「長い……。結論から言って!」

「あれ? センパイ、もう卒業されたでしょう?」


 一人ありえない想像に悶えているとあたしは声をかけられた。その声に振り返る。そこには見慣れた、いたずらっぽい笑みを浮かべるアイツがいた。


 ……若干、目の下にクマを作っている。何やっているの、あんた?


 その時、一瞬目があった。やや疲れは見えるものの、何か純粋な光を宿すアイツの目に引き込まれそうになる。そのことに気づき、目をそらす。アイツから見たら、あたしの顔は茹でダコより朱くなったように見えているかも。


 ……なんかやだ、アイツにこんな姿さらすなんて。


「な、何言ってるのよ、あんた。あんたがちょっとヤボ用があるからっていうから来たんじゃない。卒業してから制服って結構恥ずかしいのよ。んで、ヤボ用って?」


 とにかく照れ隠しで、アイツに強気で当たってみた。


「はは、あいさつ代わりの軽い冗談ですよ。ま、そう焦らずに。このあと時間あるんですよね? センパイの大学受験やらいろいろあって、ここんところゆっくり話をする時間、ほんとんどなかったですし。いいですよね?」

「……まぁ、いいけど」


 笑えない冗談ほどはらたつことはないわ。ほんとうにこいつ、人の都合を考えないわね。昔からそう。


「……えーと、改まって話すとなると緊張するな」


 アイツの急に態度が改まる。はた目にもものすごい緊張しているのがわかる。あまりにも緊張しているので、その緊張がこっちにも伝わってくる。


 な、なによ。急に……そんなに改まって話しされたら、こっちも緊張しちゃうじゃない!

 

「この二年、長いようでホント、あっという間のような気がします。え――」


 アイツはあたしと出会ってからの経緯を延々と話し始める。どうも、事前に原稿を用意して暗記したようなしゃべり口だった。準備万端なのはいいけれど、準備万端なのはそこ?


 もっと時間をかけるべきところがあるでしょう? あまりにも長いのでこっちがれてきた。


 ああっ、もう!


「長い……。結論から言って!」


 アイツの話を聞いていたら、理由はわからないけれど恥ずかしくなった。心臓の鼓動が限界に達しそうなぐらい。アイツにそんなこと気づかれたくないので照れ隠しに結論を迫ってしまった。


「へ……? け、け、結論ですか……」


 あたしから結論を急かされ、テンパってる。何をそんなにテンパることがあるのだろう?


「そう、あんたの様子を見ていて、いたたまれなくなってきたから、早く楽にしてあげようと思ったのよ。さ、さっさと吐いて楽になっちゃえ」


 途端に顔を赤くして、うつむくアイツ。可愛くないぞ、やろーがそんな反応しても。


「昨日、ほとんど寝ないで考えていたんですが……」


「そんなこと、知らないわよ。あんたが勝手にやったことなんだし。さ、能書きはもういいわ! サッサと言っちゃいなさい」


 だんだん気恥ずかしくなってきたし、いたたまれなくなってきたからちゃっちゃ終わらせてよ。どうせ大した話じゃないんでしょうし。


 ……たぶん。きっと。そうに違いない。違うよね……違うよね?


「……センパイ……す、好きです。だっ……だいっ……」


 え……? え……? え……? えー! 何……? 何をい、言われた?  


 ド直球の告白だぁぁぁ!


 ド直球の告白にどう反応していいのか……。はじめての経験に戸惑うばかりでどうしたらいいのか全く分からない。


 戸惑うあたしを置いてきぼりにして、アイツは話を続ける。


「もしよければ……つ……つ、付き合って……くださいっ!」


 チョットまて! こっちにも心の準備ってものが必要で……。


「……お、おちつけ。チョット落ち着け。何を言っているのかわからない」


「ダイジョウブデス、ナントカナリマス」


 かなり興奮しているアイツは完全に舞い上がって、おかしなことになっている。


 落ち着け、まあ落ち着け。


「……いきなり告白されても、返事のしようがないのだけど。こっちはそんなつもりでアンタ を見たことはないから……」


 少しアイツを落ち着かせ、話を聞くことにした。なんでいきなり……それに……なんであたし?


