CASE1 -「happy」-
いつも同じ時間に起床し、いつも同じ時間に放送をはじめ、いつも同じ内容をカメラに向かって話して、いつも同じ時間に『
ルーティンワークにも近い“役目”も、三十年近くやっていれば自然と身についてパパッとこなせてしまうようなもの。
……私の放送が不幸なものだとしても、それでも私は放送し続ける。それが、私の“役目”だから。
今日は少しだけ、ほんの少しだけ時間を空けて【図書館】にでも行ってみようかな。
……うん、ほんのちょっとだけ。別に、“役目”を放棄するわけじゃない。
たまには、ルーティンワークもおやすみしましょ、それも含めての私だから。
家に帰ろうとする足を動かして──動かすのは空中移動機だけど──【図書館】の方へ行く。
数分後、ふわりとした浮遊感とともに、地面すれすれまで移動機が降りたのを確認して自動ハッチが開く。
出入り口近くの手すりに掴まりながら降りると、目の前には旧時代──千九〇〇年代の遺物、レンガ建ての大きな建物がそびえ立っている。
ヒールをカツリカツリと鳴らしつつ、大きな両開きのドアを叩く。
「『
少々の後、ギイとなきながら扉が開く。
室内は薄暗く、照明の一つも灯っていない。足元にはビロードの長い深い赤色のカーペットが奥の部屋の方まで続いている。
ここにあるのは天井にあるガラス製のシャンデリアと左のほうにある二階へと続く螺旋階段と右の方にぽつんと置かれた豪奢な飾りのついた椅子のみ。
と、いうか……居るべき者の気配がない。否、消して居るのだろう。だが、これでは館の主を見つけることができない。
今日はここに来ることもだが、彼に会うことも用事の一つに数えていたし、自分で本を探すのも大変。彼の力を使って楽に資料探ししようと思ったのに。
……ここでうだうだして、ただ待つだけでは仕方がない、力を使いましょう。
〈
「〈
ぽん、という間抜けな音と共に目の前に白の王冠を被った小さな王の格好をした少年が現れる。
少年はそれを聞くと、部屋の奥へと進んで行く。
ふうと息を吐き、椅子の方へ歩く。ここに椅子を置いたのはいつだったかしらと考えてみるが、どうも思い当たらない。私以外の者がここにこんな物を置くとは考え難いのだけれど。
まぁ、借りさせていただくとしましょ。
そしてそのまま待って居ると、式が奥の方から戻って来るのが見えた。
「私の〈式〉、『叡智』は見つかったかしら」
《
──
満足な出来ね、流石私の〈式〉。
応えを聞くとすぐに立ち上がり、奥へ向かって進む。
……しばらく道なりに進んで行くと、突き当たりに出る。これは突き当たりというか行き止まりが正しいかしら。
後ろの方でふよふよ飛んで付いて来る〈式〉に、ここも進むのか聞いてみると、肯と返ってくる。どうしたものかしらね、壊してみるかしらぶつぶつ言うと、〈式〉が少し呆れたように言う。
《
主様 が 壊す と この館 は 壊滅 して しまいます》
そっと手を突き刺してみて下さいましと困ったように笑う〈式〉の言う通りにしてみると、壁を這うはずの私の指がすっと入っていくのが分かる。
光彩の波紋が起きて、壁の模様が歪んでいる。
「これは、
「それは人の読書時間を潰して欲しくないからだよ」
疑問を〈式〉に投げかけたはずが、壁の方から答えが返ってきて少しだけびっくりする。
誰、なんて問いは出てこなくて。何でかって言ったら、びっくりして数秒経った後、声の人物が誰なのかに気づいたから。
スッと片手だけじゃなく、身体全体を滑り込ませる。
目の前に広がっていたのは、予想していたものと全く同じもの。
「自室をここに移したのは知らなかったわ、『叡智』」
「最近は君もなかなか来ないからね、まぁ良いかと思って」
「全く良くないわ。せめて事後でも良いから教えるべきかしらね」
そう責めるように言うとごめんよと言って彼は朗らかに笑った。
そして、私の〈式〉に向かって、こんな主人に仕えていては疲れるだろうと笑いながら言った。
失礼ねと言いながら彼の足を踏んでやると、冗談だってば、と焦る。
……良いな、こんな日があっても。
少し感傷に浸って居ると、『叡智』が先ほどより真面目な顔で話しかけて来る。
「それで? 『
──だって、僕ちゃんとドア開けたでしょ? と付け加える。
「いや、えと、そのぉ……。資料探し出すのを手伝って欲しいなぁって、思って、それで……」
「やっぱり。そうだと思った。もう少し、君は自分で労働するべきだね」
視線を合わせずに途切れ途切れにそう言うと慣れているとでも言うように付いておいでと促されて来た道を戻り、ロビーの方まで行って螺旋階段を登る。
螺旋階段を登り終えると大量の本棚が並んでいる場所に出る。
……やっぱりこれ見ると探そうっていう気が失せると思うわ。
「それで、どんな資料を探すのかな?」
「二千〇〇年代の資料かしらね。『
「……何に使うのかは聞かないでおこうかな。うん、分かった、任せといて」
〈
「やっぱり貴方の言はよく分かりませんわね」
「……もう調べないで良い?」
「いえ、何でもありませんわ、やっぱり科学の進歩は素晴らしいと思ったの。……続けて下さるかしら」
「ああ、そう。……どこが分かり難いんだか」
そのあともぶつぶつと恨み言を出し続ける『叡智』を無視して急かす。
少しの間、彼は瞑目していたが、目を開けた瞬間歩き出した。
嗚呼、見つかったなと思い、後ろに付いて歩く。
そして、一番端の方の本棚の手前で止まる。ここはどこの本棚よりも高く、見る者に違和感を与えているような気がする。
「ここ、だね。右から四番目、上から五段目だ──僕が取ろうか?」
「お願いするわ」
取ってもらった資料は本のような状態になっていて、分厚い。
「……ここで読むかな?」
「ここで読むわ。貴方はどうするかしら?」
「──君一人置いてちゃ、何されるか分かったものではないからね、隣に居ましょう」
ふざけた応えを返す彼に、あらそう、とだけ返して資料を読み進める。
……読めば読むほど胸糞が悪くなると有名って『
これは、神秘で、それで──祝福かしら。
これは、神様から私たちへの祝福だわ。死ねないって『
他の人類が神罰によって殺された後、私たちは生きて行ける……。
「……ル? ねぇ『
「ねぇ、『
「ケ、テル……? 何言って……?」
「私は! 嬉しかったわ! あの子たちが『
「ッケテル!」
「あれ、何で私、泣いてるのかしら──」
ふいに頰が濡れた。
何なのか分からなくて、手を伸ばしたらそこには透明な雫があって。
それで分かった。
私、嬉し泣きしてるのね、って。
「ケテル、落ち着いて、ね、『無』と『知識』に会いに行って来たらどうだい、この資料は君の部屋に送っておこう」
嬉しいの、私はとても嬉しいわ。
コクマーの声を置いて私は【図書館】を飛び出した。
私、アインとダアトに会いに行かないといけない。急がなきゃ、あの子たち、私の可愛い、大事な、大事な──
──妹たち、逢いに行くわ。
〔『
Teardrop -「 」- 青日 @buleday
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