メディア芸術部のクリエイティブな日常

友宮涼詩

夢を紡ぐ物語

 暗い森の中。

 蝶が舞っている。

 その蝶を追いかけているうちに迷ってしまった一人の女の子。恐る恐る周囲を窺いながら歩いている。

 突如、目の前が明るくなったと思った瞬間、魔方陣が出現する。驚きのあまり呆気にとられる女の子。魔方陣の中央に、奇妙な恰好の女性が現れる。

女「こんばんは、お嬢さん。私は〈工房の魔女〉」

 そう言いながら、魔女が女の子にじりじりと近寄ってくる。女の子、逃げようとするが足が動かない。

 女の子の視界を覆うまでに近づいた魔女。

工房の魔女「貴方の望みを叶えてあげるわ。今度、私の工房にいらっしゃい」


   *  *  *

   (ホワイトアウト)


 鳴り響く目覚まし時計。

私「……夢?」

 目覚ましの音を止め、時間を見る。

私「いけない! もうこんな時間!?」


 通学路。

 焦げかけのトーストを口に咥えて、走る私。

モノローグ「私の名前は酒巻坂さかまきざか真紀! この春、架空都市高校に入学したばかりの一年生!」

   *  *  *

「ベタベタだな」

「あえて、みたいな?」

「あえて、テンプレっていう」

「あれだろ? 曲り角で男の子にぶつかって転んでテヘペロみたいなドジっ子アピール展開に……」

「なりません」

   *  *  *

 架空都市高校校門を通り抜ける真紀。

真紀(M)モノローグ「クラスの子達とも仲良くなれそうだし、新しい生活にほんとワクワク!」

 教室。クラスメイトと楽しそうに談笑する真紀。

真紀(M)モノローグ「何か新しい事、始めてみるのもいいけど、こうやって普通に、友達とわいわい楽しめる、なんでもない日常が一番だよね」

工房の魔女「でも、それで本当に満足?」

 真紀のすぐ耳元で囁く工房の魔女。

真紀「!?」

 驚いて振り向くが、誰もいない。

クラスの女子A「どした? マキマキ」

真紀「ううん? なんでもない」

真紀(M)モノローグ「工房の魔女……?」

クラスの女子B「そいえばさー、この学校のどこかに錬金術の工房ってのがあるって噂なんだけど」

クラスの女子A「えー? なにそれー!?」

 笑い合うクラスメイト達、対照的に思い詰めた表情の真紀。

真紀「その話、詳しく聴かせて!」

女子B「え? いや、私も詳しい事は全然解らないんだけど」

女子A「どうしたの? 今日のマキマキ、なんか変だよ?」


 放課後の校舎裏。

 蝶が舞っている。

 その蝶の遠く向うに、掃除当番の真紀。ほうきで地面を掃きながら物思いに耽っている。

「小さい頃は魔法使いに憧れていたな。魔法さえあれば、何処にでもいけて、誰にでもなれて……何もないところから何でもパッと出せたりね、何でも出来ちゃうんだ」

 そんな事を思いながら微笑んでいた真紀の表情が、にわかに曇る。

「でも、そんなのただの子供の空想。夢物語だよね。現実は違う。魔法どころか、私に出来る事なんて、何もないんだ」

「そんな事は、ないんだよ」

突然声がして、振り返る真紀。

「工房の魔女!?……どうして? あれは今朝見た夢の話なのに」

「夢も現実も、出来る事も出来ない事も、本当は全部、自分で決められるの。さあ、いらっしゃい。魔法の世界へ!」

 そう告げて、工房の魔女は真紀の持つほうきに手を掛ける。

 ほうきは生き物みたいに動き出す。

