桜の咲く頃に
つかさ すぐる
1話完結
彼が消えた。
それは、あまりにも突然だった。
気づいたのは、
その日もスマホのサポートリストを
見たからだった。
眠る前に、
スマホでその配信サイトの
サポートリストを開いて、
彼のサイトを出してから寝るのが、
私の日課になっていた。
「
そう思うかもしれない。
けれども、通知登録をしてしまうと、
あのうるさい警告音がするのが
「音だって変えれるじゃない。」
そう思うかもしれない。
けれども、
せっかく彼の歌が始まると言うのに
その音楽で始まるのは、
カモミールティを飲もうとしているのに、
シナモンをかじるみたいじゃない?
「彼の歌を加工すれば、
呼び出し音にできたのに。」
そうか、その手があったか・・・
そんな事は、本題じゃない!
問題は、彼が突然居なくなった事!
ネットの配信者が消える事などは、
彼らの多くは、
ネットに関する知識が
未熟な所からスタートして、
それでも、
それを消化してまた復活できる者だけが
生き残っていく。
けれども、弾き語りの配信者達は、
少し事情が違う様に思える。
彼らは楽器ができるという事で、
最初から少しイニシアティブを持っている。
超初心者でディスられる者もいるが、
逆に技術を教えてもらって、
いつの間にか仲良くなっていたりもする。
彼はどちらかと言うと前者で、
かなりの高等レベルの
テクニックの持ち主で、
何か印象に残る切ない声だったから、
その
なにより、
彼の自作の曲には独特の世界観があって、
マニアックなリスナーには
根強い人気があった。
にもかかわらず、
彼の配信は過疎っていた。
彼は、リスナーのコメントに
反応しないのだ。
そして、同じ曲を繰り返し練習する。
勿論、コメントに反応しないのだから、
リクエストに応える事
いくら音楽を聴きに来ると言っても、
配信サイトのリスナー達は、
何らかの交流を求めている。
反応が無いなら、
プロの
ダウンロードして聴いても同じだ。
だから、
数人の常連が時間を見つけては、
入れ替わり聴きには来るが
賑わいはしない。
「ジンさん、彼が消えたの気づいた?」
コラボをしていた配信主に尋ねてみた。
「アカウント消えてたね。
何かあったのかなぁ?」
「ジンさんも、事情知らないの?」
「彼とは、
コラボでセッションは何度かしたけど、
そんなに親しい訳じゃないからね。」
芸能人が皆知り合いじゃなのかと
ついつい思ってしまうのと一緒で、
配信者達も少し絡んでいると、
とても親しいのかと誤解してしまうが、
「やっぱり、そう・・・」
訊きにくかったけど、
彼の配信に来ていた女性配信者にも
同じ質問をしてみたが、
一緒だった。
「見つけたら、教えてね。
彼の歌、
カバーさせてもらう約束してるんだけど、
どうもコードがしっくり来なくて、
相談したいんだよね。」
そう言われて、
「ひょっとしたら、
この人が彼の彼女かな?」
と思っていたのが、
自分の誤解だとはっきりした。
「彼、
どこかでストリートライブ
やってるはずよ。」
場所はわからなかったけど、
外でライブをやっていたのを思い出した。
その時、珍しくしゃべる彼の言葉で、
「東北の人かな?」
と思ったのを覚えている。
「ありがとう。」
そうコメントを入れて、
彼女の配信を閉じた。
結局、
手掛かりらしいものはそれだけだった。
「東北か・・・」
私の住んでいる処からは随分と遠い。
それに、私が勝手にそう思っただけで、
本当に彼の
その地方のものだったかどうかも
定かではない。
「そうだ、東北に行こう!」
とは単純には行かないのだ。
それに行ったところで、
名前も顔も知らない実物の彼を
どうやって探せると言うのだろうか?
「奈美ちゃん、コースター取って。」
マスターはそう言うと、
今入れたターキーのロックを
カウンターのお客の前に置いた。
年が明けて春になって、
私は京都の大学に進学した。
あれから、
彼の事はネット上で
暫く探していたけれども、
コテハンやアカウントを変えて
配信している様子もなく、
受験の追い込みに入って、
それどころじゃなくなった私は、
残念ながら追跡を断念していた。
けれども、
けして彼の事を忘れた訳ではなく、
大学生になった私が一番にした事と言えば、
大学の軽音サークルに入る事であったし、
そのツテで、
ライブハウスのアルバイトを得る事だった。
そうやって、バンド活動に近づいて居れば、
どこかで
彼に会う機会があるんじゃないか
と考えていた。
ステージでは、
ハナレグミの「きみはぼくのともだち」を
五十過ぎても
まだフリーターのおじさんが歌っている。
私の計算外だったのが、
意外とライブハウスの
お客の年齢層が高かった事だ。
同世代のミュージシャンも居るには居るが、半数以下だった。
紹介してくれた先輩が、
「新入生に安全な職場」
って事で気を利かせてくれた結果、
私を娘の様に扱ってくれる
おじさんやおばさんのお客さんが多い
このライブハウスになったらしい。
それは、それでありがたい話だけれども、
彼を探すのにはマイナスかな?
