瑞人くんのご利益

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第01話:瑞人くんのご利益

 好きな女の子に告白する時に他人ひとに付き添ってもらうのって、いったいどんな気持ちなんだろう? 僕はそう思っているけれど実際に口に出したことはない。

 高校の校舎裏。放課後。今日、僕が付き添っているのは名前も知らない同級生の男で、見るからに気弱そうという印象だった。対して告白の相手は勝ち気でキツそうな女の子で、明らかに不機嫌そうだ。


「こんなとこに呼び出して何か用?」

「……あの、……その」

「人を呼び出しといて何その態度? 言いたいことがあるならハッキリと言いなさいよ! あー、告白とかめてね。私、アンタみたいなタイプが1番嫌いなの」

「……えっと、俺と付き合ってください」

「……はァ? アンタ、私の言うこと聞いてた? アンタみたいな冴えない男に告白されたってキモいだけ……って、あ、あれ? ウソ……、なんかスゴい嬉しいんだけど!? もちろんOK! 今から私たち恋人だね!」


 僕の目の前で新たなカップルが誕生した。彼氏の方が照れ臭そうに笑う。


結城ゆうきくん、ありがとう! きみのお陰だよ!」


 お役にたてたみたいで、どーも。すでに僕のことなど気にする様子もなくイチャつき始めた2人を横目に、僕は学校を後にする。


 僕は愛の告白によく付き添っているけれど、好き好んで付き添っている訳ではない。僕に付き添ってほしいという依頼が後を絶たないのだ。理由は判ってる。あのうわさのせいだ。


 ――結城ゆうき瑞人みずとが付き添うと愛の告白は100%成功する。そして2人は絶対に別れない。


 噂話の通り、僕が過去99回にもわたって付き添った愛の告白は、ひとつの例外もなく全てカップルが成立していた。そして、これまた1組の例外もなく破局せずに円満で幸せ……らしい。では片付けられない成功率。みんなが僕に頼りたくなる気持ちも解る。出来ることなら僕だって……。


「よっ。いま帰り?」


 そう言って僕の肩を叩いたのはルリだった。照島てるしま瑠璃佳るりか。僕の幼なじみ。

 軽い挨拶を僕が返すと、ルリは肩を並べて歩き始めた。程なくして、ルリはお菓子の箱を僕に差し出しながら「ん?」と首をかしげる。お菓子を食べるか聞いているのだろう。


「うん」


 僕はお菓子の箱からチョコレートスティックを1本だけ取り出すと口へと運ぶ。……苦い。ビターチョコなのか、これ。ルリに非難の目を向けると、彼女は意地悪そうな目で僕を見つめながら楽しそうに笑っていた。

 回り道をしてルリを家まで送り届けると、僕は自宅の方向へと足を向ける。途中でふと振り返ると、すでに遠く離れたルリの家の前で彼女が小さく手を振っている。僕は笑って手を振り返してから交差点を曲がった。



 ☆ ☆ ☆



「なぁ、お前。照島と付き合ってんの?」


 昼休み。ぶっきらぼうに質問をぶつけてきたのは……たしかたちばなとかいう名前の男だ。


「ルリ……照島とは付き合ってないよ」

「だよな。お前じゃ釣り合わねえもんな」


 その物言いにカチンと来るが、僕が言い返す前に橘が畳み掛けて言葉を発する。


「なぁ、照島にこくるから付き添ってくれよ」


 ……は? コイツがルリに告白する?


「……嫌だ」

「あぁ? なんでだよ?」


 怒気が橘の声に混じる。短気な奴らしい。

 僕が橘の力にならない理由は単純だ。こいつはルリに相応しくない。僕は誰彼だれかれかまわず告白に付き添う訳じゃない。告白される相手の気持ちだって考慮するし、相手を大事にできる奴じゃなければ力は貸さない。……なんて正直に言っても火に油を注ぐだけだから話をはぐらかすことにした。


「相手が照島なんじゃ、僕が告白に付き添ったって役にたたないよ」

「あ? どーいう意味だそりゃ?」

「僕が照島に告白した奴がいるけどバッサリと見事にフラれたよ。照島が相手なら僕なんて何の役にもたたないよ」

「フラれたの誰だよ? 聞いたことねぇぞ」


 そりゃ、そうだろう。ルリと僕しか知らない。ルリに告白してフラれたのは僕なのだ。

 僕の初恋が玉砕したのは、僕が6歳の時。ありったけの勇気と想いを込めて伝えた気持ちに、ルリはこう答えた。


 ――大きくなっても私のことを好きだったら、恋人にしてあげる。


 それは遠回しな拒否だった。先延ばしにすることで回答自体を有耶無耶うやむやにしたのだ。直接的な言葉でフラなかったのはルリの優しさなのかもしれない。けれど、それで事実が変わる訳じゃない。間違いなく僕はルリにフラれたのだ。

 橘に僕の失恋話をしてやるつもりはない。僕は適当に橘をあしらうと話を切り上げた。橘は納得していない様子だったけれど、再び訪ねてくる様なこともなく放課後を迎えた。


 校門を出たところで、何処からか現れたルリが僕と肩を並べる。


「よっ。一緒に帰ろ」


 そう言ってルリはお菓子の箱を差し出す。


「ん?」

「……ビターチョコならいらないよ」

「大丈夫だって。今日のは普通のだよ」


 ビターじゃないならと思い、僕はお菓子を口へ運ぶ。……またビターチョコじゃないか! 僕は今日もルリに非難の目を向ける。すると、彼女は今日も意地悪そうな目で僕を見つめながら楽しそうに笑っていた。そんなルリ見て、ふと昼休みのことを思い出す。


「……ところで、ルリは橘って知ってる?」

「橘って、サッカー部の橘くんのこと?」

「うん、たぶん。アイツってどんな奴?」

「う~ん……、そうだな~。……うん、格好良いと思うよ。優しいし、人気あるしね」

「……そっか。ありがと。参考になるよ」


 ……そっか。ルリはそう思っているのか。



 ☆ ☆ ☆



「スマン、俺の告白に付き合ってくれ!」


 僕が登校すると早々に岩舘いわだてが土下座をして頼み込んできた。僕は慌てて岩舘をひっぱり起こそうとするけれど、柔道部で鍛えあげられた岩舘の体は微動だにしなかった。

 ――判ったから土下座は止めてくれ。口まで出かかったその言葉を僕は飲み込んだ。その前に確認しないといけないことがある。


「告白の相手は誰?」

「……6組の初杜はつもりさんだ」


 岩舘の回答にホッと胸を撫で下ろす。


「判ったよ。だから土下座は止めてくれ」


 そう伝えると岩舘は飛び起きて僕に抱きついた。「おぉ、友よ。恩にきるぜ」と言いながら万力のように強い力で僕を抱き締めつづける岩舘に、思わず笑いが漏れてしまう。彼みたいな屈強な男でもひとりで告白するのは心細いんだな、と思った。

 とにかく、今回の告白の依頼は特に問題がなさそうで安心する。岩舘は良い奴そうだし、噂じゃ初杜は岩舘に気があるって話だし、何より僕は初杜の告白には立ち会ったことがない。

 僕の目の前で告白した恋人は噂通りらしい。絶対に別れない相手に、第三者がを行ったらどうなるか? 知人の協力を得て実験したことがある。答えは単純。絶対に別れないという事実が優先されて告白は失敗してしまう。だから、すでに他の奴が僕の目の前で初杜に告白してしまっているとお手上げなのだけれど今回はその心配もない。


 岩舘が告白するのは放課後。約束の時間まで待ってから岩舘と僕は初杜の待つ校舎裏へと向かった。もう初杜は来ているのかな? そんなことを考えながら校舎の角を曲がる。そこに待っていたのは、橘とルリだった。

 騙された! そう気づいたときには僕の体は岩舘に羽交い締めにされていた。


「……えっと、これってどういう状況?」


 まだ状況が理解できていないルリを尻目に橘がニヤリと笑う。


「遅かったな。待ちくたびれたぜ。それじゃ、とっとと終わらせようぜ」


 危険を察したルリが咄嗟に橘から離れようとするが、橘に腕を捕まれてしまう。その光景を見て、一気に頭へと血がのぼる。


「ルリから手を放せ!」

「放す訳ねぇだろ、バカかよ!?」


 橘は下卑た笑いを浮かべた顔をルリへ近づける。告白するつもりなのか!? 告白されたらそこで終わりだ! ルリがこんなクソ野郎の恋人になってしまうのだけは絶対に避けないと! 身動きのできない今の僕に何ができる? 考えろ! 考えろ! 考えろ!

 やがて僕はたったひとつの方法に辿りつく。この方法が成功するか失敗するかは判らない。でも、この方法なら成功しても失敗しても橘のことを止められる可能性が高い!


「――ルリっ!」


 僕は力の限り大声で叫ぶ。


「僕は、ずっとずっと、ルリのことが――」


 そこまで口にしたところで、僕の言葉は物理的に遮られた。橘が僕の口元を手のひらで覆い、ギリギリと締めつける。


「結城のくせに俺の邪魔してんじゃねぇよ」


 僕はなりふり構わず言葉を続けようとするが、どうしても声を出せなかった。いつの間にか岩舘の腕が僕の喉を圧迫していて呼吸すらままならない。それでも僕は、いま、ルリに告白しなくちゃいけないんだ! 僕の告白が失敗してフラれるなら、それでも良い。僕の前で告白したってルリが相手じゃ上手くいかないって橘に思わせれば僕の勝ちだ。それにもしも僕の告白が成功したなら、あの噂通り、僕とルリは絶対に別れない。そうなれば例え橘が後から告白しようと決して成功しない。それが僕の考え出した、この場を切り抜けるための方法。だから、僕は絶対にルリに告白しなくちゃいけない。橘よりも前に――。


