炎、覚醒

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炎、覚醒

 車田レツはとても熱い男だ。

 暑苦しいといっても過言ではない。昔、幼馴染のバブルに、アナタといると私の熱気まで奪われそうになるわ、などと皮肉を言われるほどだ。

 車田レツ喧嘩っ早いが人情に厚い。どのようなことにも熱心に取り組むその姿に、性別を問わず誰もが惹かれる。

 そんな彼を、爆炎番長と呼ぶ者もいる。

 その呼び名をレツ自身も気に入っているようで、特注で作った真紅の学ランを常にきている。情熱・熱血の、赤色だ。だが稀に、喧嘩相手の返り血だと勘違いされてしまうことがある。


『さあ、今日も始まりました。能力者達によるバトルコロシアム、略してバトコロ! 実況はお馴染み、ジョージがお送りいたします! それでは今回の選手に入場してもらいましょう! まず、赤コーナー! 心に宿る炎は全てを灰にする! 爆炎番長・車田レツ選手!!』


 実況者ジョージの声がマイクとスピーカーを通じて、会場内に響き渡る。


「うぉおおおおおっ!」


 フィールドに入場したレツは、気合を入れるために叫ぶ。彼の叫び声に、観客達も沸き起こる。


「続いて青コーナー! 熱さならわしも負けぬ! 静かなる深炎・井之頭ガイ選手!」


 レツとは反対側のコーナーから、顎鬚を生やしタバコを加えた初老がゆっくりと入場してきた。

 番長レツと初老戦士ガイ、二人は向かい合い握手を交わす。


「ええ試合にしようや、ボウズ」

「おう! よろしくなおっさん!!」


 握手を終えた二人は、それぞれの定位置につく。


『それでは、レディ……ファイっ!』


 ジョージの声と共に、ゴングが鳴らされる。試合開始の合図だ。


「はぁああああ! 火炎弾!!」


 さきに仕掛けたのは、レツだった。

 掌から炎の球を発生させ、ガイに向かって投げつける。

 レツの力は炎。熱い彼にはまさにピッタリな能力だ。

 火炎弾がガイを襲う。


「……無駄じゃ」


 ガイはゆっくりとしゃがみ、地面に手を着く。


「火山浪ォ!!」


 ガイの掌を起点に、大量のマグマが噴き出した。


「何っ!?」


 溶岩の壁に阻まれ、レツの火炎弾はかき消された。


「残念じゃったのぅ、ボウズ……。わしの能力は、全てを飲み込み燃やすマグマじゃ。お主の炎はわしには効かん」


「くっ……ファイアウォール!!」


 レツは自身の周りに炎の渦を発生させ、防御体制に入った。

 大量の溶岩がレツに直撃する。


「ぐわぁあああ!」


 レツの叫び声が会場に響き渡る。

 結論から言うと、防御したのは失策だった。

 全てを飲み込むマグマは炎の盾さえも吸収し、その威力を増大させてしまった。


「はぁはぁ……」


 溶岩の攻撃が止むと、そこには虫の息となったレツがいた。


「一撃で仕留めるつもりじゃったが……。ボウズもわしと同じ火系の能力者。熱には耐性があったか」


 ガイのその言葉は、レツには届いていなかった。それはレツの意識が朦朧としていたからではない。 レツの意識ははっきりとしていた。そしてはっきりとした意識で、考えていた。


「(どうする……俺の炎はおっさんのマグマには全く通用しない。……連続技で対抗するか……いや、ダメだ。生半可な火力じゃ、あのマグマに吸収されちまう)」


 普段使わない頭をフル稼働させて、レツは打開策を考える。


「(火力を最大限にまで上げるにしても、チャージしている間にやられちまう。どうすれば……)」


 だが考えれば考えるほど、ガイに勝つ方法が見つからなかった。


「(あぁくそっ! 頭が痛ぇ!! こういう頭使うのはバブルの方が得意なんだよな)」


 頭を掻き毟りながら、レツは幼馴染の事を思い出していた。


「……まてよ? もしかして……」


 その時、レツの小さな脳みそに、ある考えが浮かんだ。


「いろいろ策をめぐらせておるようじゃが、これで終いじゃ」


 ガイは再びマグマの波を発生させ、レツに向かって攻撃する。


「俺にできるか……いや、やってやる!!」


 レツは意を決した。

 そして、どういうわけかマグマに向かって突進し始めた。


「血迷ったかボウズ……」

「うぉおおおおおおおお!」


 叫びながらレツは、マグマを殴った。

 レツの拳と、溶岩が衝突する。その時だった。

 さきほどまで赤く燃えていたマグマが、黒い岩に変貌し、動きが止まった。


「よっしゃあ!!」

「な、なんじゃと!?」


 ガイは驚きを隠せなかった。

 当然だろう、溶岩が主である自分の意に反して、突然変化したのだから。

 いや、黒くなっただけではない。よく見ると、マグマだった物の表面に氷が付着していた。


「ボウズぅ! ワシのマグマに何をした!!」


 怒号を発しながら、ガイは尋ねる。その質問にレツは鼻の下を指でかきながら答えた。


「へへへ。俺ってさ、こんな熱い性格だからさ。よく幼馴染に馬鹿にされてたんだ。『お前と一緒にいると、こっちの熱気まで吸われる』ってな。それを思い出して、実践してみたんだ」

「あぁ? 何の話を――っ!」


 そこまで言って、ガイは理解した。自分のマグマに一体何が起こったのかを。


「どうやら分かったようだな。そうさ、吸収したのさ。おっさんのマグマの、熱をな」


 レツの能力は炎。その根源は熱だ。

 言ってしまえば、レツの能力は熱を放出するもの。

 放つことができるのなら、吸収できることもできるかもしれない。レツはそう考えた。

 その考えは、見事に正解だった。


「そして、マグマの熱を吸収したお陰で、チャージする時間も短縮できたぜ」


 レツは両手を天に掲げる。

 彼の両手から、巨大な火の玉が発生した。その大きさは、先ほどの火炎弾とは比べ物にならないほど、大きかった。


「喰らえ! 超! 超火炎弾!!」


 巨大な火炎弾をレツは敵に向かって投げつけた。


「くっ……火山浪!!」


 ガイも溶岩で対抗する。

 だがさきほどとは打って変わり、炎はマグマに吸収されなかった。

 それどころか、レツの炎の方が、威力が上なのか、マグマのエネルギーを吸収し、威力を増していた。

 全てを飲み込むマグマを、炎の弾が飲み込む。

 弾はガイに直撃し、火柱となって燃え上がった。

 火柱が消えると、そこにはガイが黒焦げになって倒れていた。


『け、決着ぅうううううう! 勝者、車田レツ選手!!』


 ジョージ実況が、勝利者の名前を宣言する。


「よっしゃぁああああああ!!」


 レツは喜びの叫びを上げる。

 この試合を機に、爆炎番長は爆熱番長へと呼び名が変わった。

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