高校生活はアイツの思い出で彩られ……
入部してすぐこそ従順な一年生してたのに、だんだん厚かましくなってきたのよねぇ。最初、初心者っていうからデッサンの基本から教えてあげたら、筋がいいのかあたしの教え方がいいのか、やけにアッサリとそれなりの絵を描きだした。
慣れてきたなぁと思って、あたしの絵を見せてどう思うか聞いてみたら、他の一年生は当たり障りのない感想を言ったのにアイツは『構図が悪い』だとか『デッサンがくるっている』とかあたしの絵にいろいろいちゃもんつけてきたし……。頭きたけど、そこはそれアイツよりオトナなあたしは笑みを浮かべ、『率直な意見ありがとう』って言ってやった。自分でもよく怒鳴りださなかったわ。
それだけじゃなくて、アイツ、あたしの絵をときおりひどくけなすようなことがあった。月に一度のクラブでの批評会のときにアイツときたら、あたしの油絵に『配色がイマイチ』とか『メインになる色が無い』とかボロボロにこき下ろすし、何なのよ! おまけに生活態度ががさつだとか、『もっとおしとやかさを身に着けたほうが僕の好みです』とか、頭にくる! がさつでゴメンね! それにあんたの好みなんて知ったことじゃないわよ! 顧問の先生も顔が引きつって、やんわりと止めに入るし。顧問がフォローに困るようなコメントするんじゃないわよ!
思い出したら、腹立ってきた。こっちは小さいときからから描いていて、それなりにキャリアがあるつもりなの。そりゃ、アイツは他の初心者に比べれば呑み込みが良くて、独特の感覚を持っているみたいだけど、そうは言っても初心者は初心者。初心者にボロボロに言われて頭来ないはずがない。あたしは中学の時に賞を取ったこともあるんだからね!
……銀賞だったけど。
金賞は……金賞は誰だったかな? 書いていた人に興味をそそられたけれど、匿名で出品していたのであたしより年下と言うぐらいしかわからなかった。なのではっきり誰とわかる情報はなかった。中学生のあたしに匿名の個人情報を探れるわけもなく、それっきりになってしまった。
金賞の絵にあたしは吸い込まれた。しばらく目が離せなかった……。賞を取ったうれしさよりも、あの絵から受けた衝撃のほうが大きかった。なんとしても同じところへ行きたいと思った。この絵の世界に匹敵する、いや超える世界を描きたいと本気で思った……それが間違いの始まりだったんだけど。
勢い込んで、絵を描きに描いた。描けば描くほど近づけると思っていた。でも描いても描いても何か物足りなかった。何が足りないのかもよくわからないけれど。どうしても納得できなかった。
その時、後悔した。あの絵の作者についてもっと調べておけばよかった。そうすれば、このもどかしさや物足りないものの正体がわかったかもしれないのに……。
ま、その話はいいわ。今はあまり思い出したくない。
二年の夏合宿の時もアイツのせいで遭難しかけたし……。
アイツがあんな
うちのクラブでは毎年、夏休みに山か海近くの民宿か国民宿舎にこもってずっと絵を描くことが恒例行事になっていた。風景画を描くこともあるんだけど、そのときは宿舎をでて近くの山や海へ出かける。安全上の理由から誰かとペアを組んで出かけるのだけれど、どういう風の吹き回しかあたしとアイツがペアになって、写生しに出かけることになった。アイツ、妙に気合が入っていてこっちがちょっと引いてしまったな……なんでアイツそんなに気合が入っていたんだろう?
