発端(三)

「でも本当に、去年のあれがメディア芸術部だったなんてね。私は文化祭で観た映像作品のイメージしかなかったから、意外。パフォーマンスアートっていうの? ああいうのも、『メディア芸術』の範疇になるの?」

 つい寺山談義に花を咲かせてしまっていたが、興味のなさそうな百合架がここで話題を元に戻してきた。

「厳密に言えば、違うんだろうけど…」

 僕は伶葦茅に視線を送りつつも、自信なげにそう答えた。一番詳しいのは伶葦茅だろう。しかし、伶葦茅はどう説明するか考えている最中のようだった。

「映研では、この部の事、『似たような事をやってる部』って敵視している空気だったから。私も、娯楽作品か芸術作品かの違いくらいで、この部の事を『映像制作をしている部』だと思っていたし」

「実際、映像作品が多いからね。文化祭で映写室の使用を巡って争ったりしてるから…」

「映研に一方的に敵視されてきた歴史みたいな話は部長もしていたよね」

 伶葦茅が言い澱んだ隙に、りんどうが割り込むように言い、更に伶葦茅の方をはっきり見て話を切り出す。

「新入生を勧誘するのに、この部の活動内容を詳しく説明できた方がいいと思うし、今ここできちんと確認しておいた方がいいかも」

「確かにね。でも本当のところ、うちの部って、何でもアリって言えばアリなんだよね」

「まあ、そうなんだよね」

 伶葦茅とりんどうがそう言いながら頷きあう。

「〝メディアアート〟っていうのは狭義で言えば、最先端のテクノロジーを用いたアートの事なんだよね」

 そう言って、伶葦茅が詳しい話を始める。

「例えば、人の動きをセンサーで読み取って、それによって作品が様々に変化するような作品とか。そういうのはインタラクティブっていうんだけど。あと、なんだろう、レーザー光線みたいなので空中に絵を描いてみたりとか?…そういうのをプログラミングで制御したりとか、まさに典型的なメディアアートだね。ただ、僕に言わせれば最先端のテクノロジーばかり追求してもそれは結局『技術』であって、『芸術』ではないというか……」

「そういう技術はあくまで『手段』っていうことだよね」

 まるで示し合わせたかのように、僕が合いの手を入れる。僕も伶葦茅と同じ事を考えている…訳ではなく単に伶葦茅のそういう考えは既に知っているので、話を合わせているに過ぎない。

「そうそう、まさにその通りで。どういう作品を作り上げるかという明確なビジョンがあった上で、必要に応じてそういう技術を役立てる、というのが本来の芸術の姿だと思うんだけど、現実には技術的な目新しさにばかり注目が集まって、芸術性が軽んじられる傾向があるような気がして、なんていうか……」

「葵君の芸術論はわかったけど、今はそういう話じゃないよね」

 りんどうや苺は、伶葦茅の話に感心すらしているようだったが、百合架は冷やかだった。

でも確かに、その話は長くなりそうだから、また今度にしておいた方がいいかも。

 とは言え、伶葦茅の心は今、確実に挫かれた。百合架の言い方はきつい。口調が穏やかではないのだ。

 伶葦茅は決して打たれ強くはない。特に女子に冷たくされるのは、結構堪える。百合架を女子として認識しているかはともかくとして、そういうところは案外、伶葦茅も普通の男子並だ。

「まあまあ、伶葦茅君、気を取り直して」

 押し黙ってしまった伶葦茅を、僕は励まそうとした。普通の男子並ついでに女子に励まされる方が効果は高いだろうが、弱味など決してみせない伶葦茅は平気そうに微笑んでいるので、その胸のうちにりんどうや苺が気付くことはない。

 もっとも、相手があの百合架ならダメージは矢張り少ないようで、伶葦茅はそのまま話を続けた。

「ええと、最先端テクノロジーはともかくとしても、メディアアートとしてよくあるのは、映像作品とインスタレーションだね」

「インスタレーション?」

 苺が久々に口を開いた。

「展示場いっぱいに石を並べたりとか、そういうのだよね」

 僕がそういって、伶葦茅が肯く。

「ヨウちゃんはほんと、アートに詳しいよね」

 りんどうにそう褒められて悪い気はしないが、しかし僕以上に詳しい話をしている伶葦茅を褒めたりはしない。クリエイターでもない僕がアートに詳しいのは意外だ、という意識が含まれているように感じてしまうのは、僕のネガティブな思考のせいだろうか。

「でも、僕はメディアアートっていうとデジタルなイメージなんだけど、石を敷き詰めたり、布を張ったりするのはアナログだよね? そういうインスタレーションもメディアアートって言えるの?」

 僕のその問いに、伶葦茅は若干の苦笑いを浮かべつつ答える。

「まあ、そこは境界線を引くのが難しいところだけど…例えばLEDを点滅させたりとかそういうインスタレーションもあるからね。それをプログラミング制御でもすれば、立派なメディアアートだよね。でも、結局素材が異なるだけで、アートしての本質にそう差異があるとは思えないし、それをあえて『メディアアートか否か』で線引きすることはナンセンスというか…」