「え? ええっ!?」

 思わずほうきにしがみつこうとする真紀を、ほうきは空へ舞い上げる。

 魔女がそのほうきに跨ると、ふわっと浮いた。

 そして、真紀が再び落ちてきたところを上手い具合に下へと回りこんで、ほうきの後ろに乗せる。

 いつの間にか、世界が絵本の中みたいに、すっかり変わっていた。真紀も魔女も、絵本の登場人物みたい。

 ぐるぐる模様の空を飛んでいくと、空には人の横顔みたいな、三日月が、

「こんばんは、お嬢さん」

 と言って、やさしく微笑む。

 今度はうしろからドラゴンが飛んできて、

「僕と競争しよう」

 と言ったかと思った瞬間、ほうきが突然スピードを上げて、おいかけっこが始まった。

 振り落とされそうな真紀が悲鳴を上げる。

「きゃあああああああ!!」


 放課後の教室。

 目を覚ます真紀。

真紀「夢……?」

真紀(M)モノローグ「寝ちゃってたんだ……そうだよね、やっぱりあんなの夢に決まってるよ、だってありえないし」

 起き上がろうとした時、手の中に紙が握られている事に気がつく。

真紀「何これ?」

 折られた紙を広げると、地図が描かれている。

真紀「工房? もしかして朝言ってた錬金術の工房の場所!?」

 教室を飛び出す真紀。

 

 廊下。右に左にと視線を動かしながら、探し歩く真紀。

 ある部屋の前で、足を止める。

真紀「この地図だと、この辺りの筈なんだけど」

 部屋のドアに近づく。

真紀「メディア芸術部?……工房とは書いてないけど、どうしよう、入ってみる?」

 躊躇しながらも真紀、ドアを開ける。

 

 予想もしない光景が、目の前に広がった。ドアの向うは、なんと草原だったのだ。

 

「メディア芸術部へ、ようこそ!」

 

真紀「えっ? まさか! なんで!? これも夢の続きなの?」

蘇芳すおう「さて、これは夢なのか現実なのか」

花菱「そんなのどっちでもいいじゃない」

葵「夢を紡ぐのが、僕たちの仕事さ。これこそがね、錬金術なんだよ。何でも生み出せる。思うだけで、何処へでも行ける」

 葵、指を弾く。その瞬間、景色が変わる。

 近所の公園。

 もう一度指を弾くと、今度は砂漠。

 もう一度。

 宇宙。眼下に地球を見下ろしている。

 最後に本来の部室へ。

葵「魔法使いになりたかったんだろう? なれるさ」

真紀「なれるわけ、ない」

葵「どうして?」

真紀「だって、絵空事でしょ? 空想物語じゃない」

蘇芳「それでいいんだよ」

葵「目を瞑って。なりたい自分を、想い描いてごらん」

 躊躇いつつも、言われた通りにする真紀。

 

 目を開く。

 部室が今度は工房の魔女と夢の中で行ったような世界に変わっている。

 真紀もまた、とんがり帽子に紫のローブと、魔女と同じ恰好をしている。

真紀「嘘みたい……」


「嘘! こんなのはみんな嘘!!」


 客席から突然、大きな声が上がったと思った刹那、体育館の天井の、それまで全て消されていた筈の照明の一部が、点灯された。

 その灯りに照らされたのは、座席から立ち上がった『真紀』の姿だった。

 ステージ上はまだ薄暗く、スクリーンに映し出された映像はそれまで程には明瞭でないものの、絵本のようなタッチで描かれた『魔法の世界』を背景に、魔女の恰好をした真紀の姿がしっかりと確認できた。映像の中の真紀、実物の『真紀』が向き合って対峙している構図だ。

