第4話 水槽-Water tank
オンラインゲームのNPCじゃないんだから、そんな都合よく居るものか。準備室なんて、ただでさえ人通りの少ない上に放課後だぞ。悪態をつく。担任に言われた例の部室もこの辺にあるそうだが。そんな環境だからだろう。遠くからの小さな水の音を拾えたのは。
「本当に居たし。」
遠目でも分かる準備室前の水飲み場で水槽を洗う女生徒。間違いない。
「こんにちは、これ保健の先生から…」
これで、報酬はクレンザーというキャンセル不可能なクエスト達成かに思えた。
「あっ」
一瞬ビクッと体を震わせると、こちらに視線をとばす。
「わざわざすみません、…って
よほど水槽を洗うことに集中していたのだろう。人が近づくのにも気づいてなかった様子だったし。だが、一つだけ言わなければならない。
「おまえ…、」
ズイッと詰め寄る。
「そう怒るなって。急だからビックリしちゃったんだよ。」
「そうじゃなくてだな、何で俺の名前知ってるんだ?」
「え…はぁぁぁ!?」
少女暫し絶句。
「ホームルームは?」
少女暫し唖然。
「兄の知り合い…?いや、上履きの色からすると同期か…」
小女暫し激昂。
「
そういえば居たような気がするな。
「お前こそ怒るなって。」
「うるさい!用が済んだならさっさと消えろっての!」
鎮静は逆効果。
「じゃあ用が済んでないなら行かなくて良いんだよな?」
「…まだ何かあるってのかよ。」
「いや、ないな。」
即答。
「よしオマエそこを動くなよ。」
おいおい武器は反則だろ!
「待ってくれ、すぐ考えるから!」
「大丈夫、お前が持ってきたコレ、新品だし、毛先ふわふわだから!」
急げ!初対面の相手に聞く事と言えば…
「血液型は?」
「B型!」
「好きな動物は?」
「犬!」
「好きな教科は?」
「体育!」
ええい、一言で返されてしまっては埒があかん。
「ちょこまかと避けるな!」
「濡れるから断る!」
鈴馬の手は、作業からそのままである。それを差し引いても水の量が多いような…。庶迂が水の先を辿る。水槽から溢れた水が伝って、床を浅く広く浸食していた。
「おい!早く蛇口を閉めろ!」
「わ、わかった」
慌てて踵を返す。鈴馬がバランスを崩して転びそうになるも、なんとか持ち直す。水は止まったが、嫌な静寂は漂い始める。幸い、庶迂が持って来させられた袋の中に雑巾があったので、黙々と拭き始めた二人。
「うー…ごめん。」
鈴馬は返す言葉が見当たらないといった風に長く引いた声を出していた。
「急にしおらしくなったな。教室でのお前と似つかわしくないぞ。」
「さっきまで顔も知らなかったくせに。」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。」
鈴馬の拗ねた表情が可笑しくて庶迂は思わず笑みをこぼした。
「そういやさ、何で水槽なんて洗ってたんだよ。」
鈴馬は少し迷いながらも
「部活の罰ゲームだよ。悪かったな。」
と小さく言い、そっぽを向いた。
「その割にはしっかりやるんだな。」
科学部が今日は活動していない事を思い出した。誰も見ていないのだから、てきとうにやればいいのに。
「確かに罰ゲームは悔しいけど、生き物の命を預かってんだから、蔑ろにしていい理由にはならないだろ。」
「意外に優しい奴なんだな。俺には優しくないのに。」
「人をからかうからだ。」
「からかった訳じゃねぇよ。」
雑巾を絞りながら言う。
「てかよ、鈴馬が部活なんて言うから思い出したくないこと思い出しちまった。俺はもう行くから。」
「お前が聞いたんだろ!」
庶迂は聞こえなかったフリをして教室へ戻った。
「ったく。」
最初のアレと、この去り方。先自分の失態を差し引いても、まだ分目が悪いな。
「分目庶迂か…。」
体育じゃいつも力抜いてっから碌でもない半端な奴だと思ってたけど、案外良い奴かもしれないな。
「…何部入ってんのかな。」
「最近の部活って罰ゲームがあるのか…情報処理部って何だよ、人が足りないって、絶対ブラックだろ…」
低電力の待機状態-Sleep mode @henleng
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