神の使い

 小一時間ほどキルとクラウが手合わせに興じたあと、さらに小一時間ほどティアにこってり説教をくらった。下僕で主犯のキルは当然として、臨界点突破のクラウまでもが正座させられていた。


「そりゃあね、キルはずっと我慢してずっとずっと頑張ってきたからすごく偉いと思うのよ? でもね? 私だって魔力切れなのに二人がそんなやんちゃして、万が一クラウが致命傷でもくらったら私今治せないでしょ。私がどんな想いで見守ったと思っているの」


 ガチで怒っていた。クラウは無の境地で黙って話を聴くがキルはニコニコしていて反省の色がうかがえない。正座しているが多分キルは一切足も痺れていないだろう。


「金輪際ダメよ。真剣でのやりあいは認めないわ。模擬刀もダメ。今にも折れそうな枯れた枝ならいいわ」

「えー」


 キルが不服とばかりに首を傾げるとティアの目がギラリと光った。やめとけ。


「えー、じゃないわ。」

「わかったよ」


 キルが素直に引き下がった。しかしまだまだティアの説教は長引きそうだ。クラウがより一層気を引き締めた時、隣でキルできゅるんと閃いた顔をした。


「それよりせっかくめでたい時なんだし、二人の結婚式の準備をしようよ」


 キルは面倒を回避するためにクラウを餌に差し出したのだ。


「けっこん!! 私と、くく、クラウの?」

「そうだよ。ティアはどんな式がいい?」


 クラウが俯いたままキルを睨むがキルは知らん顔だ。


「二人の赤ん坊を抱っこして『僕がおじいちゃんだよ』って言うのが次の夢」

「世界が混乱すること言うな」


 ティアが上の空でうあうあテンパっていたので、クラウの警戒も薄れキルに軽口を叩く。ついでに肩を回して首も鳴らす。足は慎重に揉みほぐした。完全に鬱血してる気がした。


「ピピ」


「どうしたピイ。腹でも減ったか」


 ピイがキルの頭の上で騒ぎ出したのでクラウが摘み上げた。


「やだやだ。ピイを持つ時はもっと優しく包んであげて」


 ティアがピイをクラウから奪還したが、ピイはピイピイと挙動不審だ。


 ティアが不思議そうにピイを覗き込む。そのとき空から音が聞こえた。



 魔王の城は柱ばかり天高く伸びて天井がない。だから重たい鈍色の空がいつでも見渡せた。夜ですら空は鈍色だった。それは雲ではない。視覚化されるほど集まった魔素の虹色が混ざりあってくすんだだけの鈍色。


 だが羽ばたきの音に三人が顔をあげると、神鳥の群れが旋回し徐々に光が差していく。


「ぴ」


 ピイが息を飲むのがわかった。ティアは指先でピイを撫でながら上空の神鳥たちを見守る。


「ああそうか」


 不意にキルが納得したように声をこぼした。


「魔人がいなくなって外敵が消えたから、彼らにとっても活動しやすいんだ」

「活動?」

「人間がΔDDみたいな機関を作って地上の魔素を回収してくれてるように。彼ら神の使いもまた天上の魔素を集めてくれてる」


 今までは魔人という空にも来る外敵がいたため、その本拠地である魔王の城には神鳥は来ることが出来なかった。神鳥が魔人に捕まれば強大な魔力を奪われてしまう。


「じゃあ空のことはあいつらに任せていいんだな」

「海も誰かに頼めないかしら」


 人間以外の魔力耐性のある生物、それも知性がある存在など思い当たる節はない。大概は魔力に呑まれ魔物になってしまう。


「神鳥は格別だからねえ」


 いっそ、人間より上位の存在だ。ひらひらと落ちてきた虹色の羽を拾い光にかざすとキルは小さく笑った。


「なんかあまり実感無いんだが、『最後の魔人を倒した』は事実で間違いないよな」

「間違いないよ。まだ弱い魔属が残ってるからほっといたら魔人に進化するかもしれないけど。魔素の回収もしてるなら多分問題ないよ」

「海の魔人、半魚人が次の敵になっていくのね」

「それ、ユーラドット行きの船でもうやったろ」


 神鳥たちの働きによって空が本来の明るさを取り戻した。


 明るい日差しが射すと、影もくっきり濃くなる。柱の影からワイバンが現れた。


「御前。悪い報せと悪い報せが」


 挨拶もなしに切り出された言葉にクラウは眉をひそめた。


 悪い報せと悪い報せ。せめてどっちかいい報せを持ってこいと言いたいところだったが、ワイバンの様子から余程の悪い報せだなと腹を括る。


「重要事項から話せ」

「シェアトの旦那がやられやした」


「……」


 ワイバンの報告に一瞬クラウがフリーズした。ちょっと待て。


「……ちょっと待て。わかった。順を追って話せ」


(動揺している)

(動揺しているわね)


 ティアが知る限り、シェアトはクラウの育て親のような人物だ。やはり身近な人物に何かあれば心配だろう。ティアも心配そうに眉を下げて見守る。ところがクラウはこうも言った。


「シェアトなんかほぼほぼバケモノだぞ。誰がやれるっていうんだ。いないだろ」

「え、そっち?」


「シェアトの旦那は裏ΔDDを連れて魔素回収も兼ねてユーラドットに滞在してやした」


(裏ΔDD)


 それはクラウも知らないものだった。ΔDDには裏の活動もあったらしい。ふざけんな。


「そこでバケモノに遭遇したんでさ」

「魔物とかじゃなく?」

「詳細はシェアトの旦那の回復待ちでやすが、旦那が守った他の隊員が言うにはそれは魔人に似た何かだったってことで身体能力が桁違いのバケモノと」


「……身体能力。魔力に頼らない戦闘。まるで僕みたいな」


 確かに相手がキルならシェアトもやられるだろう。しかしキルは魔王の城で磔にされていたのでアリバイがある。


「肌が黒い白髪の女型でさあ」

「肌が黒い?」


 デルタ世界では肌の色は皆同じ。日に焼けた肌という意味だろうかとも思ったが、ワイバンはあくまでも人伝に聞いた情報の報告をしているに過ぎない。詳しい話はシェアトに確認すべきか。


「まあ、シェアトが生きてるなら問題ない」

「もう一個の悪い報せは、ファンダリアへ一度行ってくだせえ」


 クラウが咄嗟に顔をしかめる横でティアが不思議そうに首を傾げた。


「ファンダリアがどうしたの」

「他にも似た個体の目撃情報があるにもかかわらずグラシアの大魔導師でも未だ正体が掴めねえんでさ。となると、あとはファンダリアにあるらしい魔本だけが頼りって話で」


「魔本」

「それなら心当たりあるわ」


 クラウは神妙な面持ちで腕を組んで考え込んだ。大魔導師には大体のことがなんだってわかる。少なくともこれまではそうだった。わからないとするとそれはもう普通の存在ではないということだ。


「……正直行きたくはないが。わかった。一度ファンドリアへ戻る」


 もう魔人もいない。希望の担い手も容易く死なない。過去を引きずっていつまでも避けるほど軽い問題でもない。


「やっと御前も大人になったんでさね」

「その話はもうよせ」

「ついでだから盛大な結婚式もしよう」

「話聞いてたか? 魔人に代わるなんかやべえ敵が現れたって時に浮かれたイベント挟むと」

「心の準備が!」

「だから一旦落ち着け」


(御前……ツッコミが追いつかねえんでさ)


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Δ*Delta* 叶 遥斗 @kanaeharuto

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