金魚鉢パフェの鉢の底

石田空

金魚鉢パフェの鉢の底

 朝はとっくの昔に終わったけど、まだ昼にもなっていない頃。

 スマホに着信音が響く。アプリでのメッセージは使わず、用事があれば専ら電話な柳は、こちらの都合を考えずによく電話してくる。

 そうは言っても、こちらも連休を日頃の疲れを労わると称して惰眠に使っていたところだ。のそのそとスマホに手を伸ばした。

「もしもし」

 寝ぼけた声で電話を取ると、柳がいつものマイペースな声を上げた。

「カステラ買い過ぎた。なんとかしたいから手伝って」

「はあ?」

 前後が読めないぞ。

 カステラなんて、パックに入っているのを一本買えばしばらくは持つ。長崎土産で知人に配るにしても、買い過ぎるなんてことはないだろう。なにをどうしてそうなったのかとつっこもうとしたら、柳はさらに言葉を続けてくる。

「ついでにさあ、梅酒もあるのよ。前に実家で「漬けたから持っていけ」って持たされてさあ。でもひとりでちびちびやっても、リカーの奴ひとつ切らすのって大変じゃない」

「まあ、そうだね」

「だから減らすの手伝ってよ」

 カステラを肴に梅酒を飲むの。口の中が甘くなりそうだ。私は柳の言いたい意図がさっぱりわからないまま、ふと思いついたことを言う。

「なら、クラッカーあるから持って行くよ。甘いものばっかりだったら、口の中がよろしくない」

「おお、ハイカラなもの持ってるねえ!」

「ハイカラではないと思うけど。それじゃあ待っててね」

 私はのそりと起き上がると、ビールのつまみにちびちび消費していたクラッカーの袋を手に取る。それを割れないように慎重に鞄に入れてから、急いで着替えて出かけることにした。

 柳がまた馬鹿なことをしないといいな。そう思いながら。


   ****


 柳の家に着いたら、柳は「やあ」と言いながらホームセンターの袋からなにかを取り出した。青い縁は波打っていて、そこのほうもほんのりと青い。どう見てもそれは金魚鉢だった。

「なに、柳。金魚でも飼うの」

「いや。昔に本で読んでさあ。金魚鉢をグラスに見立ててパフェにするっていうの。一度やってみたかったの」

「はあ?」

 なんという突飛な。金魚鉢も小ぶりなサイズとは言えど、小玉スイカほどのサイズはある。それをパフェにしようなんて、正気か。私は呆れた顔をしつつ、「梅酒とカステラどうするの……」と無駄な抵抗を試みる。

 柳はしれっと指を差す。そこには長崎土産のカステラがででんと置いてあった。十本もあるって、いったい全体どうしてそうなったのか。

「カステラに梅酒に垂らして、パフェに入れようと思うんだ。あとさ、梅酒の実。あれがまだたっぷり残ってるの。二年近くじっくりリカーを吸ってるからこの梅の味は濃厚だよ」

 それに思わずじゅるり。とするものの、だからこんな女ふたりの腹に入らないものつくってどうするんだと首を振る。

「カステラ全部使う必要はないよね。それに、そんなに入らないでしょ。パフェに入れる生クリームとかだってないし」

「アイスはあるよ。ラムレーズン」

 酒ばっかりじゃねえか。そうつっこみを入れようと思ったものの、柳はさっさと金魚鉢を台所に持っていった。

「いいじゃんいいじゃん。余ったカステラは持って帰っていいよ。私ひとりじゃ、もう食べられないしさあ」

 そうしみじみ言う柳に、私は溜息をついた。

 ああ、またか。というのが半分。しょうがないなあ。というのがもう半分。私は持って来たクラッカーをひとまずカウンターに起きつつ、腕をまくる。

「それじゃ、なにやろうか」

「おお、いいね。いいね。じゃあまずは、パフェの底にその持ってきてくれたクラッカー割って敷き詰めようか」

「了解」

 私たちは、馬鹿みたいにでかいパフェを作るのに没頭しはじめた。

 一番底にクラッカーを割りながら敷き詰めていると、柳は梅酒のでかいボトルを持ってくる。中には琥珀色に染まった梅酒に、梅の実がごろごろ転がっている。梅の実を何個か取り出すと、それを包丁で切り刻みはじめた。プン、と漂う梅酒の薫りを嗅いでいたら、柳が一個梅の実を私の口に放り込んできた。酸っぱい。濃い。でもうまい。私がもぐもぐ咀嚼しつつも、種が口の中でゴロゴロとするのに、目を白黒とさせる。

「いやあ、料理ドランカーはいいね。他のこと忘れるから」

「つくりながら飲んだら身体によくないよ。それにつくってるのパフェだよね。全然それっぽくないよね」

「いいからいいから。それじゃ梅の実も入れちゃおう」

 柳はそう言いながら、切った梅の実もひょいひょいとクラッカーの上にばらまく。おいしそうだけど喉がパサパサになりそうな組み合わせだな。そう思ったところで、冷凍庫からラムレーズンアイスを取り出してきて、それをスプーンですくってジャンジャン投下してきた。それに私は「うぎゃっ」と悲鳴を上げる。

