第3話
死島は自身の肉体が運ばれている救急車を目指して猛スピードで浮遊していた。
「ひゃうっ!ひゃうっ!」
救急車の後続車をすり抜ける度、死島は情けない声を上げていた。すり抜けられると分かってていても、ぶつかるのではないかという恐怖でいっぱいいっぱいであった。そしてようやく救急車まで追いついたのだが、死島は猛スピードのまま救急車までもすり抜けてしまった。
「ひゃうっ!よう考えたら止まり方分からんがなっ!ひゃうっ ひゃうっ もーちゃん!どないしたらええのん!ひゃうっ!」
「ちょっと待て、今忙しいのじゃ!」
モーラが忙しいのは自分の事を思って色々と計画を立ててくれている為だろうと感じ、死島は感慨深くなった。そしてその頃、モーラは駐車場で見つけたトカゲを追い掛け回していた。
「もーちゃんっ!!!あかん、琵琶湖見えてきた!」
死島の言葉にはっとして、モーラは賢者モードになった。
「ばか者!何処まで行っておるのじゃ!早く戻れ!」
モーラのドスの効いた声に死島は事の重要性を再確認した。
『ごちそうさまでしたっ!!』
例の呪文を唱え死島は向きを変えた。
「止まる呪文教えてくれへんかったやないか!!ひゃうっ ひゃうっ!」
猛スピードで引き返しながら死島が叫んだ。
「すまん、忘れておった。これを唱えろ。真顔でな!」
救急車をすり抜けた刹那、死島は言われたとおり能面のように真顔になり、教えられた呪文を唱えた。
『ストッピング。』
あまりに普通な呪文に拍子抜けしながらも、無事救急車の中に入り込むことに成功した。
父と母はハンカチで鼻と口を押さえながら心配そうな表情で死島を見ていた。精神である死島には嗅覚がないため感じ取ることは出来なかったが、 恐らくうんこくさいのだろう。
「詳しいことは病院で検査してみないと分かりませんが、恐らく熱中症でしょう」
救急隊員が説明していた。
「熱中症を侮ってはいけません。最悪死に至るケースもあります」
「えっ!」
「脳機能や腎臓障害などの後遺症もありうる、とても恐ろしい症状なんです」
熱中症の恐ろしさというものを芳路と真弓は改めて実感しているようだった。
「じゃあこの匂いも…」
「おそらく本人が意識を失った瞬間にでも漏らしたんでしょう」
死島はふむふむと真面目に聞いていたが、最後のやりとりを耳にして慌てふためいた。
「ちゃうっ!それは犬のうんこや!私が漏らした事になっとるやん!最悪やっ!」
「何をやっとる。早く肉体に入らぬか」
モーラの声が聞こえた。
「どうやって肉体の中に入ればええのん?また呪文でもあるの?」
「いや、そのまますっと入り込めるはずだ」
死島は自身の肉体に体を重ねるようにしてみた。だが、今までのようにするりと抜けていくだけだった。
「すり抜けていくだけで入り込めんけど?」
「ふむ、おかしいのう。何回かチャレンジしてみてくれ」
死島は色んなパターンで肉体に入り込もうとしたがやはり虚しくすり抜けるだけだった。
「全然あかんわ。入れへん」
「うぬ、おかしいのう」
モーラはしばし考えているのか、沈黙が続いていた。
「もーちゃん、私、このままなんやろか。もうこの肉体は死んでいって、私だけこの世に取り残されるんやろか」
透明な死島の目からは涙がこぼれていた。
「もーちゃん、何か言って!もーちゃん!」
沈黙が続いていた。
「もーちゃんっ!」
「お、すまん、ちょっと取り込み中だったもんでの」
一人になってしまったのかと泣きそうになっていた時、ようやく返事があった。モーラは自身の排泄物に砂をかけているところだった。
「考えたのだがの、御主、過去に何かやり残した事ないかね?」
「やり残した事?」
「そうじゃ。過去にやり残した事、もしくはやらなくて後悔した事、どちらでもよいが」
「いっぱいある」
即座に死島は答えた。
「うぬ、恐らく原因はそれかもしれん」
「どういうこと?」
「つまり御主の精神が過去に未練を残したままになっているということじゃ」
「言っている意味が全然わからんのやけど」
「御主が今その肉体に入れないのは、未練を残したまま未来の自分に戻りたくないと拒否反応を起こしているのかもしれん、ということじゃ」
「えっ!」
「心当たりはいっぱいあると言っておったな」
「うん」
「よし、じゃあその中でも特にやり直したいことを一つだけ思い浮かべて大きな声でこう唱えろ。叫ぶように目一杯じゃ!そうすれば道が広がるかもしれん」
死島は、やり直すにはあれしかない、とあの日の光景を思い出し、モーラに教わった呪文を叫んだ。
『セクロスッ!』
刹那、目の前が闇に包まれ、無数の星のような光の点がものすごい勢いで流れていた。猛スピードでどこかへ連れて行かれている感覚だった。
「何やこれっ!もーちゃん! 何これ! もーちゃん」
「そこから先はわしは行けぬ。あとは自分でなんとかせぃ」
エコーがかかったようにモーラの声が遠ざかっていった。
「もーちゃぁーんっ!」
ごーっというすざましい音と共に死島は身を任すしかなかった。
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