「複雑なんだ」

 りんどうがそう言うと、百合架が、

「つまり部員自身にとってもこの部の活動内容は曖昧ということ?」

 と言い放つ。

「だから、結局のところ『なんでもあり』なんだよ。さっき、メディアアートを狭義で言えばっていう話をしたけど、広義で言えばね、絵画や彫刻といった伝統的な芸術に対しての、新しい表現ということになるんだ。『便器にサインしただけ』なんていうのはまさにメディアアートの先駆けだと、僕は思ってる」

「マルセル・デュシャンの『泉』だね」

「そう」

 すかさず指摘した僕を、伶葦茅が肯定する。その一方で、

「えー!? 何それ」

 と、呆れたようにりんどうが言い、

「でも、聞いた事はあるかも」

 と言う苺に、僕が、

「中学の美術の教科書にも載ってるけど」

 と言ったら、りんどうや百合架も驚いているようだった。そういえば、美術の授業で教科書を開いた記憶は殆どないな。

「でも確かに、インスタレーションがメディアアートなら、ああいうコンセプチュアルアートもメディアアートと呼んでなんら違和感ないね」

「やっぱりそう思う?」

 僕の発言に『わが意を得たり』とばかりに伶葦茅が応じた。

「つまるところ、この部の表現活動が『なんでもあり』なのは理解できた」

 と、百合架が冷たく言い放った。

「もしかしたら、他の学校の美術部にはそういう表現活動を取り入れているところもあるのかもしれないけど、架空都市高校うちの美術部は特にアカデミックな傾向があるから、『美術と言えば絵画と彫刻』みたいな空気はあるんだよね。それに対して、新しい表現を追い求める場として、メディア芸術部の存在があると、僕は認識している。もちろん、対立はしていないし、僕としては両立したいところだけどね」

「……もしかして、葵君もこの部で、怪しげなダンスを踊ったりだとか、そういうことをするつもりでいる?」

 急に不安そうな態度に変わった百合架がそう尋ねた。

「そういうのはないな。僕はそもそも映像制作がしたくてこの部に入ったんだし。まあ、メディア芸術らしくデジタル技術を駆使した作品を作れれば、とは思うけど」

「それを訊いて安心した」

 全然、安心したような口調じゃないのは、百合架だからか。

「インスタレーションくらいは、やってみたい気もするけど」

「…ねえ、そういえば去年の文化祭で、うちの部の展示会場に白い布を裂いたのをいっぱい吊るしたけど、ああいうのもインスタレーションなの?」

「そうだろうね」

 りんどうの質問に肯いた伶葦茅は、態度にこそ微塵も出さないが、〈何を今更〉と言いたげだった。もっとも、そういった表現のジャンル分け、定義付けに伶葦茅はこだわらないし、りんどうのそういう無頓着な部分を悪くは思わないだろう。

 

「それでは、最後の質問に移らせて頂きたいのですが…」

 と、僕が切り出すと、

「記者会見かよ」

 と、伶葦茅がきちんと返してくれる。

「近年の我が国におけるアートシーンでは…」

「そういうのいいから」

 つい、のってしまった。伶葦茅は律儀にツッコんでくれるから。

「コントだね!」

 苺は嬉しそうだが、他の女子二名はあまり冗談が通じるタイプではない。

「で、何?」

「うん、ええと…伶葦茅君はさっきから〝メディアアート〟と言っているけど、うちの部は〝メディア芸術〟部ですよね。そこの使い分けの意図について、最後にご説明頂ければと…」

(そのノリまだ続けるんだ)

 というみんなの心の声をよそに、百合架が、

「英語か日本語かの違いに過ぎないんじゃないの?」

 と言ったのに対し、僕は、

「いや、でも、ニュアンスは結構違うような…」

 と言葉を濁しつつ、伶葦茅に視線を送る。

「僕も本当は、『日本語か英語か』くらいの認識だったんだけど、どうも『メディア芸術』というと、漫画やアニメなんかのエンターテインメントの事も含まれるらしい事を知ってね……あ、あくまで『含まれる』であって、さっき話したような『メディアアート』も『メディア芸術』に含まれているから、『メディアアート』の事を『メディア芸術』と呼ぶのは多分間違いじゃないんだけど、逆に、漫画やアニメを『メディアアート』と呼べるか、と言えばそれは言えない訳で」

「でも、アニメでも芸術的なのはあるよね?」

 伶葦茅の話に口を挟んだのは、りんどうだった。

「あ、勿論そうだね。それは僕の言葉足らずというか…今言った『漫画やアニメ』っていうのは、『商業的な作品』の事なんだよね。僕も漫画やアニメという表現手段にはアートとしての可能性を感じているし、そこを追求していけば立派な『メディアアート』に成り得ると思っているけど。一方で、商業的な漫画やアニメは『メディアアート』とは呼べない。でもどうやら、『メディア芸術』という言葉には、そういう商業的なものも含まれるらしいんだよね。まあ、僕としてはそこが不本意なところだけど」

