第5話
気が付くと見覚えのあるいつもの天井が見えた。死島は自分の部屋の布団の中にいた。窓からはさんさんと初夏の日差しが差し込んでいる。
「あれ、私寝てたっけか?てかさっきのは夢なんかいっ」
やけにリアルな夢だったなと思いながら、布団の上に温かみのある重さを感じて体を起こした。
「もーちゃん、いたんでちゅかー 暑いからどいてくれまちゅかー」
死島は今年十三歳になったご老体の飼い猫、モーラを抱き上げ、猫なで声で言った。飼い猫のモーラはにゃぁと鳴き、ゴロゴロと喉を鳴らしすり寄ってきた。突然死島は何故か無性に母と父に会いたくなり、階下の営業中の店舗を覗きに言った。母の真弓は人気の唐揚げをフライヤーで揚げているところだった。
「あら ひーちゃん、どしたん?まだ出勤時間には早いで?」
母の真弓が物珍しそうに死島の顔を覗き込んだ。
「ううん、ちょっと覗きにきただけ」
すると新聞を読んでいた父の芳路が嬉しそうに死島のところへ来た。
「あそこの神社にレアキャラおるんや。行ってこかな♪」
芳路はスマートフォンを片手にニヤニヤしながら言った。
「まだそれやっとるんか。もう時代は終わったで」
死島は芳路を馬鹿にしつつも「パチモンGO」をやっている父親の無邪気な姿を見て、なぜか涙が零れていた。それを悟られないように死島は地元の新聞の「おめでとう」と「おくやみ」欄を見ている振りをした。暫くして、チリンっと来客を告げる店のドアが開く音がした。
「いらっしゃいませっ」
芳路がスマートフォンを隠し、営業モードの声で言った。そこには八の字眉の見覚えのある顔が入ってきた。よぉ!、といって死島がいつも座っている喫茶ブースのカウンターに座った。小学校からの同級生、大林隆一だ。因みにあの日、一番大爆笑してた彼である。今は遠く離れた神奈川県に在住しているが、こちらに帰省するたびこの店に顔を出してくれる。隆一は死島の隣に座り、彼がいつもそうするようにビールと唐揚げを注文した。
「帰ってきてたんすか。また太ったんとちゃいます?」
死島はあからさまに告げた。
「まぁええ加減おっさんやでな。あと数年でお互い40やないか」
「まぁそうですが…」
「同級生は相変わらず来てくれるんかいな?」
「ちょくちょく来てくれますわ」
30を過ぎた頃、彼の提案で小規模ながらも同窓会をこの店で開いたことがある。当時は「フェイスノート」と言うSNSが流行りはじめた頃だった。隆一が影の発起人となって、かなりの人数の同級生を集めていた。彼のテンションの低下と、ブームも下火になった今ではそういったイベントは全くしなくなったが、いい思い出になったのは確かだ。なぜか隆一本人は同窓会を指示するだけで参加していないのであるが。
それ以来、稀にではあるが、お客さんとして同級生が家族を連れて来店してくれたり、個人的にも訪れてくれるようになった。
「そか、なら良かったの。少しでも売り上げに貢献してもらったらええやな」
彼はビールをグイと飲みながら言った。
「ここはええ憩いの場やで。少なくとも俺にとってはな。お主が同級生やなかったらこの店にも来とらへんと思うしな、ははっ」
「りゅうさん、ひとつ聞いてええ?」
「ん?」
「私、給食当番の日直の日、ごちそうさまって言ってへんやんな?」
「は?今更何を言うとんねん。あれはどう考えても記憶に残る世紀の伝説やろ!」
そういって彼はキンキンに冷えたビールと出来立ての唐揚げを美味しそうに頬張っていた。
死島百帆子の沈痛/完
死島百帆子の沈痛 小森龍太郎 @RyutaroKomori
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