。
確かに、今の仕事はきつかった。
はっきり言って、辞めたいと思っている。けれど。
「うん。ありがとう」
夫がこうやって労わってくれて、今はそれで元気が出るから。
まだ、大丈夫だと思うのだ。
「貴史からパワーもらったから、お昼からも頑張れそうだよ」
「何だ、それ。まあ、無理するなよ」
「貴史もね」
私達は、そう言って笑いあった。
そうこうしているうちに、タイムリミットが来てしまった。
「それじゃあ、私行くね。後はお願い」
お昼御飯の後片付けは、夫がいつもしてくれるのだ。
「おう。今度は夕食の時な。夕飯は、肉物で頼む」
「了解。それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。頑張ってこいっ」
夫の声援を背中に受けて、私は午後の仕事へと向かうのだった。
ポアチャとチュルブル kaku @KAYA
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