「不本意なんだ…」

 ぼそっと苺が呟くように言い、りんどうは、

「私は、伶葦茅が言うその商業的?なマンガが大好きなんだけど」

 と、少し不満気に言った。

「いや、僕だって、商業的な漫画やアニメ、好きだから。そこは誤解しないで欲しいんだけど…ただ、それらがアート、芸術なのかといえば、果たしてどうなのかという事だよね。りんどうは普段、漫画を読むのを『芸術鑑賞』だと思って読んでる?」

「まあ…ね、確かにそうは思ってないね」

「芸術とは呼べないものが、『メディア芸術』に含まれているというのは、やっぱり違和感なんだよね。アートとエンターテインメントを混同している感じが…」

「それでもこの部は、『メディア芸術部』なんだよね? なんで『メディアアート部』にしなかったのか、という事になるんだけど」

 百合架が相変わらず不機嫌そうな言い方で、疑問をぶつける。

 しかし、その答えを伶葦茅は知らない。

「僕が名付けた訳ではないのでね。部長が名付けたでもないし。我が部も、今や20年の歴史があるのでね。名称の由来となると、もはや僕には知る由もない事で」

「20年も前からあったんだ!?」

「あれ? りんどう、知らなかった?」

「うん…わりと新しいイメージだった」

「もっとも発足当時は、視聴覚表現研究会…だったかな?そんな名前だったみたいなんだけど、いつから今の名称になったのかも僕は知らないし……20年前というと、PCの性能が飛躍的に向上して、個人でも映像制作がやり易い環境が整い始めたのが90年代後半なんだよ。きっと発足当時は本当に時代の最先端って感じだったろうね」

「そうなんだね」

 にわかに二人は、メディア芸術部20年の歴史に思いを馳せて感慨に浸り始めたが、映研から移ってきたばかりの百合架にとっては、この部の歴史などさほどの興味もない事だった。

「結局、この部がなんで『メディア芸術部』なのかは、わからないという事ね」

 と、冷たく言い放つ。

 20年もの歴史があれば、部の名称の由来など忘れ去られている方が自然だろう。はっきりしないのは気持ちが悪いと言えばそうなのだが、そういうリアリティも必要だろう。

「作者に訊けばわかるんだどね」

「葉ちゃん、そういうメタ発言は…」

 伶葦茅は少し焦ったように僕を窘めたが、他の三人は「何を言っているのか」と軽くスルーしている。

 伶葦茅が言葉を続ける。

「ま、まあ、推測するなら、『メディア芸術』と『メディアアート』、どっちの方が一般に馴染みがあるか、っていう事もあったのかもね。何にせよ、僕としては、定義がはっきりしている『メディアアート』よりも、『メディア芸術』の曖昧な感じの方が都合がいいと思うことはある。表現活動ならなんでもありなボーダーレスなところが、やっぱりこの部の良さかなって思うし。ほんと、この部で漫画描くのもまたアリなんだよ。ただ、この学校には漫研もあるから、ありきたりな作品描くなら『漫研へどうぞ』ってなるけどね」

「短歌詠みの私が、文芸部ではなくこの部に入るくらいにフリーダムだよね」

 りんどうが笑顔で言った。僕は、

「デジタルにすら拘りがないのは、意外と言えば意外だけど」

 と、正直な気持ちを打ち明けた。

「デジタルもアナログもあるんだよ」

 などと苺がおどけて言うけれど、僕としては、歌人であるりんどうがここの部員なのは意外だと思ったし、そのりんどうを始めとした部員―伶葦茅を除く―がことごとくアナログ人間であるのも意外な事だ。

 演劇はまさに身体表現であって、アナログの極みだし、脚本にしても『PCで打ってるからデジタル』というのは本質的な部分の問題ではないだろう。

「もちろん、それはおかしいとか言いたい訳じゃなくて、ほんとフリーダムだな、って事なんだけどね」


 と、葉蔵は呆れたように言い放った。


「!?…いやいや、伶葦茅君…」

 勝手にモノローグつけないでね、と言うべきか、事実を捻じ曲げないでね、と言うべきか。いや、突然語り手ジャックしないでね、なんていうメタ発言が許されるのかも判らずに、僕はどうツッコミを入れるか迷い、黙り込んでしまっていた。




「雪、やんだね!」

 昇降口から外へと、子供みたいに飛び出した苺が、空を見上げて普段よりは大きな声を上げた。

「積もらなくて良かったね」

 と、りんどうが言った。自分達はもう、雪が積もってはしゃぐ子供ではないという事なのだろう。

 僕達は帰路に着いた。十二月頃であれば紺色に包まれていただろうこの時間、まだ辺りは薄明るく、寒さの中にも春の訪れを感じさせていた。

 そして僕は伶葦茅の隣を歩きながら、今後の事を考えていた。入部して初めて経験する事になる映像制作がいよいよ始まると思うと、心が浮き立つような感覚を朧げにであるけれど、自覚せずにはいられないでいた。

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メディア芸術部のクリエイティブな日常 友宮涼詩 @tomomiya

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