 周囲の生徒達は皆、驚いて『真紀』の方を向いた。そして、スクリーンの中の真紀と交互に見比べてみたりもしている。

「これってどういう事? 真紀がほんとにいるとか」

「いやいや、仕込みでしょ?」

 客席がざわつく。そんな中、『真紀』が続ける。

「そこに映っているのは、本当の私じゃない。だって私は今ここにいるんだから! だってあれは全部、夢の中の話なんだから!」

「そうだよ、私は貴方じゃない」

「えっ!?」

 その時、客席がどよめいた。客席の『真紀』に言葉を掛けたのは、他でもない「スクリーンの中の真紀」だったのだから。

 観客が今観ていたのは、『映画』だった筈だ。いや少なくとも、それが観客の認識だっただろうし、今も尚、スクリーンに映し出されているそれは、『映画』の筈なのだ。

 なのに、ただでさえ突然、映画のヒロインが現実に、客席に現れ呆気に取られていたところに、今度はスクリーンに映るヒロインが、客席にいる現実の人間の言葉に反応を示したのだ。それも同一人物同士で、となれば、観客にしてみたらそれはさぞかし不思議な光景だったろう。

 勿論、冷静に考えれば、スクリーンの映像に合わせて客席にいる『役者』が台詞を言っているだけ、そう解釈できるだろう。

 しかし、スクリーンの中にしか存在しない筈の真紀は、明らかに客席にいるもう一人の『真紀』を見ていた。いや、『真紀』の声も聞いていた。きっとその場にいた誰もが、本当はこの二人を隔てているカメラの存在、いや寧ろ時間の存在さえも忘れてしまっていたに違いない。

 

「私は貴方じゃない」

「そ、そうだよ、これは映画なんだから。本当の私は今ここにいるんだから。そっちの真紀は、偽者だよ!」

「でもね、『事実は小説より奇なり』なんてよく言うけど、その一方で小説の中にこそ真実があったりするんだよ」

「ど、どういう事?」

「私は、光が生み出した影みたいな存在だけど、真実を映し出す鏡でもあるんだよ。貴方は、自分が本当の自分だと言うけど、そんな貴方は時にその『本当の自分』を偽って生きているでしょう? だから貴方の偽者である私が、貴方の代わりに貴方の本当の気持ちを実現しているんだよ」

「実現……っていうけど、でもこれは映画だよね。全部、嘘、作り物。絵空事でしょ? 映画が終われば貴方も消える。夢は必ず覚めるよね。それでも私は現実世界で生きて行かないといけない」

「そう、この映画はもうすぐ終わる。私も消える。それでも私は、貴方の心の中に留まり続ける事ができる。それは貴方にとって、無意味な事なのかな?」

「そ……それは……」

 

 一時どよめいた客席は、一転して静まり返っている。きっと、息を呑んで『二人の真紀』のやりとりを見ているのだろう。その時、舞台袖で出番に備えていた僕には客席は見えない。観客の声は聞こえてきても、その表情までは窺う事ができなかった。それでも観客の好反応が目に浮かぶくらい、そう確信できるほど、この『二人の真紀』の演技は迫真だった。

 勿論、ここで敢えて本当の事を言ってしまうなら、スクリーンの中の真紀には、客席の『真紀』は見えていないし、声も聞こえていない。この『二人』を隔てる絶対的なもの、そのひとつのカメラはともかく、もうひとつの時間だけは超越する事は不可能だ。少なくともそんな能力者はこの物語に登場しない。

 それなのに、スクリーンの中の真紀は、客席の『真紀』の言葉ひとつひとつを全身で受け止めている。自分の台詞のない時、つまり客席の『真紀』の台詞の間も、その言葉のひとつひとつに、明らかに反応しているのだ。

 なので、二人の間合いはあまりに完璧で、その間を隔てているものの存在を見事なまでに消してしまっていた。僕は正直、身震いがした。監督である葵伶葦茅あおいれいいちの言うところの「架空都市高校我が校が誇る天才女優」若菜苺わかないちごの演技がここまでとは思っていなかった。 

 僕は、隣にいる伶葦茅の表情がその時、一瞬緩んだのを見た気がした。いや、薄暗い舞台袖でその表情を正確に捉えられたとは思えないが、一番不安だった場面シーンがうまくいった安堵感と、確かな手応えのようなものが、思いがけず伝わってきたのかも知れない。

