第20話
M21から出ていく人間は少ない。入るときの値段よりも、出るときの値段がはるかに高いためだ。
円をなす狭いエアポートに停泊した旅客機へのタラップを、目立たない灰色のぴったりとしたスーツを着込んだ男が登っていく。
赤外線アイスコープをかけ、男の表情はわからない。
見送る人も少ないエリアに、尼僧の姿があった。
一日に一本きりのこの船の出航に追いすがるように駆けつけて来る。
「黒天使ー!」
エリア中に彼女の声がこだまする。
アイスコープの男がちらりと彼女を見る。
「黒天使、あたしのこと、忘れないで! あなたのこと、愛してるわ!」
タラップを登る人々が、彼女を振り返る。その足は、しかし、止まらない。彼女が呼び続ける恋人の姿を探す人もいた。
すべての人が乗り込み、エリアにはドナ一人が取り残された。
係員が、彼女に警告する。
タラップがエリアの隅に引き下げられ、ドナを力づくで係員は連れて行く。
泣き続ける彼女をパトロール員が引き取りに来た。
彼女の背後を宇宙船が飛び立って行く。
振り返るが、銀色のドームからは宇宙は見えなかった。
「恋人が乗ってたんですか?」
彼女を寺院へ送ってくれたパトロール員がたずねた。
ドナは首を振る。
「天使よ」
パトロール員はあいまいな笑みを浮かべ、彼女を結局寺院まで送り届け、後日出向するようにことづけた。
いつになく寺院の前に人だかりができている。
パトロールの車が何台も止まっていた。
ドナを送りつけたパトロール員が仲間にたずねた。
仲間は複雑な顔をして、寺院の最上階の細い塔を指さした。
ドナは見上げる。
細い塔の先の聖十字に血まみれの教祖が両手を広げてぶら下がっていた。
黒天使 藍上央理 @aiueourioxo
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