やたらと野外装備が充実していたのは少し笑えた。川釣りの時に着るようなやたらポケットのあるベストを着こみ、背負ったデイパックにはなぜかロープやよく分からないナタみたいな刃物を装備、腰にも何が入っているのか分からない小物入れを取り付け、さらに下半身は軍用じゃないかと思わせるような作業ズボンモドキにやたら重そうなコンバットブーツ。『お前さんは今から陸自のレンジャー訓練でも受けるのか?』と突っ込みたくなるような物々しい出立ちで、単なる野外の写生に必要なのかと首をひねったことを覚えている。いったい何しに来たんだか……。
そんなこんなで山へ来たのはいいけれど、あたしにはもう一つピンとくる景色がなかった。というより、目の前の景色に今一つ集中できなかった。絵にすればそれなりの絵にはなったんだろうけれど、あたしにはそれでは満足できなかった。それなりじゃなくて、とびっきりの特別な風景を、誰も見たことないようなあたしだけの世界を描きたかった。……残念ながら目の前の景色はその題材としては力不足に思えた。しかたがないので、景色を眺めるふりをして、しばらくボーッと周りを見ていた。ふとみるとアイツはかなり小さいスケッチブックを取り出し、あたしのほうをチラチラ見ながら何やらスケッチしている。何を描いているのだろう? ちょっと興味あったり……。
ちょっと覗いてみた。するとアイツ、慌てふためいてスケッチブックを抱きしめ隠す。真っ赤になって……かわいい。
あらぁ……おねーさんに見せられないようなものを描いていたのかなぁ。にひひ……。
ま、いいわ。場所を変えましょうよ。もっといい場所ないかな。もっと私だけの世界を展開できるような特別な風景は。そう思って、適当に景色を見てぶらぶらしていた。
さすがにそんなあたしの様子を見て、アイツみたいな朴念仁でも分かるのか、『もっと奥のほうへ行きましょう。もっと絵になる景色があるかも』って誘ってきた。珍しくあたしの気持ちを察したみたい。うん、かわいいコーハイの好意は無下にしたらいけないねぇ。そう思って素直にアイツの後を追うことにした。
ずんずんアイツは山の奥へ奥へと分け入る。
どこまで行くんだろう? 鬱蒼とした木々が覆う山道を脇目も降らず、アイツは進む。
ち……ちょっと待ってよ。いったいどこまで行くのよ? もしかして……あ、わかった! このまま人が来ないような奥地で……口に出しては言えないような、あんなことやこんなことをあたしにしようと考えているでしょう! やだ……襲われるぅ! あたしの貞操が危機ー!
一人身もだえているとアイツは残念なモノを見るような憐れみの目であたしを見ている。
……なんて目であたしを見ているのよ。あたしはそんな憐れむような目で見られるような痛い子じゃないわ!
いたたまれないほどの恥ずかしさから思わず怒鳴りつけてしまったら、アイツ何か慌てて否定してきた。
……え、誤解しているって?
じ……じゃあ、なんでこんな人里離れた奥地まで来るのよ。おかしいじゃない。
え……あと少し? もうすぐ着くって? それならそうとちゃんと言いなさいよ。だいたいアンタはいちいち言葉が足りないのよ! ちゃんと話すべきことは話しなさい! ね、ちょっと聞いてる? 聞いているの? もう、全く……。
アイツはあたしの言葉を聞いているのか聞いていないのか、何かに取り憑かれたように先を急ぐ。
突然、アイツの足が止まる。
ど、どうしたの? 突然立ち止まって……?
アイツは何かニヤけて、あたしを見る。
何よ、そんな顔して。感じ悪いわね。
え……?
目の前に現れた光景に息を呑んだ。
鬱蒼とした森の向こうに岩肌見えた。その岩肌に煌めく光の流れがある。木漏れ日を受け、風が吹くたび煌めく木漏れ日以上に輝く光の流れがあった。薄暗いなか、光のカーテンが風にそよぎ、時折、七色の光も見えた。光と影の織りなす光景は、言葉をいくら重ねても正確なところは伝わらないかもしれない。それほど圧倒的な印象をあたしに与えるものだった。
しばらく息をするのも忘れ、見とれていた。
山奥にこんな場所があったんだ……。知らなかった。
何かに取り憑かれたようにその場所へ引きつけられる。
アイツが何か叫んだ。
……え? 何……?
いきなり目の前の景色が大きく回転した……。
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