雨夜ノ品定メ
一視信乃
雨夜ノ品定メ
雨の降る夜、僕はひとり、街路樹の下で佇んでいた。
そのとき、「きゃー!」という女性の悲鳴が響いた。
やっぱり出やがったな。
濡れるのも
コンビニの角を覗くと、最初に傘が目に入った。
細い袋小路の入り口を
その向こうでスーツ姿の女性が、尻餅をついている。
声の主はきっと彼女だろう。
そして、その前には、黒い四つ足の巨大な獣。
いや、獣の形をした黒い影のようなものといった方が正確か。
あれは、悪霊の集合体で、本来は明確な意志など持たぬはずだが、ここ最近はどういうわけか、若い女性ばかりを選んで襲っている。
コイツを
僕は傘を
「
不動明王の
雨でも消えることはない、不動明王の大火炎。
悪霊のみを焼き尽くす、清らかな神の火だ。
僕は
「大丈夫ですか?」
女性の方に向き直ると、彼女は炎を見つめたまま鋭く叫んだ。
「まだよっ!」
「えっ?」
振り向くと、炎を
そうして、水を払うようにぶるりと身体を震わすと、一瞬で炎が消える。
「ばかなっ……」
僕は再び印を結ぼうとするが、それより早く、彼女が動いた。
「カン」
彼女の口から放たれたのは、不動明王の
すると再び、炎が生じる。
僕が喚んだのより強力な浄火は、そぼ降る雨を
焼き尽くした。
炎が滅し、暗さに目が慣れてくると、獣がいた辺りの路上に男が倒れているのに気付く。
「以前、この辺りに出没していた変質者ね。霊に
いつの間にか隣に立っていた女性の顔を見て、僕は驚きの声を上げた。
「先生っ!」
「詰めが甘いわよ、見習いくん。私じゃなかったら、どうなっていたかしら」
「すみません」
僕は、慌てて頭を下げる。
彼女は、僕にこの調伏を命じた張本人であり、僕の師匠でもある高名な術者だ。
ものすごい美人でスタイルもよく、僕と同じ二十歳そこそこにしか見えないが、実は僕の母親でもおかしくないようなお年なのだとか。
「でも、私への気遣いを見せたのは悪くないわ。ギリギリだけど合格よ」
「それじゃあ」
「ええ。無償の見習いから、バイトへ昇格ね」
「ありがとうございますっ」
生まれながらに持っていた、不思議なものを見聞きする力。
ずっと気味悪がられるだけだったけど、これでやっと、人様のために役立てることが出来る。
「それにしても、しつこい雨ね。イヤになるわ。ああ、もうっ、セットした髪もぐちゃぐちゃだし、スカートも染みになっちゃうじゃない」
そういえば、先生の傘は、道路に転がったままだ。
拾い上げると、パチリと静電気のようなものが走った。
どうやら、この傘に術を
でも、そんなものもう必要ない。
傘も本来の役割に戻っていいはず。
「どうぞ」
年甲斐もなくぼやき続けてる先生に、僕は、小さな笑みを浮かべながら、傘を差し出した。
雨夜ノ品定メ 一視信乃 @prunelle
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