徒然芋

逢神天景

徒然芋

「さあ、いらっしゃい! 今日はいいジャガイモが入ってるよー!」


 はたと気づいた。ここはどこだ?

 自分の身体を確認する。手足が動かない。いや、それどころか視界が無い。今の俺には触覚と、聴覚しかないようだ。

 触覚があるということは、体はあるのだろうか。しかし、手足が動かないとはいったいどういうことだろう。

 なんでこんなことになったんだろう――と考えるが、そこにきて俺には何も記憶が無いという事に気づいた。

 いや、完全に記憶が無いわけじゃない。たとえばスマートフォンの使い方や、テレビがどういうものかはわかるし、リンゴが甘くて美味しいという事も分かる。

 しかし、たとえば自分が何者なのかとか、そもそも今俺はどういう状況なのか――そういう、いわゆる思い出のようなものが完全に欠如している。これじゃあ、自分について何もわからないのも同義だ。

 過去の自分が何者か分からないのは仕方ない。では、今の状況を把握しよう。

 唯一ある聴覚で、周囲の状況を探ることにする。


「らっしゃい、らっしゃい! 今日はジャガイモが安いよ!」


 ふむ……この掛け声からして、おそらくここは八百屋かな?

 って、なんで八百屋!


「すみませーん、ジャガイモ四つください」


「毎度!」


 女性の声がしたと思ったら、唐突に足場が崩れて俺の身体が転がった。

 うおおお!?!?!?

 ゴロゴロと転がり、空中に放り出される感覚。

 ――俺は、なんだ、どうなってるんだ!?


「おっといけねえ」


 かなりの速度で落下していたと思ったら、パシッと誰かに掴まれた。た、助かった。


「いや、間一髪だったね」


「おう、危うく売り物落とすところだったぜ。このジャガイモもちゃんと上に置いておかねえとな」


 俺は掴まれたまま運ばれ……そして、どこかに置かれた。多少転がるけど、今度は少ししたら止まってくれた。

 そして、今の会話から察するに……俺は、ジャガイモになっているのか!?

 さっきから俺に触れているごつごつとしたものも、ジャガイモか!?

 ジャガイモ……になってしまったのか俺は。

 不思議と嫌な感じはしない。いや、まあ……今更どうしようもないからかもしれないが。

 なるほど、俺はジャガイモになってしまった。ならば、そのことを受け入れるしかあるまい。俺は幸せを追求したいからな。

 では、ジャガイモにとっての幸せとは何か? それはもちろん、美味しく食べてもらう事だろう。

 ……触覚があるということは、痛覚がたとえなかったとしても体を切られる感覚はあるのか……とか思ってはいけない。そういうのは考えたら負けなんだ。

 では、どんな食べ方で食べてもらうことがいいだろうか。

 まずは、王道でカレーだろうか。

 大きく切ってほくほくとした触感を楽しんでもいいし、小さく切って風味を楽しんでもいい。ドロッと溶けるまで煮てもいい。ジャガイモが様々な顔をのぞかせる料理と言えよう。似たような理由でシチューもいいな。

 ただ、シチューはご飯にかけて食べるわけじゃないから、ほぼゴロゴロ一択だけどな。パンにつけて食べる場合はドロドロでも可。

 他だと……ふむ、これまた王道だが肉じゃがなんかもいいだろう。ジャガイモの味と、牛肉の味がマッチしていて、非常に美味しい。ジャガイモは味が染みれば染みるほど美味しくなるというものの典型的な例とでもいえるだろう。

 ストレートにじゃがバターもいいな。芽だけとって皮ごとラップにくるんでレンジでチン。そしてそこにバターをつけて食べる。お好みで塩コショウなんかもいいな。素材そのままだが、それ故に深い味わいを醸し出している。

 フライドポテトも捨てがたい。サクッと揚げられたポテトに、塩を少し振って食べる。飽きてきたらケチャップもいい。熱々のうちに食べるのが理想だ。

 ジャーマンポテトもいい。味付けが料理する人によってまちまちだが、だからこそカレーをも超えるポテンシャルをほこっている。

 ポテトサラダもいいな。ジャガイモを潰してしまい持ち味であるホクホク感などは出せないが、逆にジャガイモの味そのものをサラダとして楽しめる。

 そもそもジャガイモは最強だ。割と保存がきくし、病害や虫の被害を受けやすく連作障害も発生しやすいが、そのぶん冷涼な気候や硬く痩せた土地にも強い。一個食べれば結構腹にたまるし、前述の通り美味しい。まさに、史上最強と言っても過言ではないだろう。異論は認める。

 ジャガイモが無くては、キング・オブ・お菓子であるポテトチップスすら生まれていない。ポテトチップスとチョコレートのコンビネーションは、他の追随を許さない。そこに炭酸飲料が加われば敵はいない。これまた異論は認める。

 話がそれた。なんにせよ――俺は、どんな調理法であれ、食べた人を満足させなくてはならない。そのために出来ることがあるかは分からないが、誰かに買われるまでは精一杯考えようと思う。せっかくジャガイモの身でありながら、思考するという能力があるのだから。


「すみませーん」


 おや、またお客さんが来たようだ。

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徒然芋 逢神天景 @wanpanman

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