第六話 体験入部をキリトル (二)
「はい、そうです、けど……?」
そう、ミラーレス一眼レフ。
今、この子と初めて豊海高校で写真を撮った。
感触は良かった。
いつもよりシャッターの鳴りが良かった。
きっと上手く撮れているはず……。
違う、それは今する話ではない。
この人は誰だ。
ここの先生かな。
それとも、部活動の指導のための非常勤講師?
でも、こんな先生いたっけ?
豊海高校には、二種類の先生がいる。
学校に在籍している先生とそうでない先生だ。
私は目の前の先生に見覚えがない。
だから非常勤講師だと思った。
安直だ。
「写真好きなの?…………あ、ごめん。僕は国語の新井智久。今年、3-Bの担任をしている。君とは初めてかな」
「初めまして、新井先生。1年C組、高坂美久梨です」
「で、写真好きなの?」
「好き……。と言えるほど、多く撮っていません。ただ、こうやって写真を撮ることは楽しいです」
「そっか、それは良かった。安心した」
安心した。という新井先生の言葉には、何かに怯えているような、耐えているような重みを感じた。
3-Bの担任をしているとも言った。常勤の先生だ。
新井先生は話を続ける。
「高坂さん。新聞部に遊びに来ないか?」
「え……?」
新聞部?聞きなれない部活動だ。
突然の申し出に私は戸惑う。
どうして私なのか。
どうしてこのタイミングなのか。
自分の頭に靄がかかったような感覚が生まれ、続く。
必死の抵抗を試みるけれど、方法が分からず、から回るばかり。
変だ。
「でも私、その……。文才がありません!」
「でも君にはそのカメラがある」
カメラ?
カメラ、名前はクロ。私の相棒。
私にはこの子がいる。
だから写真が撮れる。
風が吹く。
そうだ、何気ない日が特別な一日に変わる。
とくべつ?
そう、いつもが特別な一日に。
ここから始まるんだ――。
「分かりました。連れて行ってもらえますか?」
もちろん。と言って、新井先生は優しい笑みを浮かべた。
突然の返答をしてしまった。深く考えもないまま。
でも、これくらい唐突な方が私には合っている。
頭の中は整理がつかない。
だからこそ直観で動こう。
そうすれば、きっとそれが特別になる。
思い、私は文化棟に足を踏み入れた。
文化棟は今日から始まる体験入部の影響からか盛り上がった様子だった。
廊下や部室の扉には『新入生歓迎』の文字と装飾で彩られ、部員と思われる上級生たちが必死で声掛けを行っている。
私には華やかに見えた。
新聞部の部室は文化棟の二階にあった。
『新聞部』の文字が書かれた張り紙がされている扉を発見する。
色紙で作られた花や鎖で扉全体が装飾され、新聞部員の必死さが感じられた。
大丈夫だよ。私が威圧されているのを察してなのか、新井先生は振り向いてそう言った。
「はい……」
私は赤面し、俯く。
何が恥ずかしかったのか分からなかった。
恥ずかしくて赤面してしまったのかどうかも分からなかった。
自分の真意が分からない。
私が気持ちの整理がついていないまま、新井先生は扉に手をかけた。
力を加えるのと同時に、金属が軋むような音が鳴る。
眩しい。
扉が開かれるにつれて、廊下に光が扇形に差し込こむ。
私はその眩しい部屋の中に焦点を合わせようと、目を見開く。
耳を澄ませる。
話し声が弾んでいる。
男性の声と女性の声。
笑っているのか。
新井先生が扉を開いた。
「みんな、一年生連れてきたぞー」
「見直しました!新井先生」
「新井先生でも連れてこれるんですねー」
「お前たちなぁ……」
さっきの男性の声と女性の声だ。
冗談じみたその会話は、私の遠いところでされているような気がした。
新井先生、どうして私をここに連れてきたんですか。
聞こうと思ったけれど、やめた。
私の頭にはまだ、靄がかかっている。
----- クロトキリトル ----- 悠木 泉紀 @M_Yuki
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