消去

9741

第1話

 私の友人は天才だった。いつも奇天烈な発明をしては、世間を驚かせている。

 絶対に倒れない二輪自動車、全自動パン製造機、空を飛ぶ家、ネクタイを巻いてくれるクローゼットなどなど……。


 変な発明も多かったが、その性能はピカイチだった。

 いつかタイムマシンを作ってしまうのではないだろうか、そう言う者もいた。


 最近、友人がまた新しい物を開発したらしい。今日、テレビで特番をやるらしいと聞いた。

 私は煎餅を齧りながら、テレビのチャンネルを合わせる。


『それでは、発明品の説明に移りましょう。葉加瀬さん、お願いします』


 お、ちょうど始まるみたいだ。


『えー、今回私が開発した発明は、ズバリ、記憶を消す装置です』


 友人の説明と共に、画面に奇抜なデザインの装置が登場する。

 記憶を消す装置……。また凄いものを作ったなぁ。


『この装置は、人間の脳に作用に、特定の記憶を消すことができます』


『なるほど……これはどういった意図で作られたのですか?』


 司会進行が友人に質問する。


『そうですね。例えば、子供の頃にイジメを受けたAさんがいるとします。Aさんはそのイジメがトラウマとなり、大人になっても人間不信が治らなかったのです』


 あぁ、いるなぁ。そういう人。


『そこでこの装置の出番です。この装置を使い、Aさんのイジメられた時の記憶のみを消します。それはつまり、Aさんのトラウマを消し去るということです。これにより、Aさんは人間不信が治すことができます。私はAさんのように、トラウマを抱える人を救うためにこの装置を開発しました』


 記憶を消す装置か……私の黒歴史も消せるかな。


『……と、いうのは建前です。本当は違います』


 突然、友人が司会からマイクを奪いとり、話し出した。


『本当はこの装置は、ある人のために作りました。その人は自殺を望んでいるのですが、家族や友人のことを考えてしまい、一歩踏み出せずにいました。自分が死んだら、家族や友人が悲しむだろうな。死にたいけど、大切な人が泣く姿は見たくないな。そう考えていました』


 この友人は何を言っているんだろう? 司会も呆気に取られた顔をしている。多分、私もこんな顔をしていると思う。


『この装置を使えば、そんな心配も無くなります。家族と友人、世界中の人間の脳からその人の記憶を消せば、悲しむ人間はいなくなります。……それでは実際に使用してみましょう』


 そう言いながら、友人は装置を作動させた。

 装置が怪しい光と音を放つ。


『いかがでしょうか、皆さん』


 テレビの向こうで、一人の女性が画面を通して視聴者に問いかける。


 ……あれ、なんで私こんな番組を見ているんだっけ?


『……どうやら、成功したみたいね』


 女性が何かを呟くが、小声で聞きこれなかった。

 彼女は懐からトンカチを取り出し、傍にあった変な装置を叩いて破壊しだした。

 え、なにこの人。何やってんの!?


『はぁ、はぁ……』


 あらかた破壊し終わった後、女性はトンカチを捨てた。

 そしてポケットから何かを取り出した。それがナイフだと分かったのは後のことだった。


『それでは皆さん、さようなら』


 彼女はナイフを自分の胸に突き刺し、その場に倒れた。

 その女性が倒れると同時に、テレビ画面が『しばらくお待ちください』に切り替わった。






 結局、その女性が誰なのか分からなかった。

 一時は、謎の人物として話題になったが、次第に忘れ去られていった。

 でも私は忘れていない。画面越しとはいえ、目の前で人が死んだのだから。


「あーあ、記憶を消す装置とかあったらなぁ。あの時の記憶を消すのに」


 そんなことを考えながら、私は今日も生きることにした。

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