「そこで入れるんだ。カステラどうすんの」

「じゃあ真子はカステラ千切って投下していってよ。そこに梅酒垂らすからさあ」

「これ梅酒だんだん垂らしていったら、アルコールの度数やばくない?」

「スプーンでやれば、大したことないでしょ」

 そう柳があっさり言うので、スプーンを取り出して、アイスの上にカステラをひと箱開けて、少しずつちぎって押し込んでいった。そこに梅酒を恐る恐る垂らすと、梅の実以上に、濃く梅酒の薫りがぷんとする。

 ラムレーズンはラムの匂いがするし、梅酒の匂いがそれを追う。パフェというのは酒臭い上に見た目が地味なものが出来上がりつつあるな。

 そうは思っても、柳がせっせとアイスをその上に詰めていくのだからなんとも言えない。今度はクッキー&クリームだ。だから見た目が地味なんだってば。私はせめてもと周りにクラッカーを突き刺す。アイスだけでは飽きてしまうし、箸休めは必要だろうと。最後の最後に器用に種だけ抉り取った梅の実を上に置いたら、なんとなくパフェっぽいものが出来上がった。

 はっきり言って酒臭いし、本当にふたりで全部入るのかとも思ったけれど。柳はおおむね満足そうなのに、私はほっとした。

「それじゃ、食べよっか。あ、梅酒飲む?」

「パフェにさんざん使ったよね。割ってない奴。これ以上はさすがに駄目」

「えー、ケチ」

 ケチじゃないやい。それはさておき、私たちは出来上がったシュールが過ぎるパフェにスプーンを突き刺して、もりもりと食べはじめた。

 意外なことにビターチョコテイストなクッキー&クリームと梅の実の相性はよく、こんな無茶苦茶なパフェでも意外とおいしいもんだと感心した。

「うん、真子ありがとねえ」

 私の突き刺したクラッカーを齧りつつ、スプーンを動かす柳を、私はまじまじと見る。

 ひと箱はどうにかパフェに梅酒を垂らして使い切ったものの、まだまだ残っているカステラの山だ。見ているだけでは当然減らない。

「なあに、彼氏とどうなったの」

 長崎は柳の彼氏の出向先であり、柳もたびたび遊びに行っては、お土産にちゃんぽんやらカステラやらを買ってきては職場に振る舞っていたはずだ。職場に持って行けばいくら十本もあるカステラだってすぐ片付くのに、それをしないってことは、遊びに行ったことを言いたくないってことに他ならないだろう。

 柳は寂しげな顔で「ほんっとう真子には隠し事ができないよねえ」と笑った。

「そろそろさあ、私も中途半端だし、お互いどうしよっかと話し合いに行ったんだけどねえ」

「うん」

「……まだいいじゃないかって言われちゃったのね。私だってさ、なあなあのままでもいいよ。でもさあ」

「うん」

 今のご時世、結婚だけが全てじゃないし、女にだって仕事がある。結婚したからといってすぐに仕事はやめられないし、男のほうに全部を合わせることなんてできない。

 彼氏さんもそれがわかっているから、こっちに戻ってこられるまでは結婚なんて言い出せなかったんじゃないかな。浮気するような人ではなかったはずだし。

「待っててとか、考えてるとか、たったひと言でいいから安心させてほしかったの」

「うん……そっか」

「自分でもわがまま言ってるなと思ってる。パフェみたいにさ。なにを入れてもおいしいって風になればよかったのにね。なに言われても嬉しいって、そう取れたらよかったのに……待ちくたびれちゃった」

 飲む量を考えればちょっぴりだけれど、どうも柳は弱っているせいか、垂らした梅酒で酔いが回ってしまっているらしい。

 私は深く深く溜息をついた。本当にしょうがないなあ、柳は。

 柳のスマホを目ざとく見つけると、アドレス帳から素早く彼氏の電話番号を取り出した。

「あっ……!」

「それ、私に言う話じゃないよね。ちゃんとそのわがままは彼氏さんに言いなさい」

「それができないから、真子に言って」

「背中はいくらでも押してあげられるけど、私は柳の人生に責任は取れないのよ。残念だけどね」

 指を滑らせタップする。途端に着信音が鳴り響いた。柳が慌てて消そうとする間もなく、「もしもし」とくぐもった声が響いた。私はそれを柳の耳に当ててあげる。柳は「あ……もしもし……久しぶり」としゃべりはじめた。

 ベランダに出て、ぼそぼそとしゃべりはじめる柳を眺めながら、私はクラッカーにラムレーズンアイスを乗せてそれをざくりと頬張る。アイスは程よく溶けて、口の中はラムレーズンの味でいっぱいになる。梅酒を垂らしてもなお存在感の消えないラムレーズンに感心しつつ、スプーンを進めたところで、柳が戻ってきた。

 頬が赤いのは、別に梅酒だけのせいではないんだろう。私はにやりと笑った。

「しょうがないなあ、柳は。このパフェ、今度は私じゃなくって彼氏と食べればいいんじゃないの?」

 そうからかった途端に、柳は笑いながら私の背中をバシンバシンと叩いてきた。

 梅酒、カステラ、ラムレーズン、クラッカー。甘ったるいし酒の匂いはきついし、甘党なのか辛党なのかはっきりしない金魚鉢サイズのパフェ。ひとりで食べるにはむなし過ぎても、ふたりだったらきっと食べ切れると思うんだ。

 無理だ無理だと思っていたパフェの底が。ほら。見えてきた。

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金魚鉢パフェの鉢の底 石田空 @soraisida

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