 あとは、大団円を迎えるだけだ。

 俄かに客席が沸いた。

 とんがり帽子を被った女子が客席を闊歩し始めたのだ。

「工房の魔女!」

 そんな声も聞こえた。男子生徒の声だ。『真紀』が客席に登場した時とは明らかに異なる反応だった。勿論、「映画の登場人物が現実に現れる」というサプライズも二回目になれば驚きは薄い。寧ろ、あの『工房の魔女』がリアルに出現した事に、特に男子生徒たちが色めき立っているようだった。工房の魔女を演じる萩生はぎうりんどうは、本来は役者ではないが、とても華がある。伶葦茅に言わせるまでもなく控えめに言っても「我が校でも一、二を争う美女」だし、伶葦茅が言うには「特別なオーラを放っている」のだそうだ。

 

「貴方を迎えに来たわ」

「工房の魔女……!?」

「と言いたいところだけど、このほうきに跨ったところで飛ぶことはできないの。だって、ここは『現実世界』なのだから。でも、私達は、空想世界で自由に飛ぶ事ができる。……それを嘘だ、所詮は絵空事だと嗤うなら、それは仕方ないと、私は思う。でも……」

 『工房の魔女』がそう言いかけると同時に、舞台上の葵伶葦茅にスポットライトが当たる。彼女に注目が集まっている隙に、僕たちはステージ上へと移動していた。

「でも君が、そんな空想世界を少しでも尊いと思ってくれるなら、僕達と一緒にそんな世界を描いて行かないか?」

 次にスポットライトは眼鏡に三つ編みの女子を照らし出す。花菱百合架だ。

「夢はいつか覚めてしまう。でもそれは私達がこの現実を生きていくのに必要なものだよ」

「みんなも、僕達と一緒に夢を紡がないか? 錬金術の工房は映画の設定だけど、現実世界のメディア芸術部部室で待っているから」

 最後のこれが僕の台詞だ。撮影と違って、ステージで台詞を言うのは本当に緊張する。僕としては精一杯声を出したつもりだけど、僕がこんな『勧誘の台詞』を言っても入部希望者は現れないんじゃないかと、ネガティブな気持ちにならざるを得ない。

 

 そして『工房の魔女』に連れられて『真紀』は僕たちの元へとやってくる。

 みんなで舞台袖へと戻って行くのと同時に、軽快なピアノの旋律が聞こえてくる。テーマ曲のイントロだ。

 照明が再び落ち、エンドロールが流れ始める。

 

 

 『夢を紡ぐ物語』

 

   出演

 酒巻坂真紀 若菜苺

 工房の魔女 萩生りんどう

 メディア芸術部員

       葵伶葦茅

       蘇芳葉蔵

       花菱百合架

 クラスメイト 2-A有志

 

 音楽 藤咲苳威

 

 撮影 蘇芳葉蔵

 編集 葵伶葦茅

 作画 葵伶葦茅

    萩生りんどう

 視覚効果 葵伶葦茅

 

 脚本 花菱百合架

 

 監督 葵伶葦茅

 

 

 

 映画は終わった。いや、ライブパフォーマンスもあったし、厳密に言うならこれは映画ではないのだけれど、とにかく、酒巻坂真紀などという生徒はこの学校には実在しないし、工房の魔女も本当はいない。空は飛べないし、ドラゴンももう出てこないだろう。これは虚構フィクションなのだから。

 

 架空都市高校の体育館では、新入生歓迎会という名のこの時期恒例「部活勧誘合戦」が引き続き行われていく。そして出番を終えた僕達は、体育館から引き揚げていく。工房ならぬ部室へと帰るのだ。

 あの映画の中で、メディア芸術部という存在だけが、もしくはそこに在籍する僕達だけが、ノンフィクション、現実だ。もちろん魔法は使えない。種も仕掛けも、本当はある。

 少なくとも僕達にとってはここが現実だ。

 

 これはそんな僕達の日常物語。

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