「――なぁ、照島。俺と付き合えよ」


 橘の言葉が辺りに響いた。橘が、僕の目の前で、ルリに告白してしまった……。


「……なに言ってるの? もちろんイヤ!」


 ルリは橘の告白を力強く断る。……でも、駄目なんだ。僕の目の前で告白を断った奴なんて何人もいる。だけど、そいつらも次の瞬間には手のひらを返したように告白を受け入れた。そのことは橘も知っているようで、余裕のある様子でニヤニヤと笑っている。


「はいはい、そーかよ。……いつまでその態度を続けられるかな? ははははははっ」


 橘がゲスなセリフを吐き出しきる前に、端から見て判るくらいにルリの様子が変わる。

 駄目だ! 駄目だ、ルリっ!

 僕の願いも虚しく、ルリは橘へスッと半身を近づける。そして、その勢いのまま橘の頬へ全力でビンタを叩き込んだ。勢い良く転倒した橘を見下ろしながらルリが怒鳴る。


「イヤだって言ってるでしょ! アンタなんかとは絶対に付き合わない!」


 ……は? 呆気にとられたのは僕だけじゃない。橘や岩舘も微動だにせずに固まっている。やがて橘が弱々しく言葉を発する。


「……何でだよ? 俺、結城の前で告白したんだぞ? フラれるはずないのに何で?」


 橘が情けない視線を僕へと向ける。けれど、僕に聞かれたって――。


「――判んないよ、そんなの」


 理由は判らないけど、ルリは橘の恋人にならなかった。良かった……。

 倒れこんだまま狼狽うろたえている橘が、なかば救いを求めるようにルリを見上げる。


「……そうか、判った。照島には彼氏がいるんだろ? ははっ、そうに違いない。そうじゃなきゃ俺の告白を断るなんてこと……」

「私に彼氏はいないよ」


 そうハッキリと言いきったルリは、少しだけ気恥ずかしそうに言葉を続けた。


「……まぁ、でも、彼氏はいるかもね」



 ☆ ☆ ☆



 一難去ってまた一難。彼氏ってどういう意味かな? やっぱり好きな人って意味かな? そんなことを考えていると、ふいに目の前にお菓子の箱が差し出された。


「ん?」


 隣には首を傾げたルリ。気づけばいつもの通学路。考えにふけっている間に、こんなところまで来ていたらしい。


「うん」


 僕はお菓子の箱からチョコレートスティックを1本だけ取り出すと口へと運ぶ。……美味しい。これって――。


「とっておき。オレンジチョコ好きでしょ」

「……うん」


 沈んでいた気持ちが少しだけ楽になる。お菓子ひとつでこんなに気持ちが軽くなるなんて、我ながら単純だと思う。

 僕がお菓子を食べる姿を見て微笑んでいたルリが、徐々に伏し目がちになっていった。


「……ねぇ、あの時、何て言おうとしたの?」


 あの時……って、ルリに告白しようとした時のことだよな。そんなの答えられる訳がない。僕は今の関係を壊したくない。……違う、単純にフラれるのが怖いんだ。もう僕は子供じゃない。次にフラれる時は『大きくなっても私のことを好きだったら、恋人にしてあげる』なんて遠回しなフラれ方にはならないだろう。橘みたいにバッサリとフラれるかもしれない。それが、怖い。

 なかなか質問に答えない僕を見かねて、ルリはニコッと笑った。


「無理に答えなくて良いよ。それじゃ、次の質問。橘くんが言っていた話ってホント? 瑞人くんの前で告白するとフラれないって」

「うん、ホントだよ」


 僕が僕の噂について一通り話すと、ルリはとても興味深く聞いていた。


「ふ~ん、噂になるほど成功率が高いの?」

「うん、100組中99組が付き合い始めて、今も円満みたいだよ」

「ほぼ100%じゃん! ……そんなにスゴいんだ、瑞人くんのご利益りやくって」


 ルリはひとしきり驚いてから、何かを考え込み始めた。時折、「ずっと円満なのかぁ」などとブツブツ呟いている。


「……よし、決めた!」


 急に声をあげたかと思うと、ルリは僕の前におどり出てからクルリと振り返る。


「……いったいどうしたの?」

「そろそろ子供の頃の約束を果たそうかと思って。……ご利益、期待してるからね」


 子供の頃の約束……? 何のことだろう?

 首をひねる僕を気にも止めない様子でルリが言葉を続ける。


「私たち、もう十分に大きくなったよね」


 意地悪そうな目で嬉しそうに笑うルリ。その顔は何処か緊張していて、紅潮していた。


「ねぇ、瑞人くん。今でも私のこと、好き?」

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