Teardrop -「  」-

青日

CASE0 -「introduction」-


「誠に残念なことですが、世界の総人口が二十五人をきりました」


「亡くなられたのは、二千〇〇年の最後の一人で──」



 毎日毎日、そんなことばかり。

 テレビに毎日出演しないといけなくなってしまった人がいて、ラジオで毎日話し続けないといけない人がいる。

 この世は人口が少ないから言葉も同じで、一人一人に“”が割り振られていて。

 人間はいないけど、不便じゃない。だって、ロボットがいるから。人工知能がいるから。


 それに、誰々が亡くなったなんて、別にどうでもいい。

 今この世界に生きているのは二十四名。


 なぜこんなに人口が少なくなってしまったのかなんて、みんなが知ってることで、なぜ人口が増えなくなってしまったのかもみんなが知ってることで。


 先の大戦──数えている人なんてもういないだろう──で、人類は世界を壊しすぎたんだよ。

 何十万人がただ一人偉い人がただ一つボタンを押しただけで爆弾を落とされ、核で汚染され、住むところを追われ、食べ物を奪われ、その儚い生命いのちを落としただろう。

 何百万人が、食糧難で貧民となったことだろう。

 何千万人が、己が生き残る為に新たな争いを生み出しただろう。

 そして、


 ──何億人が、涙を流しただろう。


 大戦は終わった。

 人口が激減して、争う力も無く、その発端となった人物たちも死んだから。


 でも、一度壊された世界は元通りにはならない。


 核で被爆してしまった人類は、次世代を生み出すことができなくなってしまった。

 その代わりに、極稀にこの死んだ世界に産まれた何人かは何年でも、何十年でも、何百年でも生きられるようになった。

 ──そう、擬似的な不死状態になった。

 じわりじわりと年はとるのに、天寿を全うするまで死ねない。いくら喉を突いても毒を呷っても、心臓を刺しても。

 遠い昔に老医師は一種の病気では無いかと語った。もうその老医師も死んでしまったけれども。


 これは、罰なんだと誰かが言った。

 その人ももう死んでしまったけれど。

 世界を壊しすぎた人類に罰を与える為に神は死なない──死ねない人類を創ったのだと。

 それは、おかしいんじゃないかと私は思う。

 なぜ、神は関与せかいをこわしていない私たちにそんな罪を着せ、罰しようというのか。

 どうして──どうして、大人たちでは無く、私たちなのか?

 悪いことをしたのは、大人たちなのに。


 この世界を壊したのは誰だ?

 この世界を壊したのは、大人たちだ。未来のことなんて考えずに核なんて馬鹿みたいな武器を造ってドカドカとそこら辺に落としてくれた大人たちだ。

 この境遇を一番悲しんでるのは誰だ?

 この境遇を一番悲しんでるのは、大人たちだ。自分たちで決めた未来のくせに、その未来になってみれば「たられば」ばっかり言っている。

 この世界を一番憐れんでいるのは誰だ?

 この世界を一番憐れんでいるのは、大人たちだ。自分たちが壊して崩して荒らした挙句に上から憐れんでいる。


 私たちは、天寿を全うするまで死ねないから、核なんて別に関係ないし、あっても無くても変わらない。だから、どこにでも住めるし、何でも食べることができる。

 もしかしたら、この世界から酸素が消えて無くなったとしても私たちには関係ないかもしれない。窒息死なんて私たちには無いから。

 私たちは子供なんて産めないから、未来のことなんて考えられない。


 今日死んだのは誰だったかな。

 確か、二千〇〇年の最後の一人って言ってた気がするから老医師の言う病気に罹ってない人だったかな。


 これで世界はめでたく病気に罹った人類だけが残ったと。

 “役目”は全部で二十四あって、総人口は二十四人。まだ“役目”は一つも消えてないから、この世界は動き続けるはず。

 テレビに毎日出演しないといけない『王冠ケテル』は知り合いで、ラジオで毎日話し続けないといけない『双魚ピスケス』は幼馴染みと、この二十四名とは切っても切れない縁を持っているのがこの世界での常識で、状況。


 悲しいのか、嬉しいのか分からない。

 でも、自分たちにこんな理不尽な運命が訪れたのにはいきどおっているのかもしれない。



 感情が無い。

 と、言われることがあるけれど、その意味すら私には分からない。

 全てを客観的に見ることはできても、主観的に見ることはできないから、私はそんなふうに言われるのかもしれない──とまた客観的に見てみる。


 私には分からないみたいだ、私のことが。

 私には分からないみたいだ、0である『アイン』が。


 ──だから今、頰を伝う teardrop がなぜ流されたのかも、分からない。

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