「……好きになってくれるのはうれしんだけど……前置きもなくド直球で告白されても……」


 何をどう言っていいのかわからないけれど、あたしは言葉を選んでできるだけ優しく人生の先輩として優しくアイツを諭した……つもりだった。


 アイツはあたしの言葉をどう聞いたのか、みるみる落ち込んでいく。このままだと美術室の床をぶち抜いて地球の裏側まで落ちていきそうだった。

 

「あっ……! あ、あの、差し支えなかったら、どういうきっかけでそんな気持ちになったの? よかったら教えてくれるとおねいさんうれしいなぁ……なんて……ねぇ」


 あたしも少しテンションがおかしくなっているみたい。自分で何を言ってるのか、わからなくなってきた。


 アイツは少し寂しそうな笑みを浮かべ、あたしを見つめた。


 ドキッ……


 アイツから放たれた何かに胸を撃ち抜かれたような変な感覚……。


 あ、あれ……? あたし、何かおかしくなったのかな? アイツの笑みがとてもさわやかなイケメンに見える。


 ちょっとかっこいいじゃない……え?


 アイツの笑みに見入っているとおもむろにアイツは話し出した。


「……実はセンパイのことは入学前から知っていたんです。センパイが中学の時、銀賞を取ったこと覚えていますよね? あの時からセンパイのこと、追っかけてました」


 聞きようによっては、かなり危ないセリフをしれっと吐くアイツ。懐かし気にさらに続ける。


「僕もあの展覧会にも出品していたんですけれども、センパイの絵に……惚れました。一発で」


 え……? え……?! えぇぇぇー! 


 あの絵はいろんな人に褒められたけど、こんなふうに言われたことはなかった。どうリアクションしていいのか分らない! だれか何とかして! 


「あの絵を見て、あんな構図、絶妙なバランスの配色、何もかもが衝撃的で、あの絵のことを考えていたら頭から離れなくなって、描いた人に会いたくて会いたくてたまらなくなって……」


「……それでうちの高校へ来たと?」 


 うなづくアイツ。なんだ、全くの素人じゃなかったんだ。どおりでいちいちうるさかったわけだ。


「美術部に入ったのはいいのですが……センパイ、結構テキトウだったもので……つい……」 


 ゴメンなさい……。バレてたのね。素人相手だと思ってちょっと適当なことを言ってましたが、まさかバレバレだったとは……。 


「……ちょっと残念でした。あの絵を描いた人がこの人だと思うと。だから……」


「絡んできた……と?」        


 すっかり素に戻ったアイツはただただうなづくだけだった。


「何があったんですか? 何となく絵に集中できないように見えたんですが?」


 結構鋭いわね。実際のところ悩んでいたのは間違いないわ。何枚描いてもあの金賞の絵には、あの絵の世界には近づけなくて……。


「……ちょっとしたスランプよ。目指していたところまで描き切れなくて……それが悔しくて、荒れていたのは事実だけど」


「荒れるのはわからなくはないですが、あの時は困りました。合宿の時の……」


「あ……! あ、あれはあんたが奥のほうが絵になるからって言うからついて行ってあげたんじゃない。あたしは悪くないわよ。……そりゃ、足くじいておぶってもらったのは迷惑かけたと思うけど」


「大したことなかったからよかったですが、一歩間違えれば遭難してたんですよ、大概にしてください。決してセンパイ一人で生きているわけじゃないんですから」


「うっさいわね。そこまで言われたくないわよ。これでもいろいろ自重して周りには気をつかってきたんだから」


 あーもー、腹の立つ! 思い出したくもないことを思い出したじゃないの! あの後、顧問の先生にしこたま絞られたし。とにかく長かった。足くじいたのに正座させようとするし。何考えてるんだろう、あの先生は。アイツのお蔭で正座は免除なったからいいようなものの……。でも、あの時のアイツの背中、少し頼もしかった。少し、少しだけだけどね!


 あの時のことを思い出したら、ものすごく恥ずかしくなってきた。もうやめて、羞恥プレイなんてしたくないの!


「……まぁ、あ、あの時は世話になったわよ。感謝しているわ」


「どういたしまして。でも、悩んでいることがあったら、一人で抱え込んで暴走しないでくださいね。心配ですから」


「……わかったわよ。もう子供じゃないんだから、そんなに繰り返さなくても重々承知しています!」


「なら、いいんですけど……。センパイは悩みごとを抱え込む傾向があるのはよくわかりました。普段は強気で何でも通そうとするのに、悩みごとを抱えると途端に脆くなるから、心配です。悩まないでとは言いませんがせめて周りの近い人にはキチンと話をしてくださいね」


「……わかった、わかったわよ。繰り返さなくてもわかるって言ったでしょ。それなりに自覚しているんだから」


 アイツは突然遠い目をして、つぶやく。


「本当にあの時は怖かった……」

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