第4話

 どれくらい時間がたったのだろう。突然ぱっと闇から光が差し込んだ。

「まっぶしっ! 目ぇ痛たっ!」

 死島は真っ暗な闇の中からフラッシュでも焚かれたかのような強烈な光で目を眩ませていた。そのうち目が慣れてきたのであろう、徐々に視界が開けてきた。フェードインしてきた光の視界の先には池があり、大きな錦鯉が口をパクパクさせながら気持ちよさげに泳いでいる。それは見たことのある懐かしい風景だった。木造の校舎とコンクリート建ての校舎との間にある、「憩いのひろば」という空間に死島は居た。

「ここってやっぱり…」

 ここはかつて死島が在校していた小学校だった。そしてこの場所の時空が現在でないということもうっすら認識できていた。何故なら本校舎と呼ばれていたこの木造校舎はとっくの昔に取り壊されているからだ。タイムトラベル――死島はそんな言葉を思い出していた。

 死島は記憶を頼りに当時の教室に向かった。死島の推測が正しければ今は給食の時間。そして死島はその日、日直当番であるはずだった。意を決して教室のドアをすっとくぐり抜けた。思ったとおりそこには二人の小さな男女がマスクをして教壇の前にいた。幼い顔をした向森勝則と死島だ。

「やっぱり間違いない、あの時空に私はいる…」

 今から起こる出来事を死島は理解している。呪文を唱えながら思い出していた記憶とは、まさにこれだった。 死島のやり直したい事――今では伝説にもなっているこの出来事をやり直し、なかった事にするということだ。そしてその時が来た。二人の小さな男女は顔を見合わせ、せーのっという風に声を合わせて口を開いた。

「みなさん手を合わせてください♪」

 見事なほどに勝則と死島の声が綺麗なハーモニーを奏でていた。ぺこぺこにお腹を空かせたクラスの皆は、目の前の食事にやっとありつけると言わんばかりに嬉しげに手を合わせていた。来た!っと死島は思った。

「ごちそうさまでした♪」

 勝則の「いただきます♪」の声に被せるかのように、手を合わせ丁寧におじぎをしながら「ごちそうさまでした」と死島は言い切っていた。綺麗にハモっていた男女の声が分離し、それはまるでステレオ音声かのようであった。無論周りはざわつき、爆笑の渦に巻き込まれていた。ギャグ冴えとる!めっちゃおもろいわ!などと、意図しない賛辞の声と笑い声があがっていた。特に八の字眉が印象的な大林隆一がはしゃいでいた。

「わちゃぁ、ほんまやってもうとるがな私。真剣な顔で自信満々に言い切っとるがな。。。」

 初めて客観的に見たそれは、当の本人でさえも笑ってしまう位の光景だった。

「こりゃ伝説になるわ…って感心しとる場合ちゃう! 早よやり直さな!ってかもう事が過ぎてしまってやりなおせんのかっ!」

 死島はしまった、と言う風にうなだれた。小学生の死島が例の台詞を言う前にあの体に入り込んで、正規の台詞を言わなければならなかったのだ。あろうことか死島は事の流れを普通に見届けてしまった。

「やってもうた。。もう終わりや。。」

 諦めかけていたその時、あの呪文を思い出した。

「もしかして…」

 自分の考えが正しければいけるはず…そう思いもう一度例の呪文を叫ぶように唱えた。

『セクロスっ!!』

 ぱっと一瞬闇に包まれたが、すぐに光が差し込み、視界が広がった。そこには二人の小さな男女がマスクをして教壇の前にいた。幼い顔をした向森勝則と死島だ。

 よしきたっ!と死島は思った。思い描いた場面でこの呪文を唱えると、もう一度その時空に戻れるのだ。

「セクロスってすっげー!。」

 感心してひとりごちていた刹那、「ごちそうさまでした♪」と聞こえてきた。周りからは大爆笑の渦があがっている。感心している間にタイミングを逃してしまった。

「あ、やってもた。。じゃあもう一度、セクロスっ!!!」

 闇が光に変わり、フェードインした視界には、二人の小さな男女がマスクをして教壇の前にいた。幼い顔をした向森勝則と死島だ。

「よしきたっ!今度こそ」

 死島は今から言葉を発する当時の死島へ駆け寄った。

「みなさん手を合わせてくださいっ♪」

「今やっ!」

 死島は手を合わせた彼女の中にすっと入り込んだ。いけた!と同時にすぐさま正規の台詞を口にした。

「いただきます♪」

 勝則の声とうまくハーモニーを奏でることが出来た。すると突然ごーっという音と共に視界が揺れ、目の前の光が徐々にフェードアウトしていった。そしてまた星のような光の点が流れ、猛スピードでどこかへ連れて行かれる感覚になった。

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