と思った。
そんな調子で
大学生活も半年程過ぎて行ってたけれど、
さすがに生活は大きく変化していたので、
忙しかった。
合間を縫って、
駅前や河原町の周辺で
ストリートライブをやっている人を
見つけては、
「彼を知らない?」
って尋ねた。
ライブハウスでも、
全国を廻ってるミュージシャンには、
片づけを手伝いながら尋ねた。
にもかかわらず、
彼の手掛かりは何もなかった。
「今日は、京大で
来月の合同ライブの打ち合わせやから、
三時には京大の門に集合やで。」
先輩からLINEが入った。
昼に学食で同じ学部の友達と別れた後、
何時もならアパートに帰ってから
地下鉄でバイト先に向うのだけれども、
自転車で京大を回ってから、
バイト先の四条に行く事にした。
鴨川は、
京大から北に
西に上る鴨川と東に上る高野川に別れる。
普段は、
私の大学からは鴨川を
何時かネットで見た覚えがあったので、
西の河川敷の遊歩道を下り
対岸を見れば、
街路樹が紅葉していて、
コンクリート造りの味気ない建物を隠して
評判通り綺麗に色づいている。
その風景を見た後、
出町柳の駅前に掛かっている橋の通りを
超えると公園がある。
そこで立ち止まって振り返ると、
紅葉越しに比叡山が遠くに見える。
「うわっ、ネットで見た写真と同じだ。」
と思ったけれども、
この時期の京都では
紅葉なんて当たり前に見れるから、
ここが特に綺麗だとは思えなかった。
「曲を創れる人は、
ここで感動する人なんだろうなぁ。」
と、軽音に入ったものの
コピーしかできない自分と、
自作をどんどん創り出す友達を比べて、
切なくなったのも
少しは紅葉のせいだったかもしれない。
その時、
車の音と川のせせらぎと
色々な音が混ざった中から、
アルペジオの優しい音が
聴こえた様な気がした。
「
辺りを見回すと、
川沿いのベンチに
独りギターを弾いているのが見えた。
近寄って行くと、
音が止まって男性が振り返った。
「君もギターを弾くの?」
背中のギターを見て彼が言った。
自転車に乗せるのが怖くて、
背中にギターを掛けていたのを
改めて指摘されると、
なんだか照れ臭かった。
「それ、クラッシックギターですか?」
彼の音と似ていると思って、
ひょっとしてを期待して音の主を探したが、
その人の声と口調は、
私の知っている彼とは明らかに違った。
でも、一つわかった事があった。
彼はフォークソングやJ POP のコピーや、
そういう曲調の
オリジナルを弾いていたから、
フォークギターを使っているものと
思い込んでいたけど、
その音は
それだった。
フォークギターに
ナイロン弦を貼って
弾いている人もいるけれど、
あのテクニックはひょっとしたら、
クラッシックのミュージシャン
だったかもしれない。
それなら、
いくらライブハウスや
その関係のミュージシャンに尋ねても
彼が見つからないのも不自然じゃない。
それに気が付いた
少し音楽の知識が増えた自分に
感心はしたが、
また彼を探す範囲が広くなって、
気が遠くなる気がした。
ストリートライブの場所が取れたのは
久しぶりだった。
いつの間にか
自分がライブをやるようになって
二年が過ぎていた。
周りは皆就職活動をしていて、
早い者は既に就職先も決まったと言うのに、
今日も五時過ぎから始めて、
二時間位は、やっている。
もう辺りはすっかり日が暮れていた。
河川敷に咲いた桜のせいなのか、
桜の歌のリクエストばかりが来て、
ずっと歌っている。
コブクロから直太朗辺りを二周目に入ると、
自分の方が飽きて来て
他の曲を弾きたくなる。
まだ酔っ払いこそ居ない時間だけれども、
このまま最後まで
桜の歌を歌う羽目になるかもしれない。
そう考えていた時にふと、
彼の曲を歌ってみたくなった。
「じゃ、知らないとは思うんですが、
私の一番好きな曲を・・・」
そう言って、
あれから耳コピーしてコードも取った
彼の曲を弾き始めた。
さびに来た時だった、
最近弾いてなかったからか、
うまくコードが押さえられない。
周りは金曜日の帰宅時間で、
段々と人が集まって来ていた。
人前で歌っているのを
それほど意識する事は
最近ではなくなって来ていたが、
急にそれを意識して頭が真っ白になった。
「忘れちゃったから、他の曲にしますね。」
それまでの桜の歌が
あまりにもうまく行きすぎて、
周りが盛り上がっていたからだろうか?
「どうしよう・・・・・。」
切り替えることができずに
固まってしまった。
集まっていた人々はざわついたが、
通りすがりで聴いていただけの事だから
何も言わず去り始める。
滅多にこの人数が立ち止まって
聴いてくれる事も無いので、
残念な気持ちがして、
その
「彼女、
ギター貸してみてくんね・・・。」
三十手前だろうか?
スーツ姿のサラリーマンが、
スーツケースを転がしながら近寄って来て、
聴き取り
普段なら、
見知らぬ人に自分の大事なギターを
手渡すような事は、
勿論するはずもない。
浮き輪を
私は夢中で言われるままに、
肩から
代わりに彼は脱いだ背広を私に渡すと、
ギターを肩に掛けて向こうを向いて、
一礼してから演奏を始めた。
イントロが始まると、
去ろうとした人はまた戻り、
通り抜けようとした人も立ち止まった。
桜と彼の
互いに引き立て合っている様に、
辺りを幻想に
話し掛けて来た時の小声とは違って、
澄み切った高音が夜桜を縫って走った。
彼の歌を聴いて、
扇型に私たちを囲んでいた人の中には
涙ぐむ者もいた。
でも、一番泣いていたのはきっと私だった。
彼の肩越しに聴こえて来たのは、
確かにあの頃聴いていた「彼」の歌だった。
夜の明かりの中を舞い落ちて来た、
桜の花びらが彼の肩に止まった。
歌い終わったら、
その花びらを取ってあげようと
心に決め乍ら、
彼の歌が終わらない事を願っていた。
桜の咲く頃に つかさ すぐる @